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ハジメ視点
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ドアに鍵を差し込んで、手首を軽く捻る。ガチャ、という音がするのみで、扉は施錠の状態になった。予想通りの展開だ。というより、ここ最近はいつもこうなることが多かった。一つ息をこぼして、もう一度手首を捻る。次はガチャリと音がして、解錠の状態へと再び戻った。
最近は彼と顔を会わせるのが気まずくて、こうやって遅くまで夜遊びを繰り返すことが増えた。
別に、彼との行為が嫌だった訳でも彼に不満があったわけでもない。数年前の自分なら有り得ないと驚くだろうが、快楽に身を任せるのはなんとも言えないほど依存性があるのだ。ダメだとわかっていても、ついついそちらへと甘い誘惑に誘われ逃げてしまう。
ひっそりとドアを開けて、寝ているであろう彼を起こさないように静かに部屋に入っていく。時刻は一時をとっくに過ぎていて、きっと彼は深い眠りについているだろうと思ったのだ。
だから、のそりと寝室の方から足音もなく歩いてきた彼に気づかなかった。
「…おかえり…?えと、ご飯いる?」
「ただいま…外で食べてきたから大丈夫」
眠そうな目を擦りながら問いかける彼に内心驚きながら返事をすると、わかったとポツリと呟かれる。そのまま寝室へと戻っていくのかと思ったが、彼は俺の前を通りすぎてカウンターキッチンの前に置いているソファーへと腰かけた。眠そうにうつらうつらと船をこぐ彼に対してなんと声をかければいいのか分からなくて、口を開いてはまた閉じるを繰り返す。そうしているうちに、ふいに彼が夢うつつな様子で話し出した。
「また、ケーキたべたいね」
唐突に彼の口から飛び出てきた単語に驚く。脈絡はあまり読めないが、甘いものが好きな彼のことだからよくある言葉だった。
「そうだな。買ってくる、また」
そう彼の言葉に答えると、よく無表情の彼にしては珍しいふにゃりとした笑顔を浮かべて見せた。よくその顔が好きだと彼に告げていた顔だ。それほどさっきの応酬に喜ぶ要素があったのかはあまり分からないが、取り敢えず結果よければ全てよしと言ったところだろうか。彼がソファーに座ってから漂っていた、どこか刺々とした雰囲気が和らいだのを感じとって胸を撫で下ろした。
ここ最近は、お互いにギクシャクとしていて気まずくなることが多かった。だから夜の街へと毎度繰り出す訳だが、どうにも向き合うのが怖い。あれほど彼を愛していたのに。しっかりそれを見るとなにかが終わってしまうような気がして、どうにも答えを出すのが億劫になってしまう。朝になってから会社にいくまでの僅かな時間で顔を会わせるとき、彼の顔から笑顔がだんだん消えていくのには気がついていた。
きっともう、救いようのない場所まで来ている。
そうひとりごちながら、結局ソファーで眠ってしまった彼に厚手のブランケットをかける。まだ冬本番ではないとはいえ、流石に何もかけずに寝ると風邪をひきそうだ。
ブランケットを彼の首もとまで引き上げていると、彼は小さく蠢いた。
「おれ、お前の笑った顔がだいすきなんだぁ…」
むにゃむにゃと寝言を呟く彼の閉じられた瞳から、ぽとりと一粒涙が落ちて、ブランケットの色を濃くした。
頭がガツンと殴られる。世界が瞬く間に作り変えられるようにして変化していくのを感じた。
呼吸のしかたを、その一瞬で忘れる。
「…俺も、シュウの笑顔が好きだ」
絞り出すようにしてやっと出た声は、蚊の鳴くような些細な声だった。
目が覚めるかのように、率直にその言葉がずっしりと頭にのしかかる。
転がったリップ。鼻に染み付くようなフローラルの香り。ウェーブを描く長い髪。頭の中にフラッシュするように、その光景が映し出されては消えていく。次第に写真のようなそれらは見えなくなって、脳内には暗闇が広がった。
俺は何をしていた。大切な恋人を放って、浮気を繰り返していたのか。
ソファーで眠るシュウの体を持ち上げ、寝室のベッドへと運ぶ。怒りと焦りが体のなかを駆け回るようだったが、それよりも優先するべき恋人を正しい寝床へと運び込むのが先だ。
シュウは許してくれるだろうか。いや、許してもらえるだなんて立場ではない。
心の中でも猛省しながら、シュウをそっとシーツの波の上へとのせる。随分前にねだられて抱えたときよりも心なしか軽くなったようなシュウの体重に、申し訳なさが肥大化する。
料理が苦手なシュウのことだ。ずっと一緒に料理を作っていたはずなのに、その習慣が薄れていってしまったのは自分のせいなのだ。
シュウの隣に潜り込みながら、シュウの香りでいっぱいの布団で決意を固める。
明日シュウが起きたら、真っ先に謝って仲直りをしてもらおう。もう一度、一緒に人生を歩んでもらえるよう素直にお願いしよう。
『なあ、お前は子ども欲しくなったりすんの?』
心配そうに顔を逸しながら緊張した声色で問いかけるシュウが蘇る。男が好きだと家族に告げてから家族仲はあまり良くないと話されていた、シュウからの言葉に驚いたのを覚えている。シュウの中には家族というものの定義があるようで、なんと答えるべきか迷った。
『うん。欲しいとは思うよ。』
『へーそうなんだ。』
考えた挙げ句に出した正直な言葉に、シュウは素っ気なく返した。今の時代は男女じゃなくても子どもを育てる方法は沢山ある。なにより、俺としてはシュウと子どもを育てるのは楽しそうだと思っていたのだ。
でも、シュウと俺には何か認識の違いがあったのかもしれない。思えば、その日からシュウとの会話には些細なズレが生じていって、互いに気まずくなることが増えた。
過去のことを思い出しながら、ぎゅっと左となりに転がる温かな体を抱き締める。数時間後、お互いが笑いあっている未来を想像しながら眠りについた。
最近は彼と顔を会わせるのが気まずくて、こうやって遅くまで夜遊びを繰り返すことが増えた。
別に、彼との行為が嫌だった訳でも彼に不満があったわけでもない。数年前の自分なら有り得ないと驚くだろうが、快楽に身を任せるのはなんとも言えないほど依存性があるのだ。ダメだとわかっていても、ついついそちらへと甘い誘惑に誘われ逃げてしまう。
ひっそりとドアを開けて、寝ているであろう彼を起こさないように静かに部屋に入っていく。時刻は一時をとっくに過ぎていて、きっと彼は深い眠りについているだろうと思ったのだ。
だから、のそりと寝室の方から足音もなく歩いてきた彼に気づかなかった。
「…おかえり…?えと、ご飯いる?」
「ただいま…外で食べてきたから大丈夫」
眠そうな目を擦りながら問いかける彼に内心驚きながら返事をすると、わかったとポツリと呟かれる。そのまま寝室へと戻っていくのかと思ったが、彼は俺の前を通りすぎてカウンターキッチンの前に置いているソファーへと腰かけた。眠そうにうつらうつらと船をこぐ彼に対してなんと声をかければいいのか分からなくて、口を開いてはまた閉じるを繰り返す。そうしているうちに、ふいに彼が夢うつつな様子で話し出した。
「また、ケーキたべたいね」
唐突に彼の口から飛び出てきた単語に驚く。脈絡はあまり読めないが、甘いものが好きな彼のことだからよくある言葉だった。
「そうだな。買ってくる、また」
そう彼の言葉に答えると、よく無表情の彼にしては珍しいふにゃりとした笑顔を浮かべて見せた。よくその顔が好きだと彼に告げていた顔だ。それほどさっきの応酬に喜ぶ要素があったのかはあまり分からないが、取り敢えず結果よければ全てよしと言ったところだろうか。彼がソファーに座ってから漂っていた、どこか刺々とした雰囲気が和らいだのを感じとって胸を撫で下ろした。
ここ最近は、お互いにギクシャクとしていて気まずくなることが多かった。だから夜の街へと毎度繰り出す訳だが、どうにも向き合うのが怖い。あれほど彼を愛していたのに。しっかりそれを見るとなにかが終わってしまうような気がして、どうにも答えを出すのが億劫になってしまう。朝になってから会社にいくまでの僅かな時間で顔を会わせるとき、彼の顔から笑顔がだんだん消えていくのには気がついていた。
きっともう、救いようのない場所まで来ている。
そうひとりごちながら、結局ソファーで眠ってしまった彼に厚手のブランケットをかける。まだ冬本番ではないとはいえ、流石に何もかけずに寝ると風邪をひきそうだ。
ブランケットを彼の首もとまで引き上げていると、彼は小さく蠢いた。
「おれ、お前の笑った顔がだいすきなんだぁ…」
むにゃむにゃと寝言を呟く彼の閉じられた瞳から、ぽとりと一粒涙が落ちて、ブランケットの色を濃くした。
頭がガツンと殴られる。世界が瞬く間に作り変えられるようにして変化していくのを感じた。
呼吸のしかたを、その一瞬で忘れる。
「…俺も、シュウの笑顔が好きだ」
絞り出すようにしてやっと出た声は、蚊の鳴くような些細な声だった。
目が覚めるかのように、率直にその言葉がずっしりと頭にのしかかる。
転がったリップ。鼻に染み付くようなフローラルの香り。ウェーブを描く長い髪。頭の中にフラッシュするように、その光景が映し出されては消えていく。次第に写真のようなそれらは見えなくなって、脳内には暗闇が広がった。
俺は何をしていた。大切な恋人を放って、浮気を繰り返していたのか。
ソファーで眠るシュウの体を持ち上げ、寝室のベッドへと運ぶ。怒りと焦りが体のなかを駆け回るようだったが、それよりも優先するべき恋人を正しい寝床へと運び込むのが先だ。
シュウは許してくれるだろうか。いや、許してもらえるだなんて立場ではない。
心の中でも猛省しながら、シュウをそっとシーツの波の上へとのせる。随分前にねだられて抱えたときよりも心なしか軽くなったようなシュウの体重に、申し訳なさが肥大化する。
料理が苦手なシュウのことだ。ずっと一緒に料理を作っていたはずなのに、その習慣が薄れていってしまったのは自分のせいなのだ。
シュウの隣に潜り込みながら、シュウの香りでいっぱいの布団で決意を固める。
明日シュウが起きたら、真っ先に謝って仲直りをしてもらおう。もう一度、一緒に人生を歩んでもらえるよう素直にお願いしよう。
『なあ、お前は子ども欲しくなったりすんの?』
心配そうに顔を逸しながら緊張した声色で問いかけるシュウが蘇る。男が好きだと家族に告げてから家族仲はあまり良くないと話されていた、シュウからの言葉に驚いたのを覚えている。シュウの中には家族というものの定義があるようで、なんと答えるべきか迷った。
『うん。欲しいとは思うよ。』
『へーそうなんだ。』
考えた挙げ句に出した正直な言葉に、シュウは素っ気なく返した。今の時代は男女じゃなくても子どもを育てる方法は沢山ある。なにより、俺としてはシュウと子どもを育てるのは楽しそうだと思っていたのだ。
でも、シュウと俺には何か認識の違いがあったのかもしれない。思えば、その日からシュウとの会話には些細なズレが生じていって、互いに気まずくなることが増えた。
過去のことを思い出しながら、ぎゅっと左となりに転がる温かな体を抱き締める。数時間後、お互いが笑いあっている未来を想像しながら眠りについた。
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