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ex3.正式に熊さんの嫁になった日
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俺が熊さんの嫁になって早いもので二ヵ月程経った。
新婚に相応しく、熊さんがお仕事で外に見回りに行く以外はひたすら一階のダイニングリビングのソファや二階のベッドやお風呂でいちゃいちゃしてる。最近落ち着いてきたのか、ただ抱きしめられて終わることも増えてきたので、そろそろ熊さんの発情期が終わるのかもしれない。
熊さんが見回りに出かけて太陽が真上に登った頃、俺は欠伸をしながらベッドから降りた。
今日もいい天気だなと、窓から見える青空を見つつ、クローゼットから出した大き目なサイズの白いTシャツを頭から被る。少し迷ってから、トランクスを履いて一階へと降りた。帰宅した熊さんが出迎えた俺を押し倒したことがあって以来、すぐ出来るようにとTシャツのみで過ごす日が多かった。昨夜したし、俺が誘わない限り今日はもうしないかも。
朝食兼昼食を終えて、ソファでゴロゴロしていると扉を叩くノック音が聞こえた。
誰だろう。熊さんのお客さんか森で迷子になった人かな。
どちらにせよこの格好で出る訳にもいかないし、居留守を使わせてもらおう。
そう思っていたら、熊さんの声が外から小さく聞こえてきたので、ハッとして玄関へと向かった。
多分荷物かなにかで手が塞がってて扉を開けられず、ノックしたんだろう。なら俺が開けて手伝わないと。
「おかえり熊さん!」
「おっと」
「……誰?」
扉を開けたら目の前にいたのは熊さんではなく知らない人だった。
白い肌に白……いや、銀髪に金色の目をした背の高い色素が薄い系イケメンだ。多分人じゃない。熊さんの知り合いぽい。
その隣には顔を染めて俯いている黒髪黒目の可愛い系男性がいた。こっちは多分普通の日本人。歳は俺と同じかちょっと上っぽいけど……迷子かな。
色素が薄い系イケメンがニヤリと笑うと、後ろを振り返る。
「随分とまぁ、お盛んだな。熊はむっつり派だったか」
「自分でも驚いている」
「ははっ、番は特別だと言っただろう。俺がミチを想う気持ちが分かったか」
「……そうだな。分かったからあまり見ないでくれ」
「分かるぞその気持ち」
訪ねてきた人の後ろにいた熊さんがそう言って前に出てくると、俺を抱きしめた。人がいるのに熊さんってば大胆。バカップルだと思われるぞ、と思いつつも抱きしめ返すと、熊さんは困ったように眉を下げて首を横に振った。
「違うんだ、新。そうじゃなくて、下を履いてきてくれないだろうか」
「あっ、はい」
お尻の辺りに手があったのは熊さんなりに隠してくれてたんだね。大胆だなと思っててごめん。人様の前でパンツ姿はまずかったよね。
ちらりと客人を見ると、色素が薄い系イケメンが可愛い系男性の腰を抱いてあっちもなにやらいちゃいちゃしているようだけど。俺のことなんてちっとも目に入ってなそう。
あ、もしかしてこの人たちは熊さんが前に言っていた熊さんのお友達とそのお嫁さんなのでは。
「熊さんの友達?」
「あぁ、そうだ。着替えてきたら紹介する」
「おっけー、分かった」
こそりと熊さんに尋ねたところ、俺の予想は当たっていた。俺、冴えてるぅ。
熊さんから体を離して、ズボンを履く為に家の中に戻ろうとしたが、熊さんの友達の言葉に固まった。
「あれ、熊の番はまだ仮嫁のままじゃないか。正式な嫁にしないのか?」
「仮って? 俺、まだ熊さんのお嫁さんじゃなかったの?」
「うっ……、すまない新」
衝撃の事実。大変、俺まだ熊さんの正式な嫁じゃなかった件について!
気を取り直してGパンを履いて戻ると、熊さん達は居間ではくウッドデッキにいた。家に入ればいいのに。リビングにくればと誘ったけど、熊さんのお友達に「ここでいい」と断られてしまった。まぁ、それならいいかと俺も外に出て熊さんの隣に立つ。
「新、紹介しよう。私の友とその伴侶だ」
「熊の友の龍だ。元は尾野松山の主をしていたがミチに惚れて今はただの人だ」
「ただの……人……?」
思わず全身を見てしまう。この銀と金のカラーで人間だと言われても周囲は納得するんだろうか。外国人だと言って誤魔化してるのかな?
俺の呟きは気付かれなかったのか流されたのか、熊さんのお友達――龍さんは隣にいた自分のお嫁さんの腰を抱き寄せて紹介した。
「そしてこの可愛くて愛おしいのがミチ。俺の嫁だ。お前に挨拶したいと言ったので連れて来た」
「初めまして、辰野満と言います。よろしければ仲良くしてくださいね」
「あっ、どうも熊さんの嫁(仮)の佐久間新です。こちらこそ同じ嫁同士よろしくです」
「新……」
俺の言葉に熊さんは眉を下げて申し訳なさそうな顔をしていた。おっとヤバイ、仮はつけるべきではなかったか。
「あっ、違うよ熊さん! 確かにまだ正式なお嫁さんじゃないことにはビックリしたけど、拗ねたり熊さんのこと怒ったりしてないからね! だって熊さんは発情期だったし俺も浮かれていて仮だったのすっかり忘れてたから!」
「そういえば熊の方は夏頃だったか。番は特別とは言え四角四面なお前が儀式を取り忘れるとはなぁ」
「私も本能に負けるとは思わなかった」
龍さんにからかわれるように言われて熊さんが肩を落としてしゅんとするのを見て、ムッとする。熊さんのお友達とはいえ、俺の愛しい旦那様をイジメるのはやめてもらいたい。文句を言おうと口を開いたところで、熊さんに肩を掴まれ熊さんと見つめ合う形になった。
「新、遅くなってすまない。正式に私の嫁になってくれ」
「喜んで!」
つい反射的に頷いてしまった。いや、嬉しいんだけどもう少し熊さんからのプロポーズの言葉を噛みしめて返事したかった。でも熊さんは嬉しそうだし龍さんも満足そうに頷いているし満さんも「おめでとう」と微笑みながら拍手してくれてるし、別にいいか。熊さんを愛しているのには変わりないし返事はイエス以外ないしな。
「それで正式なお嫁さんになるには俺はどうしたらいいの?」
「盃を交わして私の名を告げる」
「そうなんだ」
それだけならすぐ終わりそう。あっ、そうだ熊さんの真名! そういえばまだ知らなかったや。名前を聞いたときに、家族や伴侶にしか明かさないって言ってたもんね。その一人に俺はなるんだ。うぅ、楽しみ~。
いつやる? 今じゃない? 今日やっちゃう?
俺の浮き立つ気持ちに気付いた熊さんは目を細めて頷いた。
やったー!
「良かったな、熊。では今すぐに準備を」
「今日は仏滅だからダメだ!!」
手伝おうとしてくれた龍さんの言葉を満さんが遮った。
え、今日はぶつめつだからダメなの。物滅? ……仏滅! なんか縁起が良くない日だったよね。俺はあんまりそういう迷信的なの気にしてなかったけど熊さんは気にするかな? でも不思議そうに首を傾げている。目が合うと熊さんに尋ねられた。
「新、ぶつめつとは?」
「んっと、縁起が良くない日だよ多分」
「仏滅とは日本の暦注である六曜の一つで、仏も滅する程の大凶日なんだよ。午後からは大安にあたるとも言われてるけど所説あるし、僕は結婚するなら大安である翌日がいいと思うな」
「流石は俺のミチ。物知りだな」
詳しい説明を満さんがしてくれたけど、知らない単語が増えた。れきちゅうとかろくようって何?
多分聞いたら説明してくれるかもしれないけど、今は別に知らなくてもいいや。
「なるほどゲン担ぎか。ならば明日にしようか」
「うんいいよ」
ちょっとだけ残念だけど、どうせなら縁起のいい日がいいもんね。
俺が頷くと、儀式は明日することになり、準備を手伝うと申し出てくれた龍さんと満さんはいそいそと帰ってしまった。
えっ、盃を交わすだけなのに何を準備するの? もしかして特別な部屋を用意しないといけないの? 神社とか。結婚式をするってこと? 結婚式ってなにやるんだろ、どうしよう俺の両親呼ぶべき?
熊さんに聞いたけど、準備するのは尾野松山の奥に湧く水で作ったお神酒ぐらいで、場所も特にこだわらなくても良いらしく熊さんも首を傾げていた。
それでも準備してくれるというのなら素直に甘えようと二人で頷き、その夜はいつもより念入りに体を洗って早めに休んだ。
雲ひとつない青空が広がっていた。
今日もいい天気だ、と俺は空を仰ぐ。
てっきり普段着のまま家で二人盃を交わすだけだと思っていたけど、今俺は白い着物を着て、少し開けた森の中で熊さんを待っている。
朝方、再び龍さんと一緒に俺たちの新居へ訪ねてきた満さんは俺を連れて、まず近場にあった澄んだ湖で禊をさせた。そのあと着物を着せてここに連れて来たのだ。
「もうすぐ新くんの旦那様が来るので、ここで待っててね」
「あ、はい。ありがとうございます。着物とかも用意してもらって……」
「せっかくの晴れの日だからね。儀式するなら相応しい恰好をしなければ」
満さんはしきたりが気になるタイプらしい。俺は普段着でも全然良かったんだけどね。ここに来るまでこの高そうな白い着物を汚しそうで怖かった。祝いだからと貰ってしまったけど、本当にこれお金払わなくてもいいんだろうか。でも熊さんの晴れ着は見てみたい。絶対カッコイイだろうな。うぅ、超楽しみっ!
お金ないけど後で何かお礼しよう。
俺の様子を微笑んで見ていた満さんは、ふと表情を曇らせた。
「あのね。僕、龍から君の話を聞いたときに心配になったんだ」
「心配?」
「新くんは山の主様の嫁になることは怖くないの? 盃を交わしてしまったら君はもう人の理から外れてしまうんだよ?」
「えぇっ! 理から外れるって……どういうこと? ですか?」
「ヨモツヘグイって知ってるかな。黄泉の国の食べ物を飲食することなんだけど、新くんが飲む予定のお酒がそれに当たるんだよ」
「そうなの?! 満さん詳しいね!」
「龍から聞いて調べたんだ。元々そういうのが好きで、大学では民俗学を専攻していたんだよ」
「へぇ」
俺も大学では郷土研究会サークルに所属してましたよ! 観光地の祭りを調べて、歴史とか所以とかを申し訳程度に調べるただの旅行サークルだったけど。
って、ん? ちょっと待って、満さん重要なこと言ってなかった?
お神酒はこの世のモノではない?
熊さんの言う山の主ってこの山での動物のボスじゃなく、神様と同じ分類なの? マジかぁ。
確かに普通の動物は喋ったり人間に変身出来る訳ないもんな。あと熊さんのイケメンぷりはどう考えても神レベル。なるほど納得だぜ。
「はい、満さん質問です! 俺がそのお神酒を飲んだら、記憶を失ったり言葉が喋れなくなったりゾンビ化とかしませんか?」
「えっ、いや……それは大丈夫だよ。記憶も姿形も変わらないよ、ただ普通の人間とは違う存在になるけれど」
「違う存在?」
「感じる時の流れがゆっくりになるんだ。人間の疫病にもかからないよ」
「寿命が延びて病気しにくくなるってことですか? えっ、良いこと尽くめでは?」
「そう……かな……。他の人間に比べて時間の流れが遅くなるから、必ず君の家族や友達は君より先に老いて亡くなるよ。人とは違うから、人間社会に戻りたくなっても戻れないし。この先ずっと共にいれるのは……夫婦の契りを結んだ相手のみで……」
「じゃあ特に問題ないですね」
「えぇっ?!」
「それくらいで俺と熊さんの愛は変わらないし、ずっと二人で一緒にいられるなら俺は気にならないので問題ないです!」
二ヶ月間愛を育んできたおかげか、お互い好きだって分かってるし不安は特にない。ここに来る前に既に両親には挨拶してきたしな。
俺の言葉に満さんは口をぽかんと開ける。
「……新くんは凄いね。僕も龍のことは好きだけど、変わることが怖かった。だから龍が人間になるって言ってくれた時は安堵したんだ」
「愛されてますねぇ。俺も熊さんめっちゃ好きです愛してます」
俺がそう言った瞬間、草の茂みがガサガサと音を立てて揺れて褐色の毛並みの熊が現れた。満さんは体を強張らせて「山の主様? それとも普通の?」と呟く。熊は動かず、真っ黒な黒い目でこちらを見ている。
状況は違うけれど突然の熊との対峙に、ふと熊さんと会ったあの日を思い出した。告白してフラれて、足を滑らせて崖下に落ちる最悪な日だと思ったけど、熊さんと会ってホタルを見てお嫁さんになって最高の日に変わった。そして今日も最高の日になるのだ。
俺は愛しい旦那様に向けて笑いかけた。
「ねぇ熊さん、早く熊さんの晴れ着姿見せてよ」
ポンという音を立てて、熊の姿から人の姿へと変えた熊さんは白い着物を着ていた。
やばい、神々しいしかっこいい!! 流石俺の旦那さん!!
駆け寄って抱き着くと、熊さんもきつく抱きしめ返してくれる。嬉しさと賛辞の言葉を送ろうと思ったら、先に熊さんが口を開いた。
「新、私もお前が好きだ愛している。私と生涯一緒にいてほしい」
「うへへっ、喜んで。もしかして熊さん聞いてたの?」
「……実は新が着物の礼を言っていた辺から、ここに居た。勝手に聞いていてすまない」
「そうなんだ、気付かなかった。声かけてくれたら良かったのに」
「いや、それは……」
「熊! 酒はここに置いておくぞ」
龍さんに声を掛けられ、そちらを見ると満さんの腰を片手に抱いた龍さんがひらひらと手を振っていた。二人の足元前には団子が乗ってそうな朱色の台があり、上には小ぶりな白い酒瓶と白い盃が載っていた。
「俺たちは席を外すから儀式を始めるといい。夕方頃に回収するから道具はそのままで結構だ」
「あぁ、助かる」
「新くん、本当におめでとう。幸せにね」
「ありがとうございます! また遊びに来てくださいね!」
「うん」
二人が去り、俺たちは改めてお互い向き合って見つめ合う。
熊さんが目を細めて手を差し出し、俺は迷いなくその手を取った。
「新、始めようか」
「うん!!」
こうして俺は熊さんの正式な嫁となった――。
今のところ何かが変わったとかは特に感じないけど、時々デートと称して熊さんの見回りについて行ってみたり、二人っきりの時だけ真名を呼ぶようになったのが変化と言えば変化かな。
何はともあれ、俺たちは引き続き幸せな新婚生活を送っている。
新婚に相応しく、熊さんがお仕事で外に見回りに行く以外はひたすら一階のダイニングリビングのソファや二階のベッドやお風呂でいちゃいちゃしてる。最近落ち着いてきたのか、ただ抱きしめられて終わることも増えてきたので、そろそろ熊さんの発情期が終わるのかもしれない。
熊さんが見回りに出かけて太陽が真上に登った頃、俺は欠伸をしながらベッドから降りた。
今日もいい天気だなと、窓から見える青空を見つつ、クローゼットから出した大き目なサイズの白いTシャツを頭から被る。少し迷ってから、トランクスを履いて一階へと降りた。帰宅した熊さんが出迎えた俺を押し倒したことがあって以来、すぐ出来るようにとTシャツのみで過ごす日が多かった。昨夜したし、俺が誘わない限り今日はもうしないかも。
朝食兼昼食を終えて、ソファでゴロゴロしていると扉を叩くノック音が聞こえた。
誰だろう。熊さんのお客さんか森で迷子になった人かな。
どちらにせよこの格好で出る訳にもいかないし、居留守を使わせてもらおう。
そう思っていたら、熊さんの声が外から小さく聞こえてきたので、ハッとして玄関へと向かった。
多分荷物かなにかで手が塞がってて扉を開けられず、ノックしたんだろう。なら俺が開けて手伝わないと。
「おかえり熊さん!」
「おっと」
「……誰?」
扉を開けたら目の前にいたのは熊さんではなく知らない人だった。
白い肌に白……いや、銀髪に金色の目をした背の高い色素が薄い系イケメンだ。多分人じゃない。熊さんの知り合いぽい。
その隣には顔を染めて俯いている黒髪黒目の可愛い系男性がいた。こっちは多分普通の日本人。歳は俺と同じかちょっと上っぽいけど……迷子かな。
色素が薄い系イケメンがニヤリと笑うと、後ろを振り返る。
「随分とまぁ、お盛んだな。熊はむっつり派だったか」
「自分でも驚いている」
「ははっ、番は特別だと言っただろう。俺がミチを想う気持ちが分かったか」
「……そうだな。分かったからあまり見ないでくれ」
「分かるぞその気持ち」
訪ねてきた人の後ろにいた熊さんがそう言って前に出てくると、俺を抱きしめた。人がいるのに熊さんってば大胆。バカップルだと思われるぞ、と思いつつも抱きしめ返すと、熊さんは困ったように眉を下げて首を横に振った。
「違うんだ、新。そうじゃなくて、下を履いてきてくれないだろうか」
「あっ、はい」
お尻の辺りに手があったのは熊さんなりに隠してくれてたんだね。大胆だなと思っててごめん。人様の前でパンツ姿はまずかったよね。
ちらりと客人を見ると、色素が薄い系イケメンが可愛い系男性の腰を抱いてあっちもなにやらいちゃいちゃしているようだけど。俺のことなんてちっとも目に入ってなそう。
あ、もしかしてこの人たちは熊さんが前に言っていた熊さんのお友達とそのお嫁さんなのでは。
「熊さんの友達?」
「あぁ、そうだ。着替えてきたら紹介する」
「おっけー、分かった」
こそりと熊さんに尋ねたところ、俺の予想は当たっていた。俺、冴えてるぅ。
熊さんから体を離して、ズボンを履く為に家の中に戻ろうとしたが、熊さんの友達の言葉に固まった。
「あれ、熊の番はまだ仮嫁のままじゃないか。正式な嫁にしないのか?」
「仮って? 俺、まだ熊さんのお嫁さんじゃなかったの?」
「うっ……、すまない新」
衝撃の事実。大変、俺まだ熊さんの正式な嫁じゃなかった件について!
気を取り直してGパンを履いて戻ると、熊さん達は居間ではくウッドデッキにいた。家に入ればいいのに。リビングにくればと誘ったけど、熊さんのお友達に「ここでいい」と断られてしまった。まぁ、それならいいかと俺も外に出て熊さんの隣に立つ。
「新、紹介しよう。私の友とその伴侶だ」
「熊の友の龍だ。元は尾野松山の主をしていたがミチに惚れて今はただの人だ」
「ただの……人……?」
思わず全身を見てしまう。この銀と金のカラーで人間だと言われても周囲は納得するんだろうか。外国人だと言って誤魔化してるのかな?
俺の呟きは気付かれなかったのか流されたのか、熊さんのお友達――龍さんは隣にいた自分のお嫁さんの腰を抱き寄せて紹介した。
「そしてこの可愛くて愛おしいのがミチ。俺の嫁だ。お前に挨拶したいと言ったので連れて来た」
「初めまして、辰野満と言います。よろしければ仲良くしてくださいね」
「あっ、どうも熊さんの嫁(仮)の佐久間新です。こちらこそ同じ嫁同士よろしくです」
「新……」
俺の言葉に熊さんは眉を下げて申し訳なさそうな顔をしていた。おっとヤバイ、仮はつけるべきではなかったか。
「あっ、違うよ熊さん! 確かにまだ正式なお嫁さんじゃないことにはビックリしたけど、拗ねたり熊さんのこと怒ったりしてないからね! だって熊さんは発情期だったし俺も浮かれていて仮だったのすっかり忘れてたから!」
「そういえば熊の方は夏頃だったか。番は特別とは言え四角四面なお前が儀式を取り忘れるとはなぁ」
「私も本能に負けるとは思わなかった」
龍さんにからかわれるように言われて熊さんが肩を落としてしゅんとするのを見て、ムッとする。熊さんのお友達とはいえ、俺の愛しい旦那様をイジメるのはやめてもらいたい。文句を言おうと口を開いたところで、熊さんに肩を掴まれ熊さんと見つめ合う形になった。
「新、遅くなってすまない。正式に私の嫁になってくれ」
「喜んで!」
つい反射的に頷いてしまった。いや、嬉しいんだけどもう少し熊さんからのプロポーズの言葉を噛みしめて返事したかった。でも熊さんは嬉しそうだし龍さんも満足そうに頷いているし満さんも「おめでとう」と微笑みながら拍手してくれてるし、別にいいか。熊さんを愛しているのには変わりないし返事はイエス以外ないしな。
「それで正式なお嫁さんになるには俺はどうしたらいいの?」
「盃を交わして私の名を告げる」
「そうなんだ」
それだけならすぐ終わりそう。あっ、そうだ熊さんの真名! そういえばまだ知らなかったや。名前を聞いたときに、家族や伴侶にしか明かさないって言ってたもんね。その一人に俺はなるんだ。うぅ、楽しみ~。
いつやる? 今じゃない? 今日やっちゃう?
俺の浮き立つ気持ちに気付いた熊さんは目を細めて頷いた。
やったー!
「良かったな、熊。では今すぐに準備を」
「今日は仏滅だからダメだ!!」
手伝おうとしてくれた龍さんの言葉を満さんが遮った。
え、今日はぶつめつだからダメなの。物滅? ……仏滅! なんか縁起が良くない日だったよね。俺はあんまりそういう迷信的なの気にしてなかったけど熊さんは気にするかな? でも不思議そうに首を傾げている。目が合うと熊さんに尋ねられた。
「新、ぶつめつとは?」
「んっと、縁起が良くない日だよ多分」
「仏滅とは日本の暦注である六曜の一つで、仏も滅する程の大凶日なんだよ。午後からは大安にあたるとも言われてるけど所説あるし、僕は結婚するなら大安である翌日がいいと思うな」
「流石は俺のミチ。物知りだな」
詳しい説明を満さんがしてくれたけど、知らない単語が増えた。れきちゅうとかろくようって何?
多分聞いたら説明してくれるかもしれないけど、今は別に知らなくてもいいや。
「なるほどゲン担ぎか。ならば明日にしようか」
「うんいいよ」
ちょっとだけ残念だけど、どうせなら縁起のいい日がいいもんね。
俺が頷くと、儀式は明日することになり、準備を手伝うと申し出てくれた龍さんと満さんはいそいそと帰ってしまった。
えっ、盃を交わすだけなのに何を準備するの? もしかして特別な部屋を用意しないといけないの? 神社とか。結婚式をするってこと? 結婚式ってなにやるんだろ、どうしよう俺の両親呼ぶべき?
熊さんに聞いたけど、準備するのは尾野松山の奥に湧く水で作ったお神酒ぐらいで、場所も特にこだわらなくても良いらしく熊さんも首を傾げていた。
それでも準備してくれるというのなら素直に甘えようと二人で頷き、その夜はいつもより念入りに体を洗って早めに休んだ。
雲ひとつない青空が広がっていた。
今日もいい天気だ、と俺は空を仰ぐ。
てっきり普段着のまま家で二人盃を交わすだけだと思っていたけど、今俺は白い着物を着て、少し開けた森の中で熊さんを待っている。
朝方、再び龍さんと一緒に俺たちの新居へ訪ねてきた満さんは俺を連れて、まず近場にあった澄んだ湖で禊をさせた。そのあと着物を着せてここに連れて来たのだ。
「もうすぐ新くんの旦那様が来るので、ここで待っててね」
「あ、はい。ありがとうございます。着物とかも用意してもらって……」
「せっかくの晴れの日だからね。儀式するなら相応しい恰好をしなければ」
満さんはしきたりが気になるタイプらしい。俺は普段着でも全然良かったんだけどね。ここに来るまでこの高そうな白い着物を汚しそうで怖かった。祝いだからと貰ってしまったけど、本当にこれお金払わなくてもいいんだろうか。でも熊さんの晴れ着は見てみたい。絶対カッコイイだろうな。うぅ、超楽しみっ!
お金ないけど後で何かお礼しよう。
俺の様子を微笑んで見ていた満さんは、ふと表情を曇らせた。
「あのね。僕、龍から君の話を聞いたときに心配になったんだ」
「心配?」
「新くんは山の主様の嫁になることは怖くないの? 盃を交わしてしまったら君はもう人の理から外れてしまうんだよ?」
「えぇっ! 理から外れるって……どういうこと? ですか?」
「ヨモツヘグイって知ってるかな。黄泉の国の食べ物を飲食することなんだけど、新くんが飲む予定のお酒がそれに当たるんだよ」
「そうなの?! 満さん詳しいね!」
「龍から聞いて調べたんだ。元々そういうのが好きで、大学では民俗学を専攻していたんだよ」
「へぇ」
俺も大学では郷土研究会サークルに所属してましたよ! 観光地の祭りを調べて、歴史とか所以とかを申し訳程度に調べるただの旅行サークルだったけど。
って、ん? ちょっと待って、満さん重要なこと言ってなかった?
お神酒はこの世のモノではない?
熊さんの言う山の主ってこの山での動物のボスじゃなく、神様と同じ分類なの? マジかぁ。
確かに普通の動物は喋ったり人間に変身出来る訳ないもんな。あと熊さんのイケメンぷりはどう考えても神レベル。なるほど納得だぜ。
「はい、満さん質問です! 俺がそのお神酒を飲んだら、記憶を失ったり言葉が喋れなくなったりゾンビ化とかしませんか?」
「えっ、いや……それは大丈夫だよ。記憶も姿形も変わらないよ、ただ普通の人間とは違う存在になるけれど」
「違う存在?」
「感じる時の流れがゆっくりになるんだ。人間の疫病にもかからないよ」
「寿命が延びて病気しにくくなるってことですか? えっ、良いこと尽くめでは?」
「そう……かな……。他の人間に比べて時間の流れが遅くなるから、必ず君の家族や友達は君より先に老いて亡くなるよ。人とは違うから、人間社会に戻りたくなっても戻れないし。この先ずっと共にいれるのは……夫婦の契りを結んだ相手のみで……」
「じゃあ特に問題ないですね」
「えぇっ?!」
「それくらいで俺と熊さんの愛は変わらないし、ずっと二人で一緒にいられるなら俺は気にならないので問題ないです!」
二ヶ月間愛を育んできたおかげか、お互い好きだって分かってるし不安は特にない。ここに来る前に既に両親には挨拶してきたしな。
俺の言葉に満さんは口をぽかんと開ける。
「……新くんは凄いね。僕も龍のことは好きだけど、変わることが怖かった。だから龍が人間になるって言ってくれた時は安堵したんだ」
「愛されてますねぇ。俺も熊さんめっちゃ好きです愛してます」
俺がそう言った瞬間、草の茂みがガサガサと音を立てて揺れて褐色の毛並みの熊が現れた。満さんは体を強張らせて「山の主様? それとも普通の?」と呟く。熊は動かず、真っ黒な黒い目でこちらを見ている。
状況は違うけれど突然の熊との対峙に、ふと熊さんと会ったあの日を思い出した。告白してフラれて、足を滑らせて崖下に落ちる最悪な日だと思ったけど、熊さんと会ってホタルを見てお嫁さんになって最高の日に変わった。そして今日も最高の日になるのだ。
俺は愛しい旦那様に向けて笑いかけた。
「ねぇ熊さん、早く熊さんの晴れ着姿見せてよ」
ポンという音を立てて、熊の姿から人の姿へと変えた熊さんは白い着物を着ていた。
やばい、神々しいしかっこいい!! 流石俺の旦那さん!!
駆け寄って抱き着くと、熊さんもきつく抱きしめ返してくれる。嬉しさと賛辞の言葉を送ろうと思ったら、先に熊さんが口を開いた。
「新、私もお前が好きだ愛している。私と生涯一緒にいてほしい」
「うへへっ、喜んで。もしかして熊さん聞いてたの?」
「……実は新が着物の礼を言っていた辺から、ここに居た。勝手に聞いていてすまない」
「そうなんだ、気付かなかった。声かけてくれたら良かったのに」
「いや、それは……」
「熊! 酒はここに置いておくぞ」
龍さんに声を掛けられ、そちらを見ると満さんの腰を片手に抱いた龍さんがひらひらと手を振っていた。二人の足元前には団子が乗ってそうな朱色の台があり、上には小ぶりな白い酒瓶と白い盃が載っていた。
「俺たちは席を外すから儀式を始めるといい。夕方頃に回収するから道具はそのままで結構だ」
「あぁ、助かる」
「新くん、本当におめでとう。幸せにね」
「ありがとうございます! また遊びに来てくださいね!」
「うん」
二人が去り、俺たちは改めてお互い向き合って見つめ合う。
熊さんが目を細めて手を差し出し、俺は迷いなくその手を取った。
「新、始めようか」
「うん!!」
こうして俺は熊さんの正式な嫁となった――。
今のところ何かが変わったとかは特に感じないけど、時々デートと称して熊さんの見回りについて行ってみたり、二人っきりの時だけ真名を呼ぶようになったのが変化と言えば変化かな。
何はともあれ、俺たちは引き続き幸せな新婚生活を送っている。
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