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9話.時雨を慰める

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 図書室での過酷な労働を終えた俺は、愚痴りたくて仕方がなかった。
 鬼畜眼鏡くんのことは俺のワクワクご飯ライフを守るためには言えないけど、レガフォーの奴らと会ったことぐらいは話しても良いよな? 時雨のお尻が狙われていることも教えてあげないとだし。
 なのに、時雨はまだ帰ってなかった。気付けば時計の針は22時を回っている。

 そわそわとしながら玄関で帰りを待っていると、ようやく足音が聞こえてきた。俺は急いで立ち上がると、腕を組み、仁王立ちで出迎えた。
 授業後にそのままバイトに行っていたのだろう。やっと姿を見せた時雨は、制服姿のままだった。

「大変なことになったぞ」
「え、何が?」

 帰宅早々、そんな俺の言葉を聞いた時雨は、きょとんとした表情を浮かべた。

「その前にさ、色々聞きたいんだけど。主にレガフォーメンバーとの関係について」
「ん……いいけど。話をするなら、取り敢えず中に入れてくれよ」
「……あ、悪い」

 廊下の真ん中を塞ぐように立っていたことに気付き、慌てて横に避けた。時雨が俺の横をすり抜けていく際に、ふと、肩にかかったスポーツバッグに目が留まる。

「なぁ、バッグ汚れてるけど大丈夫か?」
「……ああ」

 俺が指摘すると、時雨はちらりとバッグを確認して、困ったように頭を掻く。
 時雨が愛用しているスポーツバックは、年季が入っているが、いつもきれいに手入れされていた。弟からの初めてのプレゼントで、大事な物だと聞いている。
 だが、今日は見慣れない泥のような汚れが、側面に付着していた。なんだか、靴跡のような模様にも見えるけど……。

「え、それって足跡じゃないか? 落とした時にでも、誰かに踏まれたりした?」
「いや……まぁ、うん……」

 時雨は苦笑いを浮かべながら曖昧に答える。もしかして、ワザと踏まれて出来たものなのか? 嫌な想像が頭をよぎり、この場で問い詰めようとしたが、すぐに思い直した。

「……分かった。よし、その話も後ですることにして。取り敢えず、バッグを先に洗ってこいよ」

 話よりバッグの方が大事だろうと、俺は洗面所の方へと指を指した。

「いいのか?」
「おう。俺はリビングで茶でも飲んで、のんびり待ってるから」
「あぁ、ありがとう」

 時雨は少し安堵した表情を見せて、洗面所へ向かう。その背中を見届けてから、俺はリビングへと足を進めた。

 どうやら、時雨の方も大変なことになっているようだ。


 洗濯と着替えを終えた時雨と、共有スペースのリビングで向き合い、話し合うことにした。俺が促すと、時雨が遠慮がちに口を開く。

「俺たちがカフェに行った日、一条の親衛隊がいたらしいんだ。それで、俺が一条から告白された話を仲間内で共有されたみたいで、本当かどうか問い詰められた」

 確かに、カフェには何人か親衛隊らしき人たちが集まっていた。こそこそ話していたのは、俺と時雨の件じゃなかったんだな。それにしては、俺の扱いが相変わらず空気で、おかしいなとは思っていたんだよ。そうだよな、冷静に考えて、一条のファンが俺に興味なんて持つ筈ない。

「告白は断ったって伝えたんだけど、納得してくれなくてさ。本当は俺も一条が好きで、ただ駆け引きをしてるんだろうって勘違いされたんだ。色々と文句を言われて……その勢いでバッグごと蹴られた」
「えぇー……」

 俺の予想通り、あのバッグの足跡は親衛隊による仕業だったらしい。
 一条の親衛隊の中にも、つい足が出ちゃうほど気性の荒い奴がいるんだな。そいつも恋に狂っちゃうタイプか、恐ろしい。

「そいつはそのまま走り去って、俺もバイトがあるから追いかけられなかったけど……また会ったら否定だけはしておかないとな」

 時雨が疲れたように大きく溜め息を吐くのを見て、一条への怒りが沸いてきた。

 まったく。一条は妄想してる暇があるなら、親衛隊の行動をなんとかしろよな。お前の好きな時雨が被害受けてるんだけど?

 本人には言えないので、俺は気持ちを切り替え、時雨を慰めることにした。

「よーし、時雨! 俺をすこれ、頭を撫でろ、腹を吸え。そして存分に癒されるが良い」
「……ふっ。急にどうした?」
「だって俺は、一緒にいて面白いし、可愛いんだろ?」
「んんっ!」

 俺の言葉に時雨は吹き出し、腕で顔を隠しながら肩を震わせている。
 おい、俺の思いやりを無視して、笑うなよ。恋人(偽)宣言した時に、お前が一条に言ったことだろうが。

「……そうだな。じゃあ、可愛い葉に癒してもらうとするか」

 一頻り笑い終わると、時雨が手を広げてきたので、俺はその腕の中に飛び込んだ。ぽんぽんと背中を慰めるように叩くと、耳元で時雨がふっと笑う。

「誤解させて悪いけど、俺、辛くはないぞ?」
「おう、知ってる。でも疲れただろうから、出血大サービスな。俺も今日は話の通じない奴らに捕まって大変だったんだ」
「ああ、そういえば話があるって言ってたよな。そのことか?」
「そうなんだよ!」

 俺は時雨の腕から離れると、その両肩をがしりと掴んだ。

「レガフォーの奴らが話してるのを聞いたんだけど……お前、あいつらとは仲良いんだよな?」
「……まぁ、会えば話くらいはするけどな」
「ちなみに今日は誰かと会った? 例えば一条とか」

 別れ際に時雨に会いに行くって言ってたけど、会えたのかちょっと気になってたんだよな。

「いや、今日は誰にも会ってない」
「おっけー。ならさ、お前がレガフォー全員に好かれてる自覚はある?」
「全員……? 一条には付き合ってほしいとしつこく言われてたけど、葉が恋人だって嘘をついてからは、諦めてくれたのか会っていないよ。三ノ宮と四十万は……そういえばなんだか妙にあいつらに懐かれてるけど……え、まさか?」
「話聞いた限りだとさ、一条は全然諦めてないし、他のメンバーもお前の尻狙っているぞ」
「はっ?! 嘘だろ?」

 彼らの好意に気付いていなかったのか、時雨は顔を青ざめさせ、頭を抱え込んだ。

「ほんとほんと。眼鏡の奴はちょっと分かんないけど……」

 鬼畜眼鏡くんには恋人が嘘だってことバレてるし、脅されて俺が奴のパシリにされてるなんて言えないけどな。俺の退学フラグが立つから。

「葉、頼む。このまま俺と恋人のフリを続けてくれないか?」
「でもさ、あいつら俺が時雨と付き合ってようが、構わないみたいだぞ? 意味なくない?」
「……それでも、なんとかする! あいつらには……俺がうまく言いくるめてみせるから!」

 必死そうに俺を見つめてくる時雨に、俺はたじろいだ。

 元から、俺のワクワクご飯ライフを守るために恋人のフリは続けていた方が良いとは思ってたんだよ。たとえ、効果はなくても。
 それに時雨が妥協して、俺じゃなくてレガフォーの中から、誰か一人を恋人に選んだ場合、他の三人に監禁されそうで心配だ。それなら俺と付き合ってるフリした方が、やはりお互い安全なのでは?

「しょうがないなぁ。相棒のためにも頑張りますか。ひとまずラブラブツーショでも撮っとく?」
「助かるよっ!」

 承諾すると、時雨はぱっと顔を輝かせて、俺を抱き寄せる。感謝のハグを受けながら、俺は無力ながらも、時雨と俺の生活を守る決意を新たにしたのだった。

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