7 / 19
07
しおりを挟むぐすっ、すんっ……。ひっく……ぐすっ。
夕日を受けて水面がキラキラとオレンジ色に光る小川が、涙でぼやけている。山側の緩やかな傾斜がある土手の草むらで、僕は膝を抱えて座っていた。
先程まで村の子供たちが魚釣りなどをして賑やかに遊んでいたが、今はみな帰宅して誰もいない。
サラサラと流れる川の音と僕の鼻をすする音だけが聞こえていた。
「いーちゃん、ここにいたんだ。探したぞ」
かさりと草を踏みしめる音と、かけられた声に顔をあげるとユーリが立っていた。
僕の隣に座ると、慰めるように頭をそっと撫でてくれる。
「お前に酷いことを言ったモーヴたちは俺がビリビリする雷を打って懲らしめてやったよ。あいつら泣きながらぴょんぴょん跳ねて俺に謝ってきたけど、謝る相手が違うだろって追加で雷撃っといた。明日、いーちゃんに謝ってこなければ教えてくれ。また懲らしめてやるからな」
「いいよ……ひっく。だ、だって……僕が地味で鈍臭いのはっ……ぐすんっ、本当だから……」
言っていてまた悲しくなり、顔を俯く。
僕たちが住むアトル村は素朴で心優しい人たちが多いけれど、いつも悪戯をして周囲に迷惑をかける所謂悪ガキと呼ばれた三人組がいる。ふくよかな体をしたリーダー格のモーヴと、細身で鼻垂れのロッヒョと、分厚いレンズの丸眼鏡をかけたリガだ。
そんな彼らの今のお気に入りは僕だ。村の大人たちがよく引き合いに出す優秀なユーリと仲良く一緒にいるのは、泣き虫で非力な僕。憂さ晴らしするにはちょうどよい標的だった。
意地悪をしているのがバレたら毎回ユーリにお仕置きを受けているけれど、懲りずに僕にちょっかいをかけてくる。
今日は朝に足を引っ掛けられて転んだし、お昼は食後に食べようと思っていたおやつのリンゴを盗られた。さっきはユーリや村のみんなと遊んでいたら突然髪を引っ張られて『地味な顔して鈍臭いお前が、いつまでもユリウスの側にいられる訳ないだろう。勘違いしてくっついてんじゃねーよ、バーカ』とゲラゲラ笑われた。
悔しいけれど、彼らの言う通り僕がずっとユーリの側にいられるとは思ってない。
家は農民で小さなリンゴ畑しかないし。僕自身は平凡で可愛くもないし、頑張っているけれど勉強も得意ではない。去年、ユーリと一緒に行った魔法協会で魔力を鑑定してもらったら魔力持ちだと判明したけれど、人よりそこそこある位の魔力量だった。十歳になったら二人でシュベルグス魔法学園に入学することになっているので、卒業する十八歳までは一緒にいられると良いな。でも学園でユーリに恋人が出来たら……? もし、僕に嫌気が差して離れていったら?
別れを想像すると涙がポロポロと零れた。
せめてこの泣き虫な所は早く直さないと。面倒な奴だとユーリに嫌がられたくない。頑張って泣き止まないと。
そう思ってるのに涙は止まってくれない。
「いーちゃん。こっち向いて」
優しい声色に、のろのろと顔を上げてユーリを見ると、ハンカチで涙と鼻水を拭いてくれた。
「あんなモブ共の言葉を真に受けなくていい。俺は、イネスのこと可愛いと思ってるからな。出来ないことをすぐに諦めて投げださずに頑張ろうとする姿勢も、柔らかな笑顔と雰囲気も、チョコレート色をした甘そうな髪と瞳も好きだ」
「……好き?」
とくん、と胸が高鳴る。驚きと期待で、さっきまで流れていた涙も止まっていた。
ユーリが僕なんかのことを、好きって言ってくれた? 聞き間違えかな?
「嘘……僕なんかのこと……。本当に? ユーリは僕のこと、好きだと思ってくれているの?」
「あぁ、好きだ。誰よりもイネスのことが本当に好きだから、ずっと側にいて欲しいと思ってる。だから俺のお嫁さんになってくれるよな?」
「僕がユーリの……お嫁さんに……」
「嫌……なのか?」
ぶんぶんと横に首を振る。胸がドキドキして苦しいのに、嬉しい。
初めてユーリと会った時、絵本で見た妖精みたいな容姿に一目惚れした。輝くような銀髪に、冒険記に出てきた王様の宝石みたいに色が変わる青と緑の瞳。引っ越しの挨拶に来てくれたのに、緊張してろくに喋れなかった。
最初は親に言われて仕方なく僕らと付き合ってくれたようで、会話もなく、あまり笑ってもくれなかったけれど。いいとこなんて一つもなかった僕なんかと仲良くしてくれて、モーヴ達にバカにされる僕を庇ってくれるようになって、もっともっと彼のことを大好きになった。
将来はユーリのお嫁さんになれたらなって、無理な願いだって思ってたのに。実は僕たち、両想いだったんだ。ユーリが好きって……僕にお嫁さんになってほしいと言ってくれるなんて……。どうしよう、こんな奇跡みたいなこと起こってもいいのかな。
「途中でやっぱり辞めたって言わない?」
「言う訳ないだろ。イネスも後から他に好きな奴が出来たって言うのはダメだからな」
「僕も言わないよ」
「じゃあ、約束しようか。イネスは俺だけのお嫁さんだ。大人になったら結婚するぞ。絶対にだからな」
「うん!」
不安になる僕に、ユーリは優しく微笑んでくれた。嬉しくて僕も口元が緩む。
「それじゃあ約束の儀式をしようか」
「約束の儀式? いつもユーリと約束をする時に小指を絡ませるけれど、それとは違うの?」
「少し似てるけど違う。儀式の方は俺が考えたんだ」
「えっ、自分で考えたんだ。すごいねユーリ! どうやるの?」
「宣言を互いにしよう。台詞は──」
オレンジ色にブルーが混ざり始めた空を背に行った、ユーリが教えてくれた約束の儀式。絡めた左の小指はほんのりと熱を帯びていた。
44
お気に入りに追加
478
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。


言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

過保護な不良に狙われた俺
ぽぽ
BL
強面不良×平凡
異能力者が集まる学園に通う平凡な俺が何故か校内一悪評高い獄堂啓吾に呼び出され「付き合え」と壁ドンされた。
頼む、俺に拒否権を下さい!!
━━━━━━━━━━━━━━━
王道学園に近い世界観です。

元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。
くまだった
BL
新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。
金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。
貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け
ムーンさんで先行投稿してます。
感想頂けたら嬉しいです!

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる