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6話.三方から壁ドンされる
しおりを挟む俺は今、一条から壁ドンを受けている。
村八分になっていた頃に比べると、随分とまぁ対応が変わったものだ。けど、俺は壁ドンされるよりしたい派だし、相手は男よりも断然可愛い女の子がいい。
「二上に聞いたぜ。貴様が去年の春、俺様の機嫌を損ねてきたヤツだってな。まさかまだ学園に居やがるとは。泣きながら退学して、とっとと消えたもんだと思ってたんだがよ」
二上って誰だっけ。えっと、そうだ、レガフォーのクール敬語眼鏡くんだ。
時雨に言われたものの、俺が誰で、自分が何をしたのかを自力で思い出せなかったから、そいつに確認しに行ったんだろうな。
「別に貴様がどうしてようと興味はねぇが、時雨とクラスも寮の部屋も同じだって聞いたからな。わざわざこうして出向いてやったんだ。ありがたく思えよ」
「はぁ……」
「くそっ、二上が教えてくれたおかげで時雨のこと知れたが……なんでこんなヤツが四六時中一緒にいるんだよ。羨まし過ぎんだろ。俺様なんか、たまにしか会えねぇってのに……」
「あの……それで俺に何か用ですか、一条様」
「時雨と別れろ」
「……は?」
「聞こえなかったか? 時雨と別れろって言ってんだよ」
「……あっ、嫌です」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかったが……そうだ、数日前、カフェで時雨が俺と恋人同士なんだと一条に嘘をついてたんだった。
「フン、拒否しても無駄だ。別れないつもりなら、貴様をこの学園から追い出してやるよ。俺様の家の力使ってでもな」
「えっ、それはマジで困る! お目当てのご飯とか食べられなくなるじゃん! そんなことされたら……貴方に脅迫されたと、時雨に告げ口しますよ!」
「はぁ? ご飯がなんだと? ……まぁいい。調子乗りやがって、このビッチが!!」
──ビッチって誰? まさか俺のこと?
えぇっ、一条の中で俺はどういうキャラになってんの?
「俺、ビッチじゃないです」
「嘘ついてんじゃねぇよ。自分の境遇に涙ぐみながら耐えてたとこに、心優しい時雨が来たもんだから、貴様はそんな時雨を利用しようと、色目使って近付いたんだろ? 俺様には分かってんだよ」
「してないですけど?!」
「小動物みたいに震えた貴様は『みんながいぢめてくるんだ、僕、悲しいよぉ』と涙目で、時雨にすがりついたんだろ? 哀れに思った時雨が慰めると、隙をついてベッドに押し倒して、あの柔らかい唇を奪ったに違いねぇ。くそっ。それで貴様は『僕の初めてを奪ったんだから、僕を守ってくれるよね』とかほざきやがったんだ」
「想像力豊かだねっ!」
「自分はキス以上するのは怖いだのなんだのと、可愛い顔で言い訳しやがって……時雨にプラトニックな関係を強いときながらも、再び隙をついてベッドに押し倒し『ごめんね、もう我慢できない。実は僕、タチなんだ。抱かせろよ』と、嫌がる時雨を無理矢理──くそっ! なんて羨まし……いや、許せねぇ!!」
「……お、おう」
いやほんと、一条の頭どうなってんの? まさか自分の考えた妄想小説を俺の目の前で披露してくるなんて。凄まじい勢いで俺様キャラ崩壊してるけど、大丈夫そ? うん、どう考えても大丈夫じゃないね。
ここが放課後になると人通りの少ない廊下で良かったな。親衛隊たちも置いてきたのか、周囲に人が見当たらないので、醜態を晒さずに済んだぞ。
恋は人を狂わすというけど、こんな愉快キャラになっちゃうほど狂うんだなー、すごいなー。俺はこうならないように気を付けよう。
「ちょっと一条ぉ、僕の手口をばらすのやめてくれない~?」
一条の隙間から、ぱっちりとした大きな目と、毛先がふわっとしたミルクティーベージュ色の髪を持つ男子生徒が顔を出した。確か、レガフォーのぶりっ子くんだ。可愛らしい外見に騙されホイホイされたガタイのいいタチを無理矢理ネコにするのが趣味とかなんとか、そんな情報があったような……。
「こんな人気のないとこで、何してたのぉ? もしかして逢い引き?」
「違います」
「誰がこんなヤツと逢い引きなんかするかよ。この顔じゃ勃たねーっつの、ど阿呆が」
ふんっと一条が鼻を鳴らして一蹴する。
俺としても興味を示されなくて安心だ。このまま後ろの処女を死守して卒業する予定なんで。俺の後ろは絶対に、今後も一切使う予定はない。童貞は恋人か、ワンナイトラブで素敵なお姉さんにでも捧げるつもりだ。
「う~ん。確かにこれといって特筆する所もないっていうかぁ……なんか地味~?」
ぶりっ子くんがじろじろと不躾に俺を見ながら、そんな失礼な感想を口にする。
「コイツはな、俺様と時雨の邪魔をするゴミなんだよ。いや、愚かなハエだ。だから今すぐ時雨と別れろって、わざわざアドバイスしてやってんのさ」
「アドバイス? 脅迫の間違いじゃないですか?」
「あぁん?」
チンピラかよ。あと虫扱いやめて。それと俺の呼び方をコロコロ変えずに統一しろよ。
「あ~、君が時雨ちゃんの恋人かぁ」
「いやちげぇよ、四十万。コイツはただのビッチだ」
「まぁ、ちょうど良いや。ボク聞きたいことあったんだ~。ねぇ、君のこと『子ブタちゃん』って呼んでいい? 子ブタちゃんは時雨ちゃんと、いつ付き合い始めたのかなぁ?」
「え……」
ぶりっ子くんの質問に俺は固まってしまった。
子ブタちゃん呼びをされたからではない。これは、彼が特に興味のないその他大勢を呼ぶための渾名だと、知っていたから。問題はそこではなく。
いつ付き合い始めたの?
え、いつだろうな? 一条を諦めさせるためにしたその場しのぎの嘘だったから、カフェから戻った後に時雨とそんな話してないし、なんも打ち合わせしてないぞ。やばいやばいっ。これ、時雨にもした質問だったりする? それなら俺は下手なこと言わない方がいいよな?
……それにしても時雨の奴、ぶりっ子くんとも仲良かったのかよ。まぁ「時雨ちゃん」って呼ばれるくらいだもんな。少なくともぶりっ子くんは時雨のことを気に入ってるみたいだ。
「えっと……なんかいつの間にか、ですかね?」
迷った末に、曖昧にして誤魔化すことにした。ぶりっ子くんは「ふ~ん?」と目を細めて、含みのある返事をする。
「いつの間にかだと? ハッ、そんなことある訳ねぇだろ。やっぱり時雨と貴様は付き合ってなかったってことだな。きっと時雨は、俺様にヤキモチ焼かせたくて嘘ついたんだろ。可愛いヤツだよな。つまり、あいつが好きなのはこの俺様だってことだ」
「もう、一条ってば往生際悪いよねぇ。アハッ」
うん、それは俺も思う。
心の中で相槌を打っていると、突然ぶりっ子くんが俺の左側の壁に手をついてきた。こいつの背は俺より低いから、壁ドンというより肩のちょっと下辺りに手を置かれた感じだ。まさかの壁ドン再び。されるとは思ってなくて、ちょっとビビる。
「じゃあさ~、時雨ちゃんはタチって言ってたけど、それは子ブタちゃん限定? それとも固定なのかなぁ?」
「……知らないです」
「まだえっちしてないってのは、ほんとぉ?」
「それは……ほんとです」
「でもぉ、キスくらいは流石にしたよねぇ?」
「時雨とキスなら俺様もしたぜ」
「してないです」
え、声が被った?
「え? 一条様は時雨とキスしたことあるんですか!?」
俺が驚いて聞き返すと、一条はここぞとばかりに得意げな顔で語り始めた。
「あれは五月の半ば頃だ。いつもはシャイな時雨がなぁ──」
五月の半ば……?
そういえば珍しく俺のイソジンとマウスウォッシュを使って念入りにうがいしていた日があったな。風邪でもひいたのかと心配したら「泥水で口を洗いたい気分だったんだけど、良いのがあったからつい借りてしまった……ごめんな」と申し訳なさそうに謝られたっけ。元ネタの話で盛り上がって、すっかり忘れてたけど、あれって本当に唇を奪われた後だったのか……。
「ふ~ん。ファーストキスは一条に奪われちゃったんだ。子ブタちゃんは悔しくないのぉ?」
「いや、別に……特には。時雨も嫌がってたみたいですし……」
「へ~、嫌がってるならいいんだぁ」
「まぁ、犬に噛まれたくらいに思って、時雨にもサラッと忘れてもらえればいいかなって……」
じっと疑わしそうにぶりっ子くんが見てくるので、段々と言葉尻がすぼんでいく。ちなみに一条は後ろでまだ「あの時の時雨、最高に可愛かったぜ」と延々と語っているが、俺もぶりっ子くんも聞いていない。
ぶりっ子くんは「犬ねぇ……」と呟いたかと思うと、にやりと笑みを浮かべて言った。
「じゃあさぁ、ボク、時雨ちゃんの後ろの初めてを貰っちゃおうかなぁ。犬に噛まれたと思えば、子ブタちゃんは気にならないんでしょ?」
「はぁ?! それとこれとは全然違うから! キスとセックスを一緒にするのは、流石に無理ありますよ!」
「時雨の初めてだと!? ダメだ四十万、時雨は俺様のもんだ。誰にも渡さねぇ!」
「えっ、時雨さんって処女なんすか? それなら是非オレが貰いたいっすね。やっぱ初めてって特別感あって、最高に惹かれるっすよね!」
「三ノ宮っ! お前も時雨を狙ってやがったのかよ?」
「アハッ! サンちゃんは相変わらず処女厨だね~。ボクは順番とか特に気にしないから、サンちゃんの後でも構わないよぉ」
「おい、俺様のだっつってんだろうが!」
「一条さん、オレは初めてだけ貰えれば満足すると思うんで、安心してくださいっす」
「ボクも一回だけでもいいよぉ」
「……そ、そうか?」
気付けば、レガフォーのメンバーが一人増えていた。
俺の目の前には壁ドンしたままな俺様くんである一条。左側には、同じく壁ドンしたまま笑顔を浮かべているぶりっ子くん。右側には、新しく会話に混じってきた男……爽やかワンコくん。何故か全員、壁に手をついている。
わぁ。俺、三方から壁ドンされてるよ。なにこれ、怖いんだけどっ。
俺を無視して盛り上がり始めた三人に、いい加減俺を解放してくれないかなとぼんやり思いながら、仕方なくその会話を聞く羽目になったのだった。
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