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くろ

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プロローグ

中学生の恋

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残念ながら、彼女が私の目の前で着替えを行うことはなかった。恐らく、私の左側にあるであろうベッドの上に、今日着る服を投げ置いて、その場で着替えるというやり方なのだろう。
姿見が利用されたのは最終チェックの時だった。目の前に表れて正面を向いた彼女は、揃えたつま先で少しだけ背伸びをし、垂らした両腕をやや開き。踵を床につけると同時に、両腕をポンッと閉じて気をつけの姿勢を取った。フルーツ系の甘い香りが舞う。

彼女が着替えたのは私服だった。白シャツに、ひまわり色のプリーツスカート。白シャツはインにし、腕を捲り上げた。スカートの丈はくるぶしを覆う程のロングで、涼しげで軽やかな印象の素材が使われていた。彼女が動くとスカートが、穏やかに揺れ動く水面から反射された、光のような動きを見せた。
櫛で整えられた少し茶色掛かった細い髪は鎖骨程度の長さ。
メイクはナチュラル。白い肌に、薄ピンクのチークがほんのり浮かんでいた。大人しそうな細めの真っすぐの眉、パッチリとした大きな目、柔らかそうな涙袋、筋の通った整った鼻、口紅を塗っているのかどうか分からない程度のピンク色の薄い唇。
彼女は、ほのかに口角を上げて白い歯を可愛らしく覗かせた。やや丸顔の愛嬌が、なんでもわがままを聞いてあげたくなってしまう衝動を搔き立てた。

私が今、鏡じゃなくて生身の人間の姿であれば、漫画のように心臓が飛び出していたかもしれない。そのぐらいの衝撃を受けた。
この歳で、こんな気持ちになるだなんて思いもしなかった。まるで中学生の甘酸っぱい恋みたいな気持ちだ。

そんな私の気持ちなど無視するかのようにして、彼女はまた部屋の扉を開け閉めし、階段を降りて行った。
高校生では無さそうだ。大学生か社会人の線が濃厚だ。まあ、そんなことはどうだっていい。彼女が世間で言うところの、いわゆる「当たり」だったということは、非常に喜ばしい事実である。

そう言えば、幽体離脱してから腹が減らない。尿意や便意も催すことがない。それを感覚するための器官が存在しないので、当たり前のことと言えば当たり前のことだが、厳密に言えば、「腹が減った」と思えば腹が減った感覚になるにはなる。尿意も「ションベン行きたい」と思えば感じることができる。便意も同じく。でも、今はその感覚が特に必要ではないから、わざわざ自ら感じに行く必要もない。
五感は、視覚と聴覚、嗅覚が、今のところ機能していることが確認できている。どの感覚も、その感覚器官が存在していないにも関わらず機能しているというのは不思議な話だ。私自身が無意識にその感覚を必要としていて、わざわざ自ら感じに行っているだけかもしれないが。

それはそうと、実際の私の身体は今頃どうしているのだろう。植物人間にでもなって、今頃大騒ぎになっているかもしれない。
仕事は、まあ、終わったな・・・
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