彼女らの話。

ロウバイ

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死ねば、見てくれる?

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◯誰にでも優しい女の子と彼女が大大大好きな女の子です!


 突然だが、私にはこの世で一番優しいと言っても過言ではないほど優しくてかわいい恋人がいる。付き合っているといっても、正直なところ本当に彼女の心を私のものにできているのかはまったくわからない。

 彼女の微笑みを見るだけで私の心の嫌な部分はきれいに浄化され、彼女が話すだけで自分に彼女の話す言語が理解できる日本に生まれてよかったとつくづく思うし、彼女と小指の先でも触れ合うだけでも来世分の幸福まですべて享受してしまっているのではないかと錯覚する。
彼女を構成する要素すべてが愛おしく感じるし、彼女が隣に立っているというだけで死んでしまうのではないかと思う。
愛という言葉だけでは足りないほどの溢れんばかりの想いを彼女に向けていた。
絶対に綺麗とは言えないものだから、彼女に伝えることはできなかったがそれでもよかった。
彼女が生きているだけで、私は幸せだ。
例えこの関係が、私からの一方通行なものでもまったくかまわなかった。
そう、ずっと思っていたはずなのに。
 
空木そらきさん、今ちょっといい?」
 頬を赤くした男子生徒に紡がれた名前に眉を寄せる。

 空木蓮そらきはす。その清らかで美しい文字の羅列は、私が愛してやまない彼女の名前だったのだ。名前の通り、彼女はとても美しい。
月の下で淡く光を漏らす月下美人の花を思い浮かべれば、彼女の顔がすぐに浮かんでくるだろう。艶々とした黒髪を胸あたりまで伸ばし、冷静ながらもどこか暖かみを携えた黒い瞳は影を作るほど長い睫毛で覆われ、真珠のように白いきめ細かい肌は時折珊瑚色に染まる。ぽってりとした紅色の唇から紡ぎ出される声は澄んだ鈴のようで、いつまで聞いていても飽きない。まさに、絶世の美女という言葉がぴったりな彼女は、まあ当たり前だがモテた。それも、類を見ないほどに。

 学校に一人はいるようなすこし見目のいいちやほやされて生きてきた女子など比ではない。登校してまっさきに目につくのは手紙でパンパンになった下駄箱であり、移動教室で廊下を歩くだけで周囲の視線を独占し、放課後は日単位で告白で呼び出される。男子生徒どころか、私のような女子生徒の心まで奪い、あげくの果てに教員たちまでも一目置く存在。そんな、漫画や小説の中でしかないような非現実的な設定を持ってこの世に存在しているのが彼女、空木蓮だった。

 その男子生徒の呼び出しに、帰る支度をしていた彼女の手が止まる。桜貝のような爪を先端にのせた指は、毎日彼女の母に作ってもらっているというお弁当箱の包まれた黄色の巾着を握っていた。
彼女はそのツヤのある茶色い革製カバンに詰めるものの一連の順番を決めている。なんとも几帳面な彼女らしい。彼女独自のマイルールの中でもお弁当箱は一番最後の最後で、それさえ入れ終えれば帰れるという状態だった。
教室の前の扉から視線を動かし、私の方を見て申し訳なさそうに少し眉を下げる彼女の顔を見ると、彼女になんて顔をさせるんだと男子生徒と自分を殴り飛ばしたくなる。

 付き合った初日から、私と彼女は毎日ずっと一緒に登下校をしていた。何があっても、彼女が学校を休まない限り毎日。だからいつも私は告白で呼び出される彼女を待ったし、彼女はそんな私のためにできるだけ早く教室に戻ってくる。運動が苦手なのに、わざわざ走ってその額にじんわりと汗を浮かべてまで急いで帰ってきた彼女に労いの言葉をかけるのが、私のある種の放課後の習慣のようなものだった。別に、今日はすぐに帰れるんじゃないかという期待はしていない。
 彼女の心苦しそうな表情は、きっと男子生徒の告白を断る罪悪感と私を待たせることへの後ろめたさが入り交じった結果だろう。
男子生徒はともかく、私なんかに気を使わなくてもいいのに。彼女のために生きていると言い切ってしまえるほどの私は、時間を奪われることぐらいどうってことなかった。別に、今日はすぐに帰れるんじゃないかという期待もしていない。
だが、そこは心優しい彼女なのだろう。相手のことを第一に考える彼女は、何度そう伝えても一向に首を縦に振る様子を見せなかった。むしろ、心底申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝罪の言葉を口にするのだ。彼女にそんな行動させたくなくて、いつしか言うことはなくなったが、今でもずっと心の中では思っていることだ。いつか彼女に届くといいと思う。

「ごめんね、未琴ちゃん。できるだけ早めに帰れるようにするから。」

だから、そんな顔しなくてもいいのに。そんなこと、言わなくてもいいのに。
そんな言葉は私の胃の奥に溶けていって、口からでたのは応を示すどこか乾いた音だけだった。

 終礼が終わり、ガヤガヤとしていた教室は男子生徒の決して小さくはない一声により一瞬で授業中の静けさを取り戻していた。クラス中の誰もが、彼女と男子生徒に意識を向けている。全員の注目を浴びる彼女の姿を見ながら、彼女の心理状況を危惧する。
これほどの数の瞳に見つめられるとはどういった気持ちなんだろうか。肌を刺すようなピリピリとした緊張感に、中心人物でもないのに肌が粟立つ。他人の注目を集めることに慣れているから、彼女にとってはなんともないかもしれない。それでも、彼女の握られた手が心なしか震えているように見えて、どうしても心のなかで心配が勝った。
 
 彼女が教室から出てパタリと扉が閉められると、その音を境に徐々に教室に活気が戻ってくる。男子生徒と共に廊下へ消えていった彼女を見送り、彼女の隣に位置する私の席へどかりと腰を落とす。平常に戻るクラスの中心で私はただ前の白いもやが残る黒板を見つめ、ぼんやりとしていた。

「今日は一年五組のイケメンくんかー。私こっそり狙ってたのになー。」
「空木さんならしゃーない。やっぱすごいねー。」

 濁るような意識に染み渡るように、その言葉が聞こえてくる。ほんのりと漂っていた睡魔が、即座に姿を消した。やや回線が遅くなっている思考で、さっきの男子生徒は一年生だったのかと納得する。道理であまり見ない顔だと思ったのだ。
声の主は、恐らく後ろの席のクレープやらタピオカやらをよく楽しんでいる女子二人組だ。二人はなにかと情報通であるため、きっと信用できる言葉だろう。
この学校にとって誰が彼女に告白したかという話題は、学級閉鎖レベルの話題性をもつ。誰が、一度も頷くことのない彼女に挑むのか。学校のある日は毎日更新されていくその話題は、明日もきっと生徒たちを飽きさせることなく共有されていくのだろう。

 もちろん、先ほどの話のように彼女に想いを寄せる者は誰かに想いを寄せられている者である場合も少なくない。それでも、特にそれといった悪口を流されたり妬みの対象にされたりするという悪質なことになる確率は非常に低い。それは彼女の一般人では太刀打ちできないほどの美しさと、彼女の持つ天女と差し支えない性格が成すものなのだろう。誰にでも優しい彼女は、誰からも好かれている。よって、敵意を向けられることは有り得ない話なのだ。だれもが、恋敵の名前が彼女だと知るとどんなに燃えるような恋をしていたとしてもきっぱりと諦めてしまうという。

そんな昔のことを思い出していると、いつの間にか後ろの二人組は帰ったようで他のクラスメイトたちも殆どが帰ったようだった。五人ほど、掃除などで残っているがもうすぐすれば帰るだろう。
いつも、彼女を待つ十分ほどはうたた寝をしていたのだが、二人組の話でどこかへ行ってしまった眠気は帰ってくる様子を見せない。目を閉じても眠りの波に身を任せることができず、私は今日のうたた寝を諦めた。

暇潰しとは言わないが、身なりを整えるために机の隣にまだかけてあるカバンからポーチを取り出す。ポーチは彼女が誕生日プレゼントだとくれた、青色のポーチだ。どうやら二個セット売りしている商品だったようで、お揃いなのだと桃色の同じデザインのポーチを見せながら彼女は微笑んでいた。その時ほわほわと温かくなる胸を押さえながら、二個あるなら彼女が二個とも使えばいいのにと言うと、二人で使うからいいんだよと少し困ったようにまた微笑まれた。

 ポーチのチャックを開き、中から手鏡を取り出す。パチリと閉じていた蓋を開け、銀色の面をこちらに向ける。鏡のなかにはいつも通りの無表情な私がいて、彼女とはどうやっても似つかないと思った。

「お、未琴みことが珍しく鏡見てるじゃん。」

声と共に、頭上に薄い影が落ちる。がたりと音をたてて前の席に座り込んだのは、彼女も仲良くしている夕葉ゆうはという女子生徒だった。この学校では珍しく制服を着崩した格好に、最初は彼女に悪影響ではと懸念したが、今ではいい交友関係を築いているようであるからあまり気にしないようにしている。

「ん?無視?シカト?」

だが、私は特段仲良くしたいとは思っていない。
彼女に直結すること以外は比較的なにもしたくないが、流石に人聞きの悪い言葉を出されるとこちらも不味い。できることならあまり会話したくなかったが、仕方なく夕葉の言葉に返事をすることにする。視線は鏡の中の私に向けたままだった。

「蓮の隣に立つんだから、最低限は整えないといけない。」
「へーそうなんだ。」

夕葉の方から聞いてきたというのに、まるで興味もないような返しをされてため息をつきたくなる。じっと変なところがないか探していると、唇の端にじんわりと血が滲んでいることに気づいた。季節は今、冬に近づいてきている。つい最近、彼女も腕の出る半袖のシャツから長袖のシャツに衣替えをしていた。乾燥に気を付けるように言わないとな、と思いながらポーチからリップクリームを取り出す。

「そーいえば蓮、喜んでたよ。」
「は?」

脈絡のない文が飛び出てきて、思わず間抜けな声が私の口から溢れる。慌てて口を塞ぐが、周囲には人は居らず、唯一である夕葉も右の窓の外を見ていて、特に私の失言に気を止めていないようだった。意図が読めない一言に、つい私は手にしていたリップクリームをそのままの逆再生でもするかのような動作でポーチに戻してしまった。

「未琴ちゃんと一緒にいれて嬉しいって。」
「はぁ…。」

夕葉は私と彼女の関係を知るたった一人の存在だ。どうやら彼女が夕葉に告げたらしく、それを知った時は驚いたが、彼女がいいなら別にいいかと思えた。その時の彼女の表情がとてもキラキラと輝く笑顔だったからかもしれない。普段なら絶対に譲れないと思っていたことを、呆気なく私は許してしまえたのだ。
その次の日、彼女と学校に行くと夕葉が下駄箱で待ち構えていた。何事かと思ったが、たいして言葉を交わしたこともなかった夕葉から祝福の言葉を贈られて拍子抜けたのを今でも覚えている。周囲からは不思議そうな目を向けられたが、隣で恥ずかしげに笑い感謝を伝える彼女を視界に入れると何も気にならなくなった。私も、一応、感謝を伝えておいた。

ため息のような声を漏らすと、夕葉は顔の位置はそのままで視線だけをこちらに寄越した。
 
「反応薄いねー。」
「別に。」

私の言葉を最後に、教室には沈黙が落ちる。
横たわった沈黙を切り裂いたのは、夕葉の言葉でも私の言葉でもなく、ただ冷淡に鳴る七限目開始のチャイムだった。今日は六限で終了の日だが、曜日に関係なく七限まで鳴るように設定でもされているのかいつもこのチャイムは三時三十五分に鳴る。
つまり、彼女があの男子生徒と出ていってからもう十分もたっているということだった。

「あ、ベルなったね。帰るわ。」

そう言い手持ち型であるカバンをリュックサックのように背負って、夕葉は立ち上がる。

「ばいばーい。」

手を振りながら彼女のように扉の先へ消えていく夕葉を視線だけで追って、また元の黒板へと戻す。また教室に、ついさっき漂っていた静寂が息を吹き返した。
そっと耳を潜ませてみるが、いつも彼女の帰りとともに響く軽い床を蹴る音は響いてこない。ほんの少し寂しく感じながら、まだ告白が長引いているんだろうとアタリをつけた。
こうして長引くことは過去にもよくあった。
大体は相手を傷つけないようにしながらもはっきりと付き合えないと言う彼女に対し、時間をくれてありがとうと相手が返すといった短い時間でさっぱりと終わる。だが、稀に失恋の痛みに耐えられず彼女の前で涙する者がいる。多くが彼女に告白した女子生徒だったが、男子生徒もいるかと言えばいる。ましてや、あの男子生徒は一年生である。年齢で心の柔らかさを測るわけではないが、きっとあり得なくはないだろう。

彼女の前で泣くなんて、言語道断である。と言いたいところだが、きっとそれを言えば流石の彼女でも怒るだろう。心優しい彼女は人の涙を見ると同じ様に悲しむため、彼女には笑っていてほしい私にとっては論外であるが口をつぐむ他ない。

彼女は、まるでその恋心を受け取れない代わりとでもいうように、いつも自分に失恋した相手が泣き止むまでそばにいて涙を拭うことが多かった。多かったといっても、毎回そうなるのだが。
私と違って、彼女は人の悲しみに寄り添うのだ。その人が一人で立ち上がれるようになるまで、そっとそばで一緒に立とうと奮闘してくれる。
それだけではない。彼女は、悲しみだけでなく人の色々な感情に寄り添うのだ。

だから、私が一度彼女の下駄箱に詰め込まれた手紙をそのままゴミ箱に捨てようとすると、必死に止めるのだ。彼女にしては珍しい、焦った顔をして。その中には通称ラブレターという、誰かの自己中心的な彼女への思いの丈を綴っただけではなく、彼女と話したかったり共通点を持ちたい生徒の手紙も含まれていたからだ。もちろん、彼女の目には入らないべき不適切な手紙はこっそり省かせてもらったが。

私だって、彼女の優しさを踏みにじりたくないと思っている。
思っては、いるけれど。時々どうにも我慢できそうにないときがあったりなかったりするのだ。

ぼんやりと窓の外を眺める。ガラスで隔てられたその向こう側には秋らしい琥珀色の夕焼けが溶けていて、彼女に見せたいと思う。きっと、彼女はこれを見ると瞳をキラキラさせながら喜ぶのだろう。そんな彼女の様子を見て、私は何よりも君が綺麗だよなんてありきたりな言葉を浮かべるのだ。
再び耳を澄ますが、足音は一向に聞こえてこない。

恋人という席に居座る私からすると、彼女に告白する者は憐れだと思うが、それと同時に共感まではいかないが理解はできるとも思う。
彼女の優しさを簡単に例えるなら、砂糖のように甘いものだ。そして、砂糖のように依存性が高い。普通ならば気づかないような人の変化に機敏に反応し、的確な優しさをその人に降り注ぐ。そんな彼女は、私たちからすると必需品にもなりうる甘味で危ない毒なのだ。
だが、物には必ず量に限りがあるもので、彼女の愛情ともとれる優しさには限りがあった。当たり前と言えばそこで終わりだが、彼女も人と同じ体を持ち生きている。人である彼女は、お人好しにはなれても神にはなれないのだ。
彼女の優しさを味わいたければ彼女の視界に入らなければならない。
だから、彼女に告白しても振られるという周知の事実を知ってもなお、彼女に告白するのだ。一瞬だが、彼女の優しさに触れることができる。その時だけは、彼女の目が、自分だけを映してくれる。それが一番簡単な彼女の独占の仕方だったのだ。

だから、本当は。彼女の優しさをちゃんと分けなければいけないのだと知っている。

いくら恋人と言えど、周囲から愛される彼女を独占するのはきっと許されない。恋人にさせてもらっているのだから、私はいくらかの我慢を覚えなければいけないのだ。みんな好きなのは一緒。私は彼女から気まぐれで、特別な席を与えられたにすぎない。

なのに、人は欲深いもので。欲しいと思っているものが一つ手に入ると、次から次へと手を伸ばしてしまう。彼女が告白に呼び出されるのを引き留めたい、なんて愚かなことを思ってしまう。
いっそのこと嫌いなれたらいいと思うが、それは人間である以上有り得ないことであるため、絶対に覆されることのない不可能だ。どう足掻いても、きっと彼女を愛してしまう。

好きが苦しいことを、はじめて知った。
  
机の上に頭を乗せながら、ぼんやりと醜いことを考える。木製の机はひんやりと冷たい。ぴったりとくっ付けた頬から熱が伝導していき、机と肌の境目が曖昧になる。スカートから出た膝下が冷えているのに気づいて、カバンにしまっていた山吹色のマフラーを取り出す。
それをくるくると首に巻き付けながら、とある考えが頭の中にぷっかり浮かんだ。黒いこの世のおどろおどろしいものをかき混ぜたようなその考えは、ひそひそと私に囁いてくる。

死んでしまえば、彼女の心を独占することができるんじゃないだろうか。
心優しい彼女のことだ。きっと、彼女の中で溢れるように出会う人たちのなかで一番の印象に残してくれるだろう。死んだ恋人なんて、きっと何年経っても忘れられないはずだ。不思議と生まれてからそこまで死に恐怖はない。なら…。

「お、待たせ…!未琴ちゃん!」

突然響いた彼女の澄んだ声で、私に纏わりつくようにしていた何かが瞬間に飛散する。思いの外マフラーをきつく結んでしまっていたようで、首の苦しさがゆるりと緩む。あれほど待ち構えていた彼女の足音に気づかない自分に驚くが、今はまず彼女だ。
肩で息をする彼女の頬はほんのりと珊瑚色に染まっていて、やはり今日も走って帰ってきてくれたことがうかがえる。私はスカートのポケットからハンカチを取り出して、そっと彼女の首筋に伝った汗を拭った。

「お疲れ、蓮。落ち着いたら帰ろ。」
「うん!」

数十秒ほど待てば、彼女の荒れた息は元通りになる。隣の机に置いてあった彼女のカバンを手に取る。最後に一度大きな深呼吸をしたことを確認して、私は彼女に話しかけた。

「蓮、見て。夕焼け。」
「あ!本当だ!すごく綺麗…」

夕焼けに見惚れている彼女の横顔に私は見惚れる。彼女の黒い瞳と夕焼けの色が混ざり合って、口の中でトロリと溶ける飴玉のような色をしていた。
やっぱり。夕焼けよりも彼女の横顔の方が断然、いや絶対的に綺麗だ。

絶対的な美しさを持った彼女。周りを夢中にさせる魔性の彼女。そんな彼女に、問いただしてしまいたくなる。

『どうしたら、こっちを見てくれる?』

その優しさを独占できる?
その思考を私で満たすことができる?
どうすれば、あなたのとっておきの一番になれる?

醜い感情がぶわりと溢れ出した。

「あれ、未琴ちゃん唇切れた?」
「…うん。」
「リップクリーム塗ったげるよ!こっち向いて。」

無邪気にそう言いながら、彼女はスカートのポケットからリップスティックを取り出して自分の紅色の唇に塗り込む。
彼女の思惑が読めなくて、向かい合いながら首をかしげていると、彼女は突然距離を詰めてきた。予想外の展開に驚き、ストップをかけてしまう。

「待って、蓮。」
「二人とも塗れていい考えでしょ?」

にっこりとその美貌で微笑まれると、私は当然何も言えなくなってしまう。学校なのに、なんて言葉は喉の奥にしゅるしゅるとしまいこまれてしまった。無言を肯定と捉えて、彼女は元から近かった距離をよりグッと近づけた。
 
徐々に彼女の瞳の中に住む私が大きくなっていき、むにゅという感触と共に拡大は止まる。
何度しても、この感触には慣れそうにないと心酔する頭で考える。夢の中にいるような浮遊感があり、いつもより鮮明になった心臓の音が私を埋め尽くす。肺は彼女が纏う椿の芳醇な薫りで満たされ、重なりあった唇はいつもよりしっとりしている。
彼女はふにゅふにゅと何度か私の上唇や下唇を彼女の唇で食み、そっと離した。

堪えきれなくなった涙が、ぷつりと私の目から溢れて頬を伝う。それでも、彼女の目から目を逸らすことだけは絶対にしなかった。

見つめあっている間の幸せそうな彼女の瞳を見て、先ほどたてた仮定を放棄する。彼女の幸福が、なにより優先すべきもの。

私が死んでしまえば、彼女はきっと悲しんでしまう。それは何よりも避けなければいけない決定事項である。せめて、彼女が私を忘れた頃にひっそり消えているのがいいだろう。

彼女が私に飽きるまで。彼女がその目に別の人を映す時まで。例え彼女の中にある大切の一人だとしても、彼女の幸せに繋がる間は。

きっと私が死ぬことはない。


 
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