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怒りを逸らすコンタクトレンズ

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1.
今日も会社で怒られた。

仕事ができない上に、サボっているところを見られてしまったからだ。

また仕事を辞めたくなってしまった。

現在三十歳。かれこれ八回も転職を重ねてしまっている。

仕事ができない→怒られる→嫌になって辞める。
というパターンから抜け出せない。
せめて怒られなければ…

トボトボと歩いて帰っていると、人気の無い公園の植木に隠れるように、何か紙のような物が見えた。

まさかお金?!

そう思って急いで確認に向かうと、残念ながらそれは雑誌だった。

ページが開いた状態で置かれていたので、エロ本を期待して目を凝らしてみると

「怒りを逸らすコンタクトレンズ」

という、広告の見出しがページ上部にデカデカと目立つ色で書いてあった。
その下には商品の説明文と、成功体験が並んでいる。最後に、大昔の中国の皇帝が被っているような金の派手な冠を被った社長の顔写真が掲載されていた。

いかにも怪しい商品だった。
でも、今の俺にとって、この商品との出会いはタイミング的に運命的だし、取り敢えずその雑誌を手に取って見ないわけにはいかなかった。

説明文の内容をざっと読むと、このコンタクトを装着して相手の目を見ると、その相手の怒りを逸らすことができるという、商品名そのまんまの性能が期待できるらしいことが分かった。

成功体験を読むと、どれも「!」をたくさん使用して、商品を誇大に絶賛する内容のものばかりで、中には「彼女ができました!」や「宝くじで二億当選しました!」等といった、胡散臭さを強調させるだけの、書かない方がマシだろうと思われる成功体験まで記載されていた。
値段は一セット二万円のところを初回に限り一万五千円。更に、無料でもう一セット追加でプレゼント致します、とのこと。
最後に、社長の言葉が記してあった。「他者を出し抜くスキルは、自と他を分けて物事を捉える思考を増強し、縁の概念を希薄化させる云々…」

いつもならこんな、ほぼ詐欺確定のものなんか目もくれないが、この時の俺は何かに取り憑かれていたようで、その場で即その胡散臭い商品の購入手続きを行なってしまった。

商品は翌朝届いた。早すぎると思ったが、このような物をネットで購入したことがなかったので、こんなものかと思って即開封して見た。

中身は至って普通の透明なコンタクトだった。装着はかなり手こずった。コンタクトなんて初めて装着したからだ。
一セットダメになるんじゃないかと思うぐらい粘ってようやく装着できた。
ややゴロゴロした感触はあるが、コンタクトなんて多分こんなものだろう。
早速検証だ。

2.
この日ほど自分の失敗が待ち遠しい日は無かった。
しかし、こんなときに限って中々失敗は訪れない。
余りにも暇なので、俺はついに居眠りをしてしまった。

何者かに起こされた。
フッと見上げると、そこには怒りの表情の課長の姿があった。
チャンスと思って目を見た。

すると、怒った表情で何かを言おうとした課長が「あれ?」みたいな顔になって、何かを思い出そうと記憶を探るみたいにしながら別のところに行ってしまった。

本当に怒られなかった…
まさかのガチものだったようだ。

面白いので、丸めた紙を課長の頭目掛けて投げてやったら目を吊り上げて向かってきた。
目を見てやると「あれ?」ってなってまた戻っていった。
笑いが止まらない。

しかし、その後の課長の動向を見てみると、俺に向かうはずだった怒りが別のところで発散されているようで、普段あまり怒られないような奴がやたらと怒られていた。

結局その日は一回も怒られることなく、ストレスフリーの一日を過ごすことができた。

このコンタクトのおかげで、まだ暫く仕事は続けていけそうだ。

3.
同僚の一人が、「最近やたらと怒られる、お前はなぜ最近怒られないのだ?」と相談してきたので、このコンタクトのことを教えてやった。

同僚は信じようとしなかったので、無料で貰った一セットを貸してやった。
すると、興奮気味で戻ってきて、俺に感謝を述べた。
後日、同僚は自分でもこのコンタクトを買い、一セットを俺に返してくれた。

そうやって、同じコンタクトを持つ、仕事のできない奴がどんどん増えていき、その数は俺も把握できない程にまで広がった。

ある時、仕事のそこそこできる奴が辞めてしまった。俺たち仕事のできない奴らに向かうはずだった課長の怒りが、理不尽な形でそいつに飛び火したことが原因だった。それを皮切りに、どんどん仕事のできる奴が辞めていき、うちの職場には仕事のできない、コンタクトを持った奴しかいなくなってしまった。

やがて課長も、やり場のなくなった怒りを家庭内に持ち込むようになり、DVで起訴され会社を首になった。

最終的には会社自体がなくなってしまい、結局また俺は就職活動をせざるを得ない状況に陥ってしまった。

まあ、俺はもう、二度と怒られることはない。次の職場でも同じように…
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