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野花怪異談N①巻 【完結】
17話「肉商店街《後編》肉うどん編」
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※アルファポリスとエブリスタでは作話が一部ストーリー異なります。
ーー「野花高校2年B組」ーー
「出席とるぞ!秋山」
「はい!」
担任である梅田虫男は1人ずつ出席を取っていく。
「信田!信田?今日も欠席か?じゃあ次、野山」
次々と出席を取るなか彼女だけ机の空きが出ている。そんな彼女の席を横目で覗く白粉少女八木楓は心配そうに見つめていた。
ーー「1年前 石山県山内市月野商店街」ーー
♪~
車内には古い演歌が流れる。
運転する青年はその歌詞に沿って口ずさむ。
彼の頭は角刈りで鉢巻して服装は法被を着込んでる。身につけてるアナログ時計は昔、西欧旅行でアンティークのお土産として買った物であり、年季が入ってる。
彼はわざわざ京都から石山県まで長時間ドライブして出向き、この地をやってきた。
彼の商売道具である愛車のキッチンカーには派手な大波と蟹の絵がペイント塗装されている。車内にある必要な物は現地調達ため必要最低限な物しか置かれてない。
しばらく運転すると、適当な駐車場を見つけて停車して降りる。
「ここが月野商店街か……。またの名を肉商店街!」
彼は嬉しさのあまりに興奮して身体が火照り額に流れた汗を手で拭う。
この寂れきった商店街に彼は心待ちにしていた。
ここで彼はある商売をけしかける。……そう、誰も気づかずにひっそりと行われる。まるで獲物を狩る肉食獣である。
「へへ、楽しみだぜ。さて準備しますか」
早速、彼は仕事の準備に取りかかった。
ーー「同場所 鎌田うどん屋店内」ーー
「王手!」とパチッと鳴らして盤上に持ち駒である金を指して俺は一気に勝負を仕掛けた。
「え?え?」と丼物店主木田は慌てて王を逃がす。俺はあれよこれよと畳みかけて最後は詰みにした。
木田は掛けている黒縁メガネを少し傾けてじっくりと将棋盤を眺めた後、あちゃーと頭を抱えて自分の敗北感に打ちめされていた。
俺は勝利の余韻を浸って茶をひと口飲む。
俺の名は鎌田権三。歳は68。
座右の銘はよく切れる鎌。
二十数年前に亡くなった先代15代目である親父の遺言の意思を引き継ぎ、現在16代目の鎌田うどん屋の店主は俺だ。
去年の夏頃、長年夫婦で店を支えてくれた妻は病で先に旅立てられて、現在俺1人で店を切り盛りしてる。
俺たちは早朝から昼間の間、誰も来ない客の暇潰しに木田を誘い本将棋していた。
「もう一局やるか?」
再戦の申し出に木田は軽く目を閉じてから、首を振って断った。
「そうか」と俺は言って将棋盤を片付ける作業に入った。
木田はゆっくりと茶を飲み干した後、軽く息を吹いて俺に尋ねた。
「鎌さんや」
「なんだ?」と俺は構わず黙々と将棋の駒を拾い集め箱に入れる。
「店はどうなんだ?」
木田の問いかけに迷わず「まぁ、ぼちぼちだよ」と曖昧な返事をした。木田は軽く頷き、そばにあった新聞の朝刊を広げた。
俺たちが店の外に出ると鳴いていたカラス達は避けるように飛んで何処かへ消えた。
「じゃあ、また」
「またな」
木田は家族さえも誰も迎えてこない自分の店へ帰った。
俺は思いっきり、のびのびと日光を浴びる。
俺が店を構える商店街は昔はもっと客も湧いて繁盛していたが、ある日の境に徐々に客足が減っていき、今では空き店舗や閉店ラッシュが目立つ。
考える原因は少子高齢化と近くの流行りの大型ショッピングモールが出来たくらいだな。
またこの場所では立地が狭くて車が通れないほどである。そのためか住人達も好んで利用しない。
危機感を覚えた俺たち商店街組合は石山県未来プロジェクト事業を借りて石山県名産ブランドノリ牛をふんだんに使用したノリ牛コラボの肉商店街としてアピールしたが、牛肉の仕入れ値が高騰して値段も値上げして常連客からも不評であり、ノリがいまいちノラなかったみたいだった。
「今日も早めに店じまいだ」
店はギリギリ黒字出してるので今日は早めに閉めても問題ない。
朝から真昼間に木田と将棋してそのあと夕方遅くまでにテレビの野球観戦やニュースなどを観て明日の適度な分だけ仕入れとタネを仕込んで早めに寝るのが習慣となった。
そしていつものように店に飾ってあるのぼりを片付ける準備をしてたところ、そこに珍しく通りかかる妙齢の奥様方がひそひそとうわさ話が聞こえてきた。
『ねぇ、聞いた?あそこで新しく出来たうどん屋さん』
『ええ、聞いたわ。金物屋さんの近くで繁盛してるらしいわね』
(……うどん屋……繁盛……?)
うどん屋と繁盛という言葉に俺の地獄耳がピクッと反応した。
(新しく出来たうどん屋だと…?気になるな)
グゥ~。
突如、俺の空き腹が鳴いた。身につけてる時計を確認すると、12時近くを指していた。
(どれ、試しに喰ってみるか)
俺は店の戸締り確認後、ライバル店の偵察と昼飯兼ねて、店の白衣のまま向かった。
「2」
ーー「多喜田金物屋店前」ーー
「あそこか」
空き地に停車してる派手な大波とカニの絵がペイントしたキッチンカーの前に人だかり出来ていた。
客は老若男女で埋め尽くされ、店が用意された椅子など座ってテーブルに向かって無我夢中に食事と雑談している。
(ふむ、売ってるのは俺の看板メニューと同じ肉うどんか…)
店の近くにオススメメニューの看板が置かれ『肉うどん一杯500円』と書かれていた。
「ちょいとごめんよ」
俺は店の前に人だかりをかき分けて割り込んだ。
「おう!いらっしゃい」
店主は活気のいい鉢巻した角刈りの度胸ありそうな若い青年だった。
「肉うどん一杯頼む」
「まいど!」と注文受けた青年は調理に入った。
車内の調理器具と素材は特別なこだわり一切感じられなかった。
「へい、おまち!」
注文品の肉うどんがきた。
(え?もうできたのか……)
注文してからまだ、数分しか経過してない。
俺は期待と不安交じりにも空いてる席に腰をかけて手をつけた。
まず、俺は湯気を立ってるお椀の匂いを吸い込んだ。
(ふむふむ。匂いは案外普通だな)
匂いは及第点というところだった。
次に俺はお椀を傾けて汁をひと口飲んでみた。
(ん!?なんだこれ?)
汁は味が薄いどころか、全くしなかった。
次にうどんの麺を箸を掴んで食べる。
(ん!?ゴフッ!?ゴフッ!?)
思わずむせてしまった。嫌な舌触りが余計に残った。
そして最後の肉は独特な味だったがなんとか食える程度である。
(こいつはど素人以下レベルが作った物。俺が言わせれば売り物にならねぇ)
俺はよく切れる鎌。
……何かが切れた。
俺は吐きそうになりながらも全て肉うどんを平らげて店にお椀を返した。最後に財布から小銭を叩きつけた。
「ごちそうさん!」
「ありがとうございやした」
(クソッ!俺のうどんよりあのまずい素人のうどんの方が繁盛するなんて信じられん!)
俺は急ぎ足ですぐ店に戻った。
「俺の肉うどんが1番美味いということを絶対に証明してやる!」
俺はギャフンと言わせるため調理場に向かった。
「3」
ーー「鎌田うどん屋店内」ーー
「まいど!」
客を見送り、俺は客が食事後のお椀を片付けて運び調理場に向かって洗い物した。
(今日は馴染みのある常連客3人だけか…)
洗い物終えると早速、チラシ作りを始めた。
印刷代は結構バカにならなくて新メニューの開発もある。前まではギリギリ黒字だったが最近は赤字続きである。
老後に貯めていた貯金はそこにつく状況である。
金物近くのうどん屋は相変わらず繁盛していて、いろいろと手を広げてるらしい。
特に最近始めたスーパーで買った炒めた焼肉や天ぷらの惣菜などを炊いた普通の飯に載せて売り出すというセコイやり方で荒稼ぎしている。丼物が売れなくなった木田は俺の相談もなく店を畳んで何処かへ引っ越したと他の店主から聞いた。
おまけに金や労力もかけずに、チラシや宣伝しなくても客足の勢いが止まらない状態でうちの店の常連客もそちらに多く鞍替えした。
(一方塞がりか…)
この世界は喰うか喰われるかである。
俺の頭の脳裏には『隠居』という2文字がよぎった。木田と同じく店を畳んで余生を過ごそうかなと思った時に店の玄関から来客が来たようだ。
「おう、いらっしゃい」
俺はテーブル席に占領中のチラシをまとめて休憩室の居間にほっつけて応対した。
「あ、あの」
「なんだ?」
緊張した坊主頭の青年客は何か覚悟したのか、大きな声で言った。
「僕をこの店に弟子として働かせてください」
坊主頭は頭を深く下げた。
突然店の弟子入り。
俺は驚いた反面嬉しかった。
自分の店はもう必要ないと思っていたからだ。
俺の答えはすでに決まっていた。
「……明日の朝8時に来い!」
俺はその坊主頭に運命を感じたのか、即決雇うことにした。
ーー「半年後」ーー
慌ただしくなる調理場という戦場。
坊主頭の弥吉がネギを器用にそろえて切る間に、俺は力強くうどんのタネを仕込む。
「弥吉!鍋が吹き上がってないか、見てくれ!」
「師匠わかりました」
弥吉はネギを切るの中断して吹き上がっていた鍋の火を弱めてくれた。
以前空きテーブルが目立っていた俺の店は老若男女で至るところで満席である。
(弥吉が来てから、ウソのように店が盛り上がっているな)
俺は感心していた。
弥吉という青年は風の噂でここに来て、長年勤めていた家業を辞めてまで俺のうどん屋に弟子入りで入った。
あと、弥吉の助力もあって知人からほぼ無償で店の改装とネット広告転載や新メニューの改善など図ってくれた。その中で徐々に口コミが増えて話題になり客が以前よりもうなぎのぼりだ。あの素人以下のうどん屋はいつのまにか消えて万々歳だ。
弥吉は素直で飲み込みが早く、愛想がいい。今ではなくてはならない店の戦力だ。
「師匠……?」
俺はハッとして弥吉を見惚れてうどんのタネを仕込む作業を忘れていたようだ。
俺はなんでもないとタネを仕込む作業を再開する。
弥吉を見てるとかつて先代の弟子入り時代の自分と同じで最近のことかのように懐かしく思った。
俺も甘いなと感じた。
(そうだ。こいつにアレを任すのを悪くないな)
俺は久しぶりの高揚感があふれていた。
「4.」
ーー「現在」ーー
赤い夕焼けの月野商店街。
数少ないが住人や通行人が行き来する。
八木楓と永木桜はさゆりの行方を調べていた。
無断欠席が続くさゆりを心配した楓達は先月店に行くとマリーしかいなく、さゆりがいなくなった後は店内の雰囲気はガラリと悪趣味なゴスロリータデザインに変わっていた。さゆりの店のファンである星夏も近寄れないほどである。
ただ一部の客層から好評で最近変わった肉を売り出していてこれも好評である。またマリーに直接聞いたがさゆりには店の改装などは了承済みで行方はいつのまにかいなくなって知らないという一点張りだった。もちろん楓達は警察にも運び担任と同行して捜索届けを今日出したばかりである。
「見つかんないね。さゆりさん」
「心配ね」
休日の合間を縫って楓達はさゆりの行方を探していたがまだ進展らしき情報もなかった。星夏は地元のバラエティ番組の撮影のため今日は来れず親友の永木桜が人探しに名乗りを出て手伝いに来てもらった。
「あー。私、お腹空いちゃった」
「そろそろこの辺でご飯にしましょうか?」
桜は手提げ白色カバンの中からピンク柄の財布を取り出して中を確認する。
「私、今月ピンチなんだよねー。三色男爵の限定版買っちゃたからなー」
桜が言う三色男爵限定版は乙女ゲームのことである。
彼女は根っからの乙女ゲームマニアであり、限定版やグッズを見かけると衝動買いする。
「ひぃー。ふぅー。みぃー。……68円」
思ったより持ち合わせがなかったのでこの世の終わりかのように項垂れる桜。
こんな少女でも資本グループ永木財閥の令嬢だが、会長の祖父の意向で最低限のお小遣いしか与えられず物足りない彼女はバイトで稼いでる。
「桜さん。私が奢りますよ」
そんな桜の横目を見る楓は助け舟を出した。
「え!?いいの?ありがとう~八木さん。なんだか悪いね」
桜は思わずはにかむ。
桜からみれば楓の家柄のしきたりで白粉にしてる露出の肌から光輝いてると感じて神々しい女神に見えた。
「この辺りの商店街で美味しいうどん屋さんあるので行きましょ」
桜の口から「うどん♪うどん♪美味しいうどん屋さん♪」と口ずさんで歌っていた。
楓達はやや寂れた案内看板の門をくぐり月野商店街に入った。
「ごめんください」
「お、おじゃましま…す?」
店内の様子は明るく洋楽のサックスをかけて雰囲気はモダンティストである。
席は老若男女ほどんど埋まっていた。
楓はこの店以前の変わりように少し驚いた。
楓は客達が食べるうどんに注意深く目を光らせ見ていた。一方桜はオススメメニューのチラシの熟成肉を使った肉うどんに注目した。ガッツリ系を好む桜にとっては魅力で外せないメニューだった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
楓達は声がする方向に向いた。
応対は若い青年の従業員が応じてくれた。
桜は早速席に下ろそうとするが楓に首の根元に捕まれて身動き取れなかった。
「あの、店主は?」
楓は青年に問いかけると、
「店主はわたし…ああ!去年の春から先代の娘と結婚して婿養子に入り、先月先代16代目と交代しました。現在わたしが鎌田うどん屋17代目店主鎌田弥吉になります」
「そうですか……私、この店を来るの久しぶりなので先代は今はどちらに?」
「先代なら、わたしの腕を見て安心したのか、隠居して今は大阪に余生過ごしてますよ」
「なるほど。店の雰囲気がずいぶん変わったのが気になりました。香織さん、今でもお元気ですか?」
「……え、ええ。たまにわたしの娘と一緒に連れてこの店に訪れてきますよ」
「また出直してきます」
「はい、お待ちしております」
弥吉は深々とお辞儀して見送った。
「え?えっ?ちょっと八木さん!?」
楓は桜の腕を掴んで強引にこの店から離れた。
「ねー。どうしたの?八木さーん!」
楓は急ぎ足で商店街から出た。
楓の足に合わせて歩きながら文句を垂れる桜。
「……」
「ねー?黙ってもわかんないてばー。八木さん」
歩く途中楓は急に立ち止まり、桜は思わず体勢が崩れそうになる。
楓は振り向きざまに商店街の案内看板の門を眺めながら口を開く。
「先代に奥さんはいたけど子供はいないわ」
「え?じゃあ、さっきの香織さんってのは、奥さん?」
楓は軽く首を左右振る。
「いいえ。あれは先代の旧名よ!彼は元女性なの」
「ええー!?」
桜は思わず驚愕する。
そして楓は一旦コホンと咳をして言った。
「彼らはすでにヒトじゃなかったわ……」
「ど、どういうことなの?」
「あの商店街に行くのはやめなさい!あなたも喰われたくなければね」
楓の強い忠告に桜は黙って従うしかなかった。
ーー????ーー
とある商店街の道端で飲食業者のトラックが止まっている。
鉢巻した青年は飲食店の中年男性店主に包装パックを包んだ熟成肉を渡してる。
「あんちゃん。これで全部か?」
「おう!用意してる肉はこれで全部だぜ」
青年は空のトランクを閉めた。
店主は何やら書き留めて、青年に伝票渡した。
「おまえんとこの肉は結構味がいいからな」
「はは。こっちは大量に食材が手に入るから様々だぜ」
伝票確認後、青年はトラックに乗り込む。
「またよろしく」と青年はエンジンをかけてどこかへ走りだした。
肉商店街《後編》肉うどん編 完
ーー「野花高校2年B組」ーー
「出席とるぞ!秋山」
「はい!」
担任である梅田虫男は1人ずつ出席を取っていく。
「信田!信田?今日も欠席か?じゃあ次、野山」
次々と出席を取るなか彼女だけ机の空きが出ている。そんな彼女の席を横目で覗く白粉少女八木楓は心配そうに見つめていた。
ーー「1年前 石山県山内市月野商店街」ーー
♪~
車内には古い演歌が流れる。
運転する青年はその歌詞に沿って口ずさむ。
彼の頭は角刈りで鉢巻して服装は法被を着込んでる。身につけてるアナログ時計は昔、西欧旅行でアンティークのお土産として買った物であり、年季が入ってる。
彼はわざわざ京都から石山県まで長時間ドライブして出向き、この地をやってきた。
彼の商売道具である愛車のキッチンカーには派手な大波と蟹の絵がペイント塗装されている。車内にある必要な物は現地調達ため必要最低限な物しか置かれてない。
しばらく運転すると、適当な駐車場を見つけて停車して降りる。
「ここが月野商店街か……。またの名を肉商店街!」
彼は嬉しさのあまりに興奮して身体が火照り額に流れた汗を手で拭う。
この寂れきった商店街に彼は心待ちにしていた。
ここで彼はある商売をけしかける。……そう、誰も気づかずにひっそりと行われる。まるで獲物を狩る肉食獣である。
「へへ、楽しみだぜ。さて準備しますか」
早速、彼は仕事の準備に取りかかった。
ーー「同場所 鎌田うどん屋店内」ーー
「王手!」とパチッと鳴らして盤上に持ち駒である金を指して俺は一気に勝負を仕掛けた。
「え?え?」と丼物店主木田は慌てて王を逃がす。俺はあれよこれよと畳みかけて最後は詰みにした。
木田は掛けている黒縁メガネを少し傾けてじっくりと将棋盤を眺めた後、あちゃーと頭を抱えて自分の敗北感に打ちめされていた。
俺は勝利の余韻を浸って茶をひと口飲む。
俺の名は鎌田権三。歳は68。
座右の銘はよく切れる鎌。
二十数年前に亡くなった先代15代目である親父の遺言の意思を引き継ぎ、現在16代目の鎌田うどん屋の店主は俺だ。
去年の夏頃、長年夫婦で店を支えてくれた妻は病で先に旅立てられて、現在俺1人で店を切り盛りしてる。
俺たちは早朝から昼間の間、誰も来ない客の暇潰しに木田を誘い本将棋していた。
「もう一局やるか?」
再戦の申し出に木田は軽く目を閉じてから、首を振って断った。
「そうか」と俺は言って将棋盤を片付ける作業に入った。
木田はゆっくりと茶を飲み干した後、軽く息を吹いて俺に尋ねた。
「鎌さんや」
「なんだ?」と俺は構わず黙々と将棋の駒を拾い集め箱に入れる。
「店はどうなんだ?」
木田の問いかけに迷わず「まぁ、ぼちぼちだよ」と曖昧な返事をした。木田は軽く頷き、そばにあった新聞の朝刊を広げた。
俺たちが店の外に出ると鳴いていたカラス達は避けるように飛んで何処かへ消えた。
「じゃあ、また」
「またな」
木田は家族さえも誰も迎えてこない自分の店へ帰った。
俺は思いっきり、のびのびと日光を浴びる。
俺が店を構える商店街は昔はもっと客も湧いて繁盛していたが、ある日の境に徐々に客足が減っていき、今では空き店舗や閉店ラッシュが目立つ。
考える原因は少子高齢化と近くの流行りの大型ショッピングモールが出来たくらいだな。
またこの場所では立地が狭くて車が通れないほどである。そのためか住人達も好んで利用しない。
危機感を覚えた俺たち商店街組合は石山県未来プロジェクト事業を借りて石山県名産ブランドノリ牛をふんだんに使用したノリ牛コラボの肉商店街としてアピールしたが、牛肉の仕入れ値が高騰して値段も値上げして常連客からも不評であり、ノリがいまいちノラなかったみたいだった。
「今日も早めに店じまいだ」
店はギリギリ黒字出してるので今日は早めに閉めても問題ない。
朝から真昼間に木田と将棋してそのあと夕方遅くまでにテレビの野球観戦やニュースなどを観て明日の適度な分だけ仕入れとタネを仕込んで早めに寝るのが習慣となった。
そしていつものように店に飾ってあるのぼりを片付ける準備をしてたところ、そこに珍しく通りかかる妙齢の奥様方がひそひそとうわさ話が聞こえてきた。
『ねぇ、聞いた?あそこで新しく出来たうどん屋さん』
『ええ、聞いたわ。金物屋さんの近くで繁盛してるらしいわね』
(……うどん屋……繁盛……?)
うどん屋と繁盛という言葉に俺の地獄耳がピクッと反応した。
(新しく出来たうどん屋だと…?気になるな)
グゥ~。
突如、俺の空き腹が鳴いた。身につけてる時計を確認すると、12時近くを指していた。
(どれ、試しに喰ってみるか)
俺は店の戸締り確認後、ライバル店の偵察と昼飯兼ねて、店の白衣のまま向かった。
「2」
ーー「多喜田金物屋店前」ーー
「あそこか」
空き地に停車してる派手な大波とカニの絵がペイントしたキッチンカーの前に人だかり出来ていた。
客は老若男女で埋め尽くされ、店が用意された椅子など座ってテーブルに向かって無我夢中に食事と雑談している。
(ふむ、売ってるのは俺の看板メニューと同じ肉うどんか…)
店の近くにオススメメニューの看板が置かれ『肉うどん一杯500円』と書かれていた。
「ちょいとごめんよ」
俺は店の前に人だかりをかき分けて割り込んだ。
「おう!いらっしゃい」
店主は活気のいい鉢巻した角刈りの度胸ありそうな若い青年だった。
「肉うどん一杯頼む」
「まいど!」と注文受けた青年は調理に入った。
車内の調理器具と素材は特別なこだわり一切感じられなかった。
「へい、おまち!」
注文品の肉うどんがきた。
(え?もうできたのか……)
注文してからまだ、数分しか経過してない。
俺は期待と不安交じりにも空いてる席に腰をかけて手をつけた。
まず、俺は湯気を立ってるお椀の匂いを吸い込んだ。
(ふむふむ。匂いは案外普通だな)
匂いは及第点というところだった。
次に俺はお椀を傾けて汁をひと口飲んでみた。
(ん!?なんだこれ?)
汁は味が薄いどころか、全くしなかった。
次にうどんの麺を箸を掴んで食べる。
(ん!?ゴフッ!?ゴフッ!?)
思わずむせてしまった。嫌な舌触りが余計に残った。
そして最後の肉は独特な味だったがなんとか食える程度である。
(こいつはど素人以下レベルが作った物。俺が言わせれば売り物にならねぇ)
俺はよく切れる鎌。
……何かが切れた。
俺は吐きそうになりながらも全て肉うどんを平らげて店にお椀を返した。最後に財布から小銭を叩きつけた。
「ごちそうさん!」
「ありがとうございやした」
(クソッ!俺のうどんよりあのまずい素人のうどんの方が繁盛するなんて信じられん!)
俺は急ぎ足ですぐ店に戻った。
「俺の肉うどんが1番美味いということを絶対に証明してやる!」
俺はギャフンと言わせるため調理場に向かった。
「3」
ーー「鎌田うどん屋店内」ーー
「まいど!」
客を見送り、俺は客が食事後のお椀を片付けて運び調理場に向かって洗い物した。
(今日は馴染みのある常連客3人だけか…)
洗い物終えると早速、チラシ作りを始めた。
印刷代は結構バカにならなくて新メニューの開発もある。前まではギリギリ黒字だったが最近は赤字続きである。
老後に貯めていた貯金はそこにつく状況である。
金物近くのうどん屋は相変わらず繁盛していて、いろいろと手を広げてるらしい。
特に最近始めたスーパーで買った炒めた焼肉や天ぷらの惣菜などを炊いた普通の飯に載せて売り出すというセコイやり方で荒稼ぎしている。丼物が売れなくなった木田は俺の相談もなく店を畳んで何処かへ引っ越したと他の店主から聞いた。
おまけに金や労力もかけずに、チラシや宣伝しなくても客足の勢いが止まらない状態でうちの店の常連客もそちらに多く鞍替えした。
(一方塞がりか…)
この世界は喰うか喰われるかである。
俺の頭の脳裏には『隠居』という2文字がよぎった。木田と同じく店を畳んで余生を過ごそうかなと思った時に店の玄関から来客が来たようだ。
「おう、いらっしゃい」
俺はテーブル席に占領中のチラシをまとめて休憩室の居間にほっつけて応対した。
「あ、あの」
「なんだ?」
緊張した坊主頭の青年客は何か覚悟したのか、大きな声で言った。
「僕をこの店に弟子として働かせてください」
坊主頭は頭を深く下げた。
突然店の弟子入り。
俺は驚いた反面嬉しかった。
自分の店はもう必要ないと思っていたからだ。
俺の答えはすでに決まっていた。
「……明日の朝8時に来い!」
俺はその坊主頭に運命を感じたのか、即決雇うことにした。
ーー「半年後」ーー
慌ただしくなる調理場という戦場。
坊主頭の弥吉がネギを器用にそろえて切る間に、俺は力強くうどんのタネを仕込む。
「弥吉!鍋が吹き上がってないか、見てくれ!」
「師匠わかりました」
弥吉はネギを切るの中断して吹き上がっていた鍋の火を弱めてくれた。
以前空きテーブルが目立っていた俺の店は老若男女で至るところで満席である。
(弥吉が来てから、ウソのように店が盛り上がっているな)
俺は感心していた。
弥吉という青年は風の噂でここに来て、長年勤めていた家業を辞めてまで俺のうどん屋に弟子入りで入った。
あと、弥吉の助力もあって知人からほぼ無償で店の改装とネット広告転載や新メニューの改善など図ってくれた。その中で徐々に口コミが増えて話題になり客が以前よりもうなぎのぼりだ。あの素人以下のうどん屋はいつのまにか消えて万々歳だ。
弥吉は素直で飲み込みが早く、愛想がいい。今ではなくてはならない店の戦力だ。
「師匠……?」
俺はハッとして弥吉を見惚れてうどんのタネを仕込む作業を忘れていたようだ。
俺はなんでもないとタネを仕込む作業を再開する。
弥吉を見てるとかつて先代の弟子入り時代の自分と同じで最近のことかのように懐かしく思った。
俺も甘いなと感じた。
(そうだ。こいつにアレを任すのを悪くないな)
俺は久しぶりの高揚感があふれていた。
「4.」
ーー「現在」ーー
赤い夕焼けの月野商店街。
数少ないが住人や通行人が行き来する。
八木楓と永木桜はさゆりの行方を調べていた。
無断欠席が続くさゆりを心配した楓達は先月店に行くとマリーしかいなく、さゆりがいなくなった後は店内の雰囲気はガラリと悪趣味なゴスロリータデザインに変わっていた。さゆりの店のファンである星夏も近寄れないほどである。
ただ一部の客層から好評で最近変わった肉を売り出していてこれも好評である。またマリーに直接聞いたがさゆりには店の改装などは了承済みで行方はいつのまにかいなくなって知らないという一点張りだった。もちろん楓達は警察にも運び担任と同行して捜索届けを今日出したばかりである。
「見つかんないね。さゆりさん」
「心配ね」
休日の合間を縫って楓達はさゆりの行方を探していたがまだ進展らしき情報もなかった。星夏は地元のバラエティ番組の撮影のため今日は来れず親友の永木桜が人探しに名乗りを出て手伝いに来てもらった。
「あー。私、お腹空いちゃった」
「そろそろこの辺でご飯にしましょうか?」
桜は手提げ白色カバンの中からピンク柄の財布を取り出して中を確認する。
「私、今月ピンチなんだよねー。三色男爵の限定版買っちゃたからなー」
桜が言う三色男爵限定版は乙女ゲームのことである。
彼女は根っからの乙女ゲームマニアであり、限定版やグッズを見かけると衝動買いする。
「ひぃー。ふぅー。みぃー。……68円」
思ったより持ち合わせがなかったのでこの世の終わりかのように項垂れる桜。
こんな少女でも資本グループ永木財閥の令嬢だが、会長の祖父の意向で最低限のお小遣いしか与えられず物足りない彼女はバイトで稼いでる。
「桜さん。私が奢りますよ」
そんな桜の横目を見る楓は助け舟を出した。
「え!?いいの?ありがとう~八木さん。なんだか悪いね」
桜は思わずはにかむ。
桜からみれば楓の家柄のしきたりで白粉にしてる露出の肌から光輝いてると感じて神々しい女神に見えた。
「この辺りの商店街で美味しいうどん屋さんあるので行きましょ」
桜の口から「うどん♪うどん♪美味しいうどん屋さん♪」と口ずさんで歌っていた。
楓達はやや寂れた案内看板の門をくぐり月野商店街に入った。
「ごめんください」
「お、おじゃましま…す?」
店内の様子は明るく洋楽のサックスをかけて雰囲気はモダンティストである。
席は老若男女ほどんど埋まっていた。
楓はこの店以前の変わりように少し驚いた。
楓は客達が食べるうどんに注意深く目を光らせ見ていた。一方桜はオススメメニューのチラシの熟成肉を使った肉うどんに注目した。ガッツリ系を好む桜にとっては魅力で外せないメニューだった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
楓達は声がする方向に向いた。
応対は若い青年の従業員が応じてくれた。
桜は早速席に下ろそうとするが楓に首の根元に捕まれて身動き取れなかった。
「あの、店主は?」
楓は青年に問いかけると、
「店主はわたし…ああ!去年の春から先代の娘と結婚して婿養子に入り、先月先代16代目と交代しました。現在わたしが鎌田うどん屋17代目店主鎌田弥吉になります」
「そうですか……私、この店を来るの久しぶりなので先代は今はどちらに?」
「先代なら、わたしの腕を見て安心したのか、隠居して今は大阪に余生過ごしてますよ」
「なるほど。店の雰囲気がずいぶん変わったのが気になりました。香織さん、今でもお元気ですか?」
「……え、ええ。たまにわたしの娘と一緒に連れてこの店に訪れてきますよ」
「また出直してきます」
「はい、お待ちしております」
弥吉は深々とお辞儀して見送った。
「え?えっ?ちょっと八木さん!?」
楓は桜の腕を掴んで強引にこの店から離れた。
「ねー。どうしたの?八木さーん!」
楓は急ぎ足で商店街から出た。
楓の足に合わせて歩きながら文句を垂れる桜。
「……」
「ねー?黙ってもわかんないてばー。八木さん」
歩く途中楓は急に立ち止まり、桜は思わず体勢が崩れそうになる。
楓は振り向きざまに商店街の案内看板の門を眺めながら口を開く。
「先代に奥さんはいたけど子供はいないわ」
「え?じゃあ、さっきの香織さんってのは、奥さん?」
楓は軽く首を左右振る。
「いいえ。あれは先代の旧名よ!彼は元女性なの」
「ええー!?」
桜は思わず驚愕する。
そして楓は一旦コホンと咳をして言った。
「彼らはすでにヒトじゃなかったわ……」
「ど、どういうことなの?」
「あの商店街に行くのはやめなさい!あなたも喰われたくなければね」
楓の強い忠告に桜は黙って従うしかなかった。
ーー????ーー
とある商店街の道端で飲食業者のトラックが止まっている。
鉢巻した青年は飲食店の中年男性店主に包装パックを包んだ熟成肉を渡してる。
「あんちゃん。これで全部か?」
「おう!用意してる肉はこれで全部だぜ」
青年は空のトランクを閉めた。
店主は何やら書き留めて、青年に伝票渡した。
「おまえんとこの肉は結構味がいいからな」
「はは。こっちは大量に食材が手に入るから様々だぜ」
伝票確認後、青年はトラックに乗り込む。
「またよろしく」と青年はエンジンをかけてどこかへ走りだした。
肉商店街《後編》肉うどん編 完
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