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ex.蛙の子は蛙
しおりを挟む「お前は何を言ってるんだ?」
「馬鹿なこと言ってないで、まずはその汚い部屋を片しなさい」
俺の「熊さんのとこに嫁ぎに行くので大学を辞める」発言に、父親には宇宙人を見るような目で、母親は呆れたような顔をして俺の後ろに見えるちょっとばかし荒れた部屋を指摘した。
嫁に行ったら山の中で生活するので、スマホの電波通じないし会う機会も減るだろうから、顔を見せとこうとビデオ通話してたんだけど。まずった。部屋を片してから通話するべきだった。
「あの。部屋は後でちゃんと片付けるから、今は真面目に聞いて?」
「やはり新には東京で一人暮らしは早すぎたんじゃないか。若いのに結婚詐欺にひっかかっちまって……。結婚は焦ってするもんじゃないぞ」
「昔から優しい言葉をかけられたら、すぐに女の子でも男の子でも好きになっちゃう単純な子なのよねぇ。社会勉強するなら早い方がいいと思っていたけど……」
両親は互いに顔を見合わせて大きいため息を吐いてから、声を揃えて反対した。
お前は騙されているだけだから、その人とは結婚できない。目を覚ませ、と。
「違うよ。熊さんはそんな人じゃないしむしろ熊だし山の主だし。俺のこと愛してくれてるもん!」
ムカついたのでビデオ通話をぶちりと切ったけど、はっと気付いた。そういえば俺、熊さんに愛してるとは言われてないな。最初に可愛いと、あとは嫁に来いと言われたぐらいで。
え、俺、ちゃんと熊さんの嫁だよね。俺のこと好きだから結婚するんだよね? 実はフラれていて、ショックで勝手に脳内で自分を嫁認定してるだけじゃないよね。
ちょっと心配になってきた。こういう時、連絡手段がないと不便だなぁ。熊さんは電話なんて持ってないだろうし、あっても山の中は圏外だったから使えないけども。今、すごく熊さんの声が聞きたい。電話口で大丈夫だ妄想じゃないよって言ってもらえたら、安心できるのに。
まぁ、でも熊さんはお喋りタイプでもないから積極的に愛を囁かないだけかもしれないし、もし俺のことがまだそんなに好きじゃないのなら好きになってもらえるよう俺が頑張ればいいだけの話だ。よし、そうと決まれば……。
ひとまず寝よう。
片付け? 片付けは足が治ってからすればいいさ。すやぁ。
「新! 臓器は無事か?」
「相手に騙されてお金を貸して借金をこさえてない?」
熊さんと会ってから二週間が経ち、足も治ってきたので大学の退学手続きと、アパートの解約をして部屋も片付け必要な荷物をまとめて、あとは出るだけ。という所で両親が駆けつけて来た。その第一声がそれってどうよ。
「なんでここにいんの?」
「大学から電話があったのよ。嫁になるから退学しますって退学届けの書類を持ってきたのですが、保護者様の印鑑も押されていませんでしたしご本人から何かお話聞いてますかって」
「だから本当に悪質な結婚詐欺に捕まったと思って慌てて来たんだ。あちらの両親が入院したとか式場の手続きは自分がするからと金を無心してきても断るんだぞ」
なんと。十八歳を過ぎたら保護者欄の名前は書かなくていいと思っていた。えっ、必要だったの? 履歴書とか保護者欄書かなくていいじゃん。あっ、実は二十歳まで必要なの? マジか。
結婚詐欺にあったと勘違いした両親に、俺は詳しく話をしようと家に入ってもらうことにした。一応俺の心配をしてわざわざこっちに来てくれたんだしね。まぁ、出せるものは何もないけど。
何もなくなった部屋に、両親は不憫な子だと嘆いて俺のことをアホだアホだと言って俺の話をなかなか聞いてくれない。いやいや、確かに邪魔だから売れるものは売ったけど借金のカタになんかしてないからな。山への電車賃と一月分の生活費くらいあるわ。
一通り喋ったら落ち着くだろうから、黙ってぼーっとしながら時間をやり過ごそう。そう思ってぼんやりしていると、チャイムが鳴った。
ピタリと口を止めた両親に、ちょっと出てくると断って玄関へと向かう。
誰だろう。俺の家を尋ねてくる人なんて全然心当たりがない。
首を傾げて扉を開くと人の姿をした熊さんが立っていた。今日は濃紺の着物と羽織姿だ。
「えっ、嘘なんでここに?」
「すまない。待てると言ったが、待てずに迎えにきてしまった」
驚く俺に、熊さんは少し照れ臭そうにはにかんだ。その姿に胸がどきーんと高鳴った。あー、熊さん可愛い好きぃ。
好きという気持ちが溢れかえって抱きつくと、抱き返された。んん、熊さん大好きぃ。
「へへっ、俺も会いたかったから嬉しい。それにベストタイミングだよ熊さん。今から行くつもりだったんだ」
「そうか」
あぁ、久々の熊さんだぁ。
熊の姿の時は太陽の匂いがしたけど、人間の姿の時はまた違う良い匂いがする。なんだろうこれ。どこかで嗅いだことあるけどどこだっけ。修学旅行の時だったような、じぃちゃん家だったような……。思い出そうと抱き着いたまま、すーはーしていると、なかなか戻ってこない俺にしびれを切らしてか両親が玄関を覗いていた。
「新、そちらは……?」
もう少しこうしていたかったけど、声をかけられてしまったので、名残り惜しいが渋々と熊さんから離れる。
ちょうどいいし熊さんを両親に紹介しよう。
「父さん母さん、この人が俺の旦那さんの熊さんだよ」
「初めまして」
「あらやだ、相手は男性だったの。男前ねぇ」
「てっきり女性の結婚詐欺師に引っ掛かったのだと思ってたな。ところで男同士は結婚できるのか?」
「日本だと無理だから、海外でするんじゃない?」
「ハワイとかか?」
「さぁ、どこの国で出来るのかまではちょっと……」
「だがどこでするにも海外の言語は英語だろ。新に英語が出来るのか?」
「無理ね。ずっと英語の評価はアヒルさんで、テストは赤点まみれだったもの」
「絶望的だな。新のことだから大学でも遊び歩いてそうだしな」
おい、ちゃんと挨拶してくれよ。
熊さんは俺の両親と俺を交互に見ると、目を細めて言った。
「新のご両親か? 似ているな」
待って、熊さん的にどこら辺が似てるの? 外見のこと言ってるんだよね。やかましい所とか礼儀知らずってとこじゃないよね?!
熊さんが持つ俺の印象がめっちゃ気になる。
俺の気がかりに気付かず、熊さんは「そうだ」と呟くと、いつの間にか手にした紙袋から何かを取り出し両親へと差し出した。
「よろしければどうぞ」
「まぁ、うさかめ亭のどら焼きじゃない。私これ好きなのよ。ありがとうね」
「それは良かった。友から挨拶の手土産に喜ばれると事前に聞いていて助かった」
母さんが嬉しそうに熊さんからもらったどら焼きを胸に抱く。
うさかめ亭のどら焼きを知ってる友達って、人間? どうやって知り合って何でやり取りしてるんだろう。もしかして熊さんスマホとか持ってる?
ていうか今気付いたけど、俺、熊さんに詳しい住所教えたっけ?
うーん、気になる聞きたい。聞きたいけど今聞いたら話が脱線しそう。既に脱線しているのにこれ以上話を逸らしたくない。待ちきれず俺を迎えに来てくれた熊さんをこれ以上待たせる訳にはいかないんだ……!
俺が内心もだもだと考えていると、父さんがごほんとわざとらしく咳払いをした。
「ごほん。勘違いしないでほしいのだが俺……いや私は結婚に反対している訳ではないんだが、ちょっとやりたかったことをしてもいいかな?」
「構わない」
「どこの馬の骨かも知らん男に娘はやれるか! 結婚は認めんぞ!」
「はぁぁぁ?! ちょっと父さんやめろよ。そんなことして熊さんが俺のことじゃあいらないって言ったらどうしてくれんだよ!!」
「お父さん、息子より娘の方が欲しかったものねぇ」
すっきりした顔をする父さんの胸元を掴んでゆさゆさ揺さぶるけど、父さんは満足そうに笑うばかりだ。ムカつく。
母さんも止めてくれ。息子の将来がかかってるんだぞ!
父さんが、再びごほんとわざとらしく咳払いをした。
「ところでくまさんは本当に新が嫁でいいのか? うちの息子は丈夫な所と馬鹿正直な所しか良い所がないが……」
「そうよね。お掃除も料理もまともに出来ないし。うちの平凡息子なんて選ばなくても、貴方なら他にいい人が見つかるんじゃないかしら」
「ほんとやめて黙って! 俺、熊さんに捨てられちゃう!!」
「新、大丈夫だ。捨てない。私たちは契りを結んだだろう。私の嫁はお前だけだ」
「熊さん……っ」
「それに私は新の明るくて素直な所をとても好ましく思っている。初めて会った時に、こんな純粋な人間がいるのだと驚いたものだ。お前が笑うだけで周囲が輝いて見えるよ」
「あ、あ……熊さん愛してるぅぅぅ」
「あぁ、知っている」
感動して抱き着く俺を受け止め、熊さんは目を細めて頷く。
良かった! 俺ちゃんと熊さんに愛されている。嬉しい。
熊さんは俺の両親に向き直すと、小さく頭を下げた。
「私は尾野松山の主をしている熊だ。息子さんを……新を嫁にください。新、結婚の挨拶はこれで合ってるだろうか?」
「完璧だよ熊さん!!」
俺の旦那の熊さん、完璧です。超好きっ。
両親は互いに顔を見合わると、微笑みながら「こちらこそ息子をよろしくお願いします」と頭を下げた。
「ところでくまさんとは、どういう字を書くのかしら? 下の名前は?」
「山の主とは林業を営んでいるのかね? 尾野松山と言えばホタルの観光名所だが、そこは君の山だったのかい?」
「歳はいくつ?」
「お酒は飲めるかね?」
興味津々で矢継ぎ早に質問する両親に熊さんは困ったような顔をしていた。熊さんを困らせるとはなんと迷惑な親だ。誰の親だ。あっ、俺の親だわ。ごめんね熊さん。
それにしてもずるいぞ、俺だって久しぶりの熊さんといっぱい話したいのに。早くいちゃつきたいし。
俺はため息をついて、熊さんに元の姿に戻ってくれと頼んだ。
「急にそんなことをしたら驚いて倒れてしまうのではないか?」
「大丈夫、俺の親なんで。それにそっちの方が話すぐ終わると思うよ。挨拶も無事終わったことだし、早く一緒に行こ」
「……分かった」
こくりと頷いた熊さんはポンと音を立てて、人間の姿から熊の姿に変わった。
止まる質問。
突然のことにきょとんとした表情から青ざめ、両親は床へと寝転んだ。しかし母さんに至ってはまだどら焼きを抱いている。いい加減そこら辺に一度置いたらどうだろうか。
「ひっ、ヒグマだわ!」
「死んだふりって効くんだっけ?」
「やってみましょう」
「よし」
「いや、よしじゃないし。熊さんはご覧の通り熊だよ。山の主もその名の通り、尾野松山のボス」
「新やめてくれ、俺たちは今死んだふりをしているんだ」
「そうよ、死んだふりしているんだから話しかけないで」
ひそひそ声で何言ってんだこの人達は。
困ったような顔で「私はヒグマではないのだが……」と呟いてこっちを見てきた熊さんに、俺は頭をぽりぽりと掻いた。
うん、俺の家族だなぁ。こんな親でごめんね熊さん。
余談だが、俺が嫁に嫁ぐこともあるなら熊だって人間になるよね。とか失礼で訳分からないことを呟いて納得した両親から、退学と結婚を許された。その態度に熊さんは呆然としつつも、最後には「新の両親らしいな」と笑ってくれた。
その可愛い笑顔にきゅんときたけど、俺に対する熊さんの印象がやはり気になる……。
いや、突っ込んではいけないと俺の中のどこかで囁いているので、取り敢えず無事に嫁になれたことを素直に喜ぶことにしよう。
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