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シュウ視点

戻りたい

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 とろりと蕩けていく意識の中で、ぼんやりと思い出す。

アイツに告白したのは、俺からだった。
それで、アイツはオッケーをした。

男が好きだけど、きっと誰と一緒になることもなく一人寂しく人生を終えていくのだろう。
そう思っていた俺にとっては、まさしく青天の霹靂という言葉がピッタリなできごとだったのだ。

元から学部内でイケメンだと騒がれていたアイツのことは知っていた。一度友達に写真を見せられたときは、俺の男の趣味に合うななんて失礼なことを考えたが、きっと自分は特に関わることなく卒業を迎えるのだろうなと思っていた矢先だった。
 
あれは夏の始まる少し前ぐらい。大学近くに店を構える少々レトロな喫茶店のカウンター席で期限の近いレポートを書いているとき。

アイツがわざわざ隣の席に腰かけてきたのだ。

知っている人も少なく、穴場なその店でまさかアイツと会うなんて思いもしなかったから。思わず驚いて声をかけてしまったのが、全ての運の尽きだった。
同時に、俺の慎ましやかな人生計画も破綻する。

「お前、何でこの店来たの?」

そう声をかけると、ハジメはメニューへと向けていた視線をこちらに寄越した。その瞳のなかに俺が映し出されていることが信じられない。
 
「ここのスパゲッティが美味しいって教授に教えてもらったんだ。人も少ないから、作業にもいいって進められて」
「へーそうなんだ」

ハジメの優等生然とした言葉に、ありきたりで面白味の欠片もない言葉を返す。何か気の利いた言葉でも返せたらと思う俺の心理に反して、予想通り俺の言葉を尻切れに沈黙が落ちた。どことなく気まずくなって、パソコンの右側においていたカフェラテに手を伸ばした。からからと音をたてて氷と灰色に近い茶色の液体をかき混ぜながら、ストローをつまんで口元に寄せる。しばらくの間カフェラテを飲んでいると、おもむろにハジメはキャンバスバックから俺と同様にパソコンを取り出しながら、話しかけてきた。

「君が頼んでるそれは何なんだ?」
「え、これ?」

口を転がる冷たい甘さを一旦ストップさせ、ハジメが指差すほうへ視線を向ける。そいつの男にしては整えられた爪の先は、俺が入店と同時に頼んでいたフロランタンを向いていた。

つやつやとしたキャラメル色にコーティングされたスライスアーモンドが、クッキー生地にこれでもかとびっしりのせられていて、どことなく甘い香りが漂う。ナッツ類が大好きな俺にとっては、至高のスイーツと言っても過言ではなく、この店に来るときは必ず頼んでいる品だった。
あまりスーパーに並ぶものでもないからか、ハジメは初めて見たように心なしかそのきりっとした瞳をキラキラと輝かせていた。

「フロランタン…気になんの?」
「べ、別にそういうわけではないが…美味しそうだと思って」
「ふーん」

そうは言うが、ハジメの視線はフロランタンに釘付けである。
分からなくもない。
店主が焼き立てだと言っていたフロランタンのおかげで、店の中は素晴らしい香りが充満していたのだ。

「なら一口あげるよ。ほい」

テーブルに置かれていたカトラリーセットの中からフォークを一本取り出して、ざくりとフロランタンを削る。まだ口をつけていなから、別に大丈夫だよなと頭の隅でぼんやりと言い訳をして口の前に差し出す。そいつと会話を続けたかったというのもあるが、この店でもトップレベルで美味しい俺の好物を誰かに共有してみたかったという意味のほうが強かった。

ハジメは、一口サイズのフロランタンを前にしてしばらく視線を泳がせていたが、有無を言わせない俺の様子を見てか大人しく口を開いた。その少しの隙間に、思いきってタルトタタンを突っ込む。
最初は驚いた顔を浮かべていたが、次第にその顔は綻んでいった。心の中で、こっそり自慢気な気持ちが膨らんでいく。

「おぉ!うまいなこれ!」
「でしょ。俺のお気に入り」
「本当か!めっちゃセンスあるな!」

そう言いながら、満面に浮かべられた笑顔にどきりとする。
その燦々と輝く表情に焦がされてしまいそうで、つい俺は急いで視線をパソコンに戻してしまった。
鼓動がドキドキと速度を上げて鳴っていて、頭を抱えたくなってしまう。
目の前の真っ暗なパソコン画面には、俺のいつも通りの平凡な顔が映っていた。 

マジか、俺。

フォークをそっと白いプレートの上に置く。

この一瞬で、本当にこいつに恋をしてしまったのか。

笑顔で心を撃たれるなんて、とんでもなくベタな話。だが、俺はその時からハジメの笑顔に心を絡め取られてしまったのだ。

それから何度か喫茶店で会って、俺たちは少しずつ仲を深めた。アイツはきっと俺のことなんてなんとも思っていなかっただろうが、俺にとってはその毎回がお祭り騒ぎで、嫌なような嬉しいようなもどかしい感情にその都度苛まれていた。
 
 そうして日々を過ごしていくうちに、俺は次の年の大学三回生を迎える寸前に俺はアイツに告白をすることにした。どうせ断られるだろうと思いながら、投げやりにした告白。ポロッと口から思わず飛び出たと言われてもしょうがないが、俺なりにちゃんと考えた言葉だった。

「お前のこと好きだわ、俺」

いつも通りの喫茶店の座席で、隣り合ったハジメを見つめながら言う。どんどん視線は下がっていって、ついには俺がフロランタンと一緒に頼んでいた新商品の桜シフォンまで視界に入ってしまった。声はみっともなく序盤から震えていて、たったの一瞬が何十分にも感じる。

よし、どんとこい。振られる準備はとっくにできてる。

そう思いながら恐る恐る返事を待つ。
強がってはいても、心のどこかで怖がっているのは流石に誤魔化しきれなかった。
 
「本当か?!嘘ではないよな?」

すると、様子のおかしい返事が返ってきた。

思わず視線が元通りハジメに向くが、そいつは顔をキラキラさせていた。思っていたのとは違う反応に戸惑ったが、一応その言葉には答えておく。

「嘘、じゃないよ」
「俺もだ!よっしゃ、付き合おう!」

そう手を取られ、頭がうまく回らないまま頷く。
そうすればアイツはとびっきりの上機嫌な笑顔を俺に見せ、オーバーヒート気味な俺の脳に余計な負荷を追加する。取り敢えずその場で分かったのは、アイツの手がとてもあたたかかったということだけだ。

それからあれよあれよという間に話は進んでいき、俺たちは大学卒業とともに同棲することになった。お互い無事に一般的なそこそこの有名企業に就職できたし、駅もまあまあ近い場所に引っ越すという話がきっかけだった。
そのころにはとっくにキスもハグもそれ以上の行為もしていたし、ゆっくりだがちゃんと関係を進めれていると思っていたのだ。


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