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野花怪異談N①巻 【完結】

15話「木のせい」

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「1」

 真夏の太陽がジリリリとコンクリートの地面を焼くような暑さ。
 木に張り付く蝉達は鳴り響き、人々はなるべく建物や木の影に入り込み歩く。
 交通がそこそこ往来する道路のバス停に一台のバスが停車して並ぶ乗客にお土産の紙袋を抱えた青年。
 彼は運良く運転手近くの前席で座って紙袋の中にある大量の本一冊取り出して読書した同時にバスが走り出す。
 彼の名前は梅田虫男。
 35歳。
 格好はいつもの地味な緑の着物を普段着として好みで着ていて、虫男の掛けてる眼鏡は汗の曇りで拭き取った跡がある。
 彼は以前経歴に超有名なベストセラー作家もあって本をかなり読む。しかし現在では作家を廃業して高校教師であり、彼の顔を公表してないのでバスの乗客は誰も気にかけない。
 日曜日の昼間から虫男の目的地はとある古本屋に向かう途中だ。
 そこの古本屋で昔、自分の買った本を売り払い、古本屋にある無名な作家を読むのが彼の醍醐味である。
 あと5つ目のバス停で彼は降りるので虫男は乗り過ごさないよう電光案内掲示板に常に注意して配る。
 その2つ目のバス停で1人の花柄の和服を着た少女が乗車した。その少女は虫男に気がついたのかわざわざ彼の近くに立つ。
「先生。梅田先生」
 そっと、声をかける黒髪のセミロングの白粉少女、名は八木楓。
 家柄のしきたりで肌は白粉何かで塗り、学校以外の服装は和服を着ている。
「おう、楓か」
 虫男と楓の関係は学校の担任と生徒である。
 虫男は楓の姿を見ても気にせず読書する。虫男おろかこの辺りの住人のことは知っているため見慣れた光景である。
 ただ、たまにごく一部少女を見て驚く方もいる。


「あの~舞妓さんなんかですか?」
 乗客がわざわざこちらに出向き、少女の姿を見て思わず尋ねてきた黒のショルダーバッグを担いだ白の半袖ポロシャツ着た白髪交じりの中年男性。
「いえ、彼女は舞妓なんかじゃありませんよ。うちの学校の生徒で家柄のしきたりなんかで普段はこの姿なんですよ」
 と、虫男は簡潔に説明した。
 中年男性は何度も頷き納得した。
「あ~あ。ウンウン。そうなんですかぁ。舞妓さんにしてはずいぶんと若いなぁ~て思いました。ワタシ気になることは、とことん調べないとそりゃあもう、納得するまでの性分ですから。周囲からおまえはそれ以上やるかて?、よく言われます」
 虫男は乾いた声で苦笑した。
「先生も似たような感じですよ。クラスの周囲がどう思われてるかみんなに聞きまわってますから」
 それを聞いた中年男性はまた何度も頷く。
 虫男は無視して本を読み続ける。
 楓は虫男の無視された事を少し気に食わなかったのかわざと大きな声で言う。
「その理由が無視になりたいそうですよ。教師なる前に物書きしてベストセラー代表作家に仲間入りして周囲の反響が気にしすぎて書くの辞めちゃったんですけどね。たしか代表作は『僕は虫になった君へ捧ぐ』だったかしら?」
「バ!?バカ!こ、こんな…」
 楓がわざとらしくみんなに聞こえるよう誰よりも知られたくない情報漏らして慌てて虫男が口を塞ごうとする。
「えーー!?虫関連の小説書く有名な梅田虫男先生!!まさかこんなところで!!ワタシ大ファンなんです」
「……あ、どうもです」
 無視になりたい虫男が自分の過去の経歴を暴かれて乗客の周囲がざわつき、目立ってしまった。
 虫男は変な冷や汗をかいて、この場にいたまれなかったのか目的地とは違う別の停車ボタン押す。
「あ、先生も降りるんですか?私、暇なんでお昼ご一緒にどうですか?」
「ワタシもそこで降ります。不躾な申し出ですかワタシもご一緒に同行してもよろしいですか?梅田先生の執筆活動経歴すごく聞きたいです」
「あはは…まぁ」
 虫男は逃れない状況に観念したのか、予定しない場所で彼らと同行した。


「2」

 ーー石山県仲山市高月町加藤珈琲店ーー

 楓達はこのバス停に降りて徒歩で5分の駅前の喫茶店で昼食を取った。
「あら、美味しそう♪」
「……いただきます」
「いただきまーす♪」
 楓達はこの店の定番メニューであるフレンチトーストを頼んでかぶりついた。
 飲み物は楓はアイスコーヒー、虫男はブレンドコーヒー、中年男性はアメリカンホットコーヒーを注文した。
 店内にひんやりとした冷房に一昔前流行った洋楽の音楽が流れており、客は楓達で閑散としているがもう1人図々しいお呼びでない客もいる。
「おいしい~♪」
 そう、黒木あかねもお邪魔して食べている。ちなみに楓達と同じくフレンチトーストを注文して飲み物はアイスティーを頼んでる。服装はラフな薄い青のセーラー服を着込んでいる。
「なぁ。お前はどうしてここにいるんだよな」
 と、虫男はツッコミいれながらコーヒーを一口飲む。
「はは♪いいじゃないですか。遠慮なく食べてください。ここはワタシの奢りです」
 先程の中年男性も同席してアメリカンホットコーヒーをひと口飲んでひと息つく。
 彼の名は佐田喜誠司さだきせいじ
 住所は埼玉県に構えている。
 職業はオカルト専門雑誌記者で全国の奇妙な怪奇現象や不可思議な風習、恐ろしい体験等多岐にわたって調査して記事を書いてる。
「佐田喜さんはどうしてこの町に来たんですか?」
 楓はアイスコーヒーを一定に吸ったあと質問した。
「実はこの町にある木を調べてるんですよ。ほら、あれですよ」
 佐田喜は店内のオープンガラスから見える噴水台の近く中心部に堂々と生えてる木をさした。
「で、その木がどうかしたんですか?」
 虫男はチラッと見ただけで少し気になった程度で楓は興味をなくしたのか、黙々と残りのトーストを食べている。あかねいたっては話を聴いておらず食事に夢中である。
「実はこの木、気になるんですよ」
「フーン」と虫男は鼻声で軽く返事をした。
「ワタシ、この町を調べたんですけどね。なぜかこの木に関する文献や資料など全く出てこないですよ。しかもこの町の住人聞いても誰もわからない」
 虫男はあーと言いながら、後ろの背中をかいて言った。
「それは、どこでも生えてあるただの木ですから、ただのキノセイじゃないですか?」
「……そうキノセイ」
 佐田喜はキノセイに対して強い口調で言った。
「ここの町の住人はみんな口をそろえて言うんですよ。まるで、みんなこの木を避けるようにキノセイと……キノセイと……」
 虫男は黙ってブレンドコーヒーを一口含んだ後、言葉を選んで問いかけた。


「3」

「俺はこの町の住人ではないのですがこの木に何かあるんですか?」
「これを見てください」
 佐田喜はかけた黒ショルダーバッグの中から分厚いファイルを取り出して2枚の写真を出した。
「ん?……この写真は?」
 一枚目は半袖の若い夫婦らしきと噴水台の前に背景の木を写した少し古い写真。
 二枚目は雪を降る何人かの学生達が集合して先程の夫婦の写真と同じ噴水台の前に背景の木を写した写真。
 一見特に格別変わった物はない。
 ただし一部の背景を除いて。
「この背景の木だけおかしいな。この雪が積もってないどころか、常に緑が青々してる。この夫婦の背景の木と全くほぼ変わってない?」
 虫男の指摘に対して頷く佐田喜。
「ええ、そうです。なんでも一年中変わらずそのまま枯れずに生えてるそうです。そしてさらに決め手の写真はこれです」
 次にそのファイルから白黒の写真で残りはコピーした古い新聞記事の一部切れ端を出した。
「ふむ。結構酷い惨状ですが、この木だけ無事なようですね」
 3枚目の白黒写真から何かの戦争跡の瓦礫の山と戦車で何故か中心ある木は全く激しい戦争が行ったと思えない無事である。こちらの古い新聞記事には石山大震災と書かれていて、そちらにも災害で木や建物が薙ぎ倒されてる中、中心の近くにある木だけ被害がない。
「どう思います?梅田先生」
 楓はトースト食べ終わったのか、桜模様柄のハンカチを取り出して口元拭いてる。
 虫男は腕を組んで軽くうなって答えた。
「まー。俺が他に気になる点……噴水台かな?」
 佐田喜はコーヒーを一気に飲み干して言った。
「ワタシもその噴水台のこと調べましたが特に変わった事はありませんでした。当時噴水台を設置決めた市の担当者は木の話題すらなくてトントン拍子で決めたそうです」
 虫男は自分の推理は外れてなかなかやきもきして無精髭を弄り、興味なさそうにアイスコーヒーを吸ってる楓に意見を求めた。あかねの場合は次のフレンチトーストのおかわりを頼んでいた。
「なぁ楓、お前はどう思う?」
 楓はアイスコーヒー吸うのやめて言った。
「そうね。キノセイよ」
「……キノセイですか」
 佐田喜は思った回答が得られなくて落胆した。
「ええ。私から見てもキにしすぎかしら」
 佐田喜は少し落ち込み乾いた笑いをした後、席を外す。
「おい、楓!少し失礼じゃないのか?」
 虫男は佐田喜がトイレ行く最中に楓を話かける。
「だって本当のことでしょう。私から見れば全然たいしたことないもの」
 虫男は深いため息を吐いた後、コーヒーを一気に飲み干した。
「ま、ともかく俺も少し気になるから、実際にあの木の場所へ行くぞ」
 虫男は出来る範囲内で佐田喜に付き合う事を決めた。
「あたしはパスね。ごちそうさま」
 と、食べ終えたあかねはそのままそそくさと店を出た。それを見た虫男はため息を吐いてしばらくすると席を外してトイレに向かう。誰もこの場がいない楓は少し目を瞑り呟いた。
「……放っておけばいいのに」
    と、少し経つと楓もお手洗いに向かった。


「4」

ーー同場所   噴水台前ーー

「この木か……」
「ええ。そうです。この木です」
 楓達は喫茶店を精算した後、すぐその場所に向かった。
 楓達は3メートルほどの木を見て眺めている。
「特に変わった特徴的な物見当たらないな。一見ただの木だなぁ」
 虫男は眩しい日差しから、手で被せている。
「あら?何かキズで残してあるわね」
 楓はゆっくりとその木をさして言った。
 木に相合傘らしきものが残っている。
 名前の欄に誠司と喜美子とキズが書かれていた。
「この相合傘は昔ここで新婚旅行のついでにこの町を訪れたときの記念として妻がキズつけた物です」
 そっと佐田喜は木を優しく触れる。
「あ、あの写真!」
 虫男は佐田喜が見せた写真に夫婦らしき人物に気がついた。
 虫男の指摘に佐田喜は頷く。
「ええ。旅行に帰った1ヶ月後、彼女が運転中事故に巻き込まれまして。そのあと、右腕にキズアトがつきましてね。ワタシは妻のキズアトを見ようとしましたが、『なんでもないから!』の一点張りで結局身内の家族や友人すら誰も見せませんでした」
「奥様はいまどうしてますか?」
 楓は少し心配そうに言った。
「今でも明るくふるまいピンピンしてますよ。息子と娘の2人をもうけて子供達も今は大学生です」
「そう……」と楓は木に近づき相合傘をじっくり鑑賞している。
「お、虫!」
 虫男は珍しい虫を見つけたのか、はしゃいでどこかへ行った。
「この木を調べたのはたまたまです。石山県だけでなく、ほかの全国各地見廻りましたがこの木に関する情報は得られませんでした。妻はワタシがこの木を調べても『あなたのキノセイよ』て、何度もキノセイの事で些細な事で口喧嘩になるほどでした」
 楓は少し思いつめた表情で口を開く。
「そうね。あなたのキノセイよ。ただー」
「ただ?」
「……彼女許してやってね。悪気はなかったから、もうこれ以上キにしすぎないことね。彼女……キズつけるから」
 佐田喜はふと木のキズアトを見つめる。
 しばらく目を瞑り観念して言った。
「……わかりました。もうこの木に調べることはやめます」
 楓は頷き木に近づき優しく触れて囁いた。
「……あなたもキセイされたのね」
「何か言いましたか?」
「……キノセイよ」
 と、楓は優しく微笑んだ。


ーー埼玉県N市T町  佐田喜の自宅ーー

「ただいま帰りました」
「お帰りなさい」
「おかえりパパ」
「お、親父おかえり」
 誠司は楓の忠告通りに木を調べるのを辞めた。楓達と別れたあとリニアモーターに乗ってバスで乗り換えした後帰宅した。
「貴之。ワタシのいない間、大丈夫でしたか?」
「あー。大丈夫だよ。親父いない間、俺の友達が介護してくれたぜ」
「そうですか……」
 楓には嘘をついてる。本当はピンピンしてない。どうも妻は謎の病で身動き取れなくなってる。楓からはキにしすぎと言われてるのでキにしないよう心がけている。
 誠司は妻を介護しなければならない立場だがそこまで付き添わなくても大丈夫らしいのが救いだった。
「そうか、みんなも苦労をかけました」
「あなた。そんなに水臭いこと言わないの」
「パパそんな悩むことないし。パパはワタシでもあるんだから」
「そうだぞ親父。俺たちは親父でもあるからな」
 誠司と同じ姿の人物が誠司の肩を叩く。
 誠司の周りには誠司しかいなかった。
「あなたも喜にしすぎないようほどほどにね」
 寝たきりの誠司が誠司に言う。
「ああ。わかってますよ。なるべく喜にしないようにしますよ」
 誠司は居間にくつろぎ、テレビのチャンネルをいじった。

 木のせい   完
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