とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎

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15話.それなりに認められる

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 綺麗な青い海が見渡せる庭で、俺はバーベキューコンロの使い方を教わっていた。ガスグリルだから炭の準備もいらず、作業はあっという間に終了。まだキッチンには戻りたくはないし、余熱しようにも材料が準備出来ていない。暇を持て余し、海でも眺めて時間を潰そうかと考えていた俺の隣に、鬼畜眼鏡くんが近付く。

「まさか、貴方と時雨が本当に交際しているとは思いませんでした。……何故、否定もせずに、私の雑用に付き合い続けていたんですか?」

 え、何言ってんだこいつ。俺と時雨が付き合ってないことなんて知ってる筈なのに……これ、内心でツッコむの二回目だな。
 おいおい『その程度の芝居で騙されるほど、私は甘くありませんよ』とか鼻で笑ってた癖に、急にどうした。俺が着替えている間に、時雨に何か言われたのか?

「えっと……どうして俺たちが付き合ってるってことを、認めてくれたんですか?」

 少し探りを入れるように聞いてみると、鬼畜眼鏡くんは静かに答えた。

「玄関でのやり取りを見れば、嫌でも分かりますよ。時雨があんなにも愛おしそうに貴方を見つめるなんて……正直、驚きました」

 ん? あの会話のどこに愛おしさを感じ取る要素があった? 普通に友達同士の会話だろうが。どうしてそう思ったのかは謎だけど、これって、もしかして俺のパシリフラグが折れる可能性ある?
 だったら嬉しいので、口を挟まずに黙って聞いておくか。肯定しても良いけど、棒読みになったら嘘がバレそうだし、危ない橋は渡らない主義だ。
 お口をチャックし、取り敢えず笑顔だけ浮かべてみる。そんな俺をちらりと一瞥して、鬼畜眼鏡くんは溜め息を吐いた。

「……しかし、不思議ですね。先程、時雨と貴方が抱き合っていた光景が、どうしてか頭から離れません。思い出す度に胸がざわついて……貴方に対して、妙な殺意すら湧いてきます」
「えぇっ?!」
「犯罪になるので、実行しませんけどね」
「そ、そうしてください!」

 こっわ! こいつヤンデレ属性持ちだったのかよ。いや、俺に対するデレはないからただの『病んでる』だな。どっちかっていうと、邪魔者を排除するマン?
 確か爽やかワンコくんも同じ気質を持っているようだったので、この二人が手を組んだら俺の未来は絶望的だ。俺は長生きしたいので、結託しませんように!

「それにしても……時雨が貴方を選んだ理由ですが、どうも腑に落ちません。正直、貴方と話していて面白いと感じたことは一度もありませんからね。時雨にとって『一緒にいると安心できる』という点が、それ程までに重要だったのでしょうか。ですが、それなら他にも、時雨を安心させられる相手はいる筈です。それなのに、何故、数ある選択肢の中で貴方が選ばれたのか……不思議でなりません」

 そこからぐだぐだと俺へのダメ出しが始まる。普段、レガフォーによる時雨の争奪戦に参戦せず、ただ眺めているだけの奴だったのに、どうして急にこんなことを言い出すのか。
 いや、待てよ。水着の件で、時雨のことを特別扱いしてるとは思っていたけど、こいつ、もしかして──

「……聞いていますか?」
「う、うん! はい! えっと、二上様って……時雨のこと、恋愛感情として好きなんですね!」
「好き? 私が時雨を、ですか?」

 何故かキョトンとした顔で聞き返された。んん、無意識か? もしかして、この人、自分の感情に気付いてない? そんでこれが初恋とかだったり?

「……こんな醜くて、どうしようもない感情が恋だなんて、有り得ません。恋愛はもっと……美しくて、幸福感に満ちたものの筈でしょう?」
「そんなことないですよ。恋愛って、綺麗な感情だけじゃないですから。良い面も悪い面もあって、人それぞれ形も違います。二上様が感じているその気持ちだって、立派な恋愛感情の一つじゃないですか?」
「これも……私の、感情……」

 鬼畜眼鏡くんは言葉を反芻するように胸に手を当て、静かに立ち尽くした。眉をひそめ、何かを噛みしめるように目を伏せる。
 やがて、何かに納得したかのように彼は小さく頷いた。

「……成程。そういうことですか」

 その声は、驚くほど穏やかだった。

「まさか、貴方のような人間に教えられる日が来るとは、思ってもみませんでした」
「は、はぁ」
「ありがとうございます」
「ふへぇ?! な、え……?」

 普通に流し聞きしてたが、お礼を言われたのが意外すぎて変な声が出た。

「何をそんなに驚いているのですか。私だって礼くらい言いますよ。相手がいつも呆けた顔をしている人間でも」
「あっ……はい」

 所々で貶されているので、どうにも素直に喜べない。驚いた顔をされるのが不服なら、お礼の言い方を学んでくれば良いんじゃないですかね!

「まったく失礼な人ですね」

 そう言って、鬼畜眼鏡くんがはくすりと笑った。
 初めて俺に向けられた心からの笑顔。今までにない穏やかな鬼畜眼鏡くんの表情を見せてくれたから、まぁ、許してやるか。
 俺も自然と頬が緩んだ。

「……あっ」
「ん?」

 ふと、鬼畜眼鏡くんが漏らした小さな声に、俺は首を傾げる。彼は一瞬視線を揺らし、気まずそうに眼鏡のブリッジを二度押し上げた。そして、たっぷり間をあけてから口を開く。

「そういえば、貴方の名前は何と言いましたっけ?」
「葉です。大森葉」

 俺が答えると、鬼畜眼鏡くんは少し顔を赤らめてから、咳払いをした。

「……大森葉。用事を頼むのは、この夏休みが最後です。もう私の手伝いをする必要はありません」

 フルネームで呼ぶんかい。
 思わずそっちをツッコんでしまったけど、え、パシリ解放宣言きた? フラグが折れたぞー!!

「ほ、本当ですか?」
「ええ。貴方の弱みと思っていたものが、実は何の意味もなかったと分かりましたので。それに……」

 少し言いにくそうに、彼は続けた。

「時雨には以前から『無理をして頑張る必要はない』と言われていました。最初は全く理解できませんでしたが、時雨はそんな私を、そのまま受け入れてくれたのです。それで漸く、無理に評価を得ようとしなくても良いのだと気付けました」

 ふーん、時雨とそんな話してたんだな。
 確かに、いくら評価を得たいからって、雑用を引き受けすぎだろ。最終的に手が回らなくなってきたから、俺を利用して手伝わせてきた訳だし。うーん、俺としてはいい迷惑だったなぁ。

「なので、これからは安請け合いするのはやめて、自分の時間を大切にしようと思います」
「それがいいと思います!」

 俺も大事な自分の時間を取り戻したいし。

「そして、その空いた時間で、時雨へのアプローチを始めるつもりです」
「うえぇぇぇっ?!」
「貴方たちが交際していることは承知していますが、時雨は私が初めて恋愛感情を抱いた相手です。何もせずに諦めるなど、二上家の名が廃りますから」
「え、あー、そうですか……」
「普段なら勝負にすらならない所ですが、時雨が貴方に惚れ込んでいる分、ちょうどいいハンデでしょう。これから私たちは……ライバルです」

 えぇ……なんか自信満々な顔でライバル宣言されてしまった。
 俺はなんて答えればいいのだろうか。
 返事に困っていると、鬼畜眼鏡くん──改め、二上は別荘に戻ると告げた。
 結構な時間が経ったにも関わらず、まだ時雨たちが来ないからだ。

「では、私は時雨にアプローチしつつ、バーベキューの材料を持ってきます。自覚するのが遅れた分、最も不利な位置にいるので頑張らないといけませんからね。後の準備は任せましたよ」
「あ……はい。行ってらっしゃい……」

 一人になった俺は、ぼんやりと空を見上げる。
 余計なことを言って、自覚させなくてもいいものを自覚させてしまった。その所為でまた一人、時雨に言い寄る男を増やしてしまった……。
 ごめんな、時雨。ワザとじゃなかったんだよ、勝手に口から出ちゃったんだ。頑張って四人からの求愛を、どうか耐えてくれ。
 心の中で時雨に謝罪しつつ、俺の視線は準備中のバーベキューコンロに戻った。

 ……それにしても、お腹が減ったなぁ。早くバーベキュー食べたい。

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