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プロローグ
鏡になった!?
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思えば、昨日の夜、馬鹿な挑戦なんてしていなければ、こんなことにはなっていなかった。
私は昨日の夜、金縛りに掛かっていた。
金縛り自体は、私にとって、そんなに珍しい事ではなかったが、この日は久々だった。
年齢を重ねるに連れて、その頻度は落ちてきており、初めて金縛りに掛かった中学生の頃は、三日に一回ぐらいの頻度で金縛りに掛かっていたが、四十手前のおっさんとなった今では、だいたい月一回ぐらいだ。
無理矢理大きく動けば、金縛りは解除される。金縛りに掛かるようになった初期は、恐怖からすぐにそうして解除していたが、「またか」と慣れてきた高校生のある時、興味本位に、すぐには解除せず、解除するかしないかギリギリの動きを試してみた。その中で私は、ある怪現象を体験した。
まず、金縛りに掛かったら右足を徐々に上げていく。一気に上げてしまうと金縛りが解除されてしまうので、これには慎重を要する。上手くいけば、金縛りに掛かっているにも関わらず右足が上がったような感覚になる。薄目でその右足を確認すると、上がっているはずの右足が、少しも動いていない。
初めての時、私は怖くなって咄嗟に金縛りを解除しようと無理やり身を動かそうとした。しかし、身体は動いた感じがしたにも関わらず、金縛りが解除されたのかどうかよく分からない不思議な感覚になった。布団の中の自分は全く動いていない。意識が身体を離れたかもしれなかった。
「もしかして幽体離脱?」と思って嬉々としてそのまま起き上がって自由に空でも飛んでやろうと目論んでみたが、離れた意識が重くてなってどんどん沈んでいく。やがて、床の下まで底なし沼に嵌まり込んだかのように沈んでいき、気が付けばいつの間にか元の肉体に戻り、金縛りが解除されている。
私はこの怪現象に密かな希望を抱いていた。「もしかして練習すれば幽体離脱して自由に空を飛べるようになるのでは?」と。
しかし、その希望はいつまで立っても叶うことなく、やがて私は、初めからその挑戦を諦めてすぐに金縛りを解除したり、ダメもとで挑戦してみて「やっぱり駄目だった」と落胆するという結果を、金縛りに掛かる度に繰り返していた。
昨日の夜、私はダメもとで挑戦していた。
久々に金縛りに掛かり、徐々に右足を上げようとした。右足が上がった感覚がする。薄目で確認するも右足は上がっていない。身体を無理矢理動かして金縛りを解除しようと身を起こす。感覚だけが身体を離れる。いつも通り意識が重くなって沈んでいく。
いつもはここで「沈まないでくれ」と下方向にばかり注意を向けていたが、この時は「上に行きたい」と上方向に注意を向けた。すると、離れた意識が上方向に昇っていった。思わず「成功した!」と感動した。
私は天井の角あたりまで浮かび上がったところで振り返り、寝ている自分の姿を確認した。本体は布団の中から顔を出し、スヤスヤと眠っている。意識が抜け出ているからといって、別に苦しい様子を見せることもなかった。「戻れなくなるかもしれない」と、少し不安が過ったが、「幽体離脱で自由に動き回ってみたい」という好奇心の方が上回り、私はそのまま天井をすり抜けて屋根の上まで飛び出した。
外の景色は真っ暗だが自宅の敷地内であるということは理解できた。散りばめられた星空の中に、ひときわ目立つ大きな月が浮かんでいる。春から夏に差し掛かろうとしており、その日の夜は暑くもないし寒くもなかった。と言うより、感じようと思えば、暑いとでも肌寒いとでも、どうとでも感じることができた。
念じれば、イメージできる場所で、かつ、実際に行ったことのある場所であれば、瞬間移動できた。
面白半分に、以前、県外で働いていた時に住んでいた会社の寮に行ってみようと思った。
瞬間移動した先は、確かに以前私が住んでいた懐かしい部屋だったが、現在、他の誰かが住んでいるようで、見覚えのない私物が所々に散見された。部屋の主は夜勤のようで、留守だった。暗くて確認し辛かったが、私が住んでいた時より散らかっているように見えた。
フッと、ある疑問が過った。実際足を踏み入れたことのない場所には行くことができるのだろうか?
私は、興味本位に近くにある、全く足を踏み入れたことも視界に入れたことも無い一軒家を適当に選び、屋根から透き通って中へと侵入してみた。
辿り着いた先は個室だった。花やフルーツといった感じの匂いがする。いくつかの本棚と、壁に並べられたフォトフレーム、観葉植物や花などの飾り、アクセサリーや小物なんかも飾りのように部屋の所々に散りばめられていて、いかにも女の子といた感じの部屋の印象を受けたが、本棚の多さが気になった。背の高いやつが一つと、背の低いやつが二つ。どの本棚にもぎっしりと中身が詰まっている。どんな本を読んでいるのだろう?と、気にはなったが、暗くてそこまでは確認できなかった。
姿見が目についた。今の私はいったいどのような姿をしているのだろう。早速前に立ってみる。何も見えない。暗くて見えないというのではない。暗がりの中にも、カーテンから覗く月明りや、時折通る車のライトの光なんかが視界の助けとなって、ぼんやりとでも何かを見せてくれるはずだったが、そこには明らかに何も映っていなかったのである。
幽体離脱をしているのだから、姿が鏡に映らないことぐらい当たり前と言えば当たり前のことではあったが、漠然とした恐怖の感情に襲われた。
帰ろうかと思ったその時、目の前の姿見に吸い寄せられる感覚がした。「逃げねば」と、思った瞬間、視界がガラッと変わった。部屋自体が変わったという訳ではなかった。ただ、その視界が180°回転しただけだった。つまり、先ほど私が立っていた場所を、今まさに私が見ているという状況だ。当然ながらそこには誰も立っていない。後ろを振り返ろうとしてみたが身体が全く動いてくれない。位置関係からして、姿見からの視界が広がるだけで、身動きが全く取れない状態になってしまった。
もしかすると私は、姿見の中に取り込まれてしまったのかもしれない。
私は昨日の夜、金縛りに掛かっていた。
金縛り自体は、私にとって、そんなに珍しい事ではなかったが、この日は久々だった。
年齢を重ねるに連れて、その頻度は落ちてきており、初めて金縛りに掛かった中学生の頃は、三日に一回ぐらいの頻度で金縛りに掛かっていたが、四十手前のおっさんとなった今では、だいたい月一回ぐらいだ。
無理矢理大きく動けば、金縛りは解除される。金縛りに掛かるようになった初期は、恐怖からすぐにそうして解除していたが、「またか」と慣れてきた高校生のある時、興味本位に、すぐには解除せず、解除するかしないかギリギリの動きを試してみた。その中で私は、ある怪現象を体験した。
まず、金縛りに掛かったら右足を徐々に上げていく。一気に上げてしまうと金縛りが解除されてしまうので、これには慎重を要する。上手くいけば、金縛りに掛かっているにも関わらず右足が上がったような感覚になる。薄目でその右足を確認すると、上がっているはずの右足が、少しも動いていない。
初めての時、私は怖くなって咄嗟に金縛りを解除しようと無理やり身を動かそうとした。しかし、身体は動いた感じがしたにも関わらず、金縛りが解除されたのかどうかよく分からない不思議な感覚になった。布団の中の自分は全く動いていない。意識が身体を離れたかもしれなかった。
「もしかして幽体離脱?」と思って嬉々としてそのまま起き上がって自由に空でも飛んでやろうと目論んでみたが、離れた意識が重くてなってどんどん沈んでいく。やがて、床の下まで底なし沼に嵌まり込んだかのように沈んでいき、気が付けばいつの間にか元の肉体に戻り、金縛りが解除されている。
私はこの怪現象に密かな希望を抱いていた。「もしかして練習すれば幽体離脱して自由に空を飛べるようになるのでは?」と。
しかし、その希望はいつまで立っても叶うことなく、やがて私は、初めからその挑戦を諦めてすぐに金縛りを解除したり、ダメもとで挑戦してみて「やっぱり駄目だった」と落胆するという結果を、金縛りに掛かる度に繰り返していた。
昨日の夜、私はダメもとで挑戦していた。
久々に金縛りに掛かり、徐々に右足を上げようとした。右足が上がった感覚がする。薄目で確認するも右足は上がっていない。身体を無理矢理動かして金縛りを解除しようと身を起こす。感覚だけが身体を離れる。いつも通り意識が重くなって沈んでいく。
いつもはここで「沈まないでくれ」と下方向にばかり注意を向けていたが、この時は「上に行きたい」と上方向に注意を向けた。すると、離れた意識が上方向に昇っていった。思わず「成功した!」と感動した。
私は天井の角あたりまで浮かび上がったところで振り返り、寝ている自分の姿を確認した。本体は布団の中から顔を出し、スヤスヤと眠っている。意識が抜け出ているからといって、別に苦しい様子を見せることもなかった。「戻れなくなるかもしれない」と、少し不安が過ったが、「幽体離脱で自由に動き回ってみたい」という好奇心の方が上回り、私はそのまま天井をすり抜けて屋根の上まで飛び出した。
外の景色は真っ暗だが自宅の敷地内であるということは理解できた。散りばめられた星空の中に、ひときわ目立つ大きな月が浮かんでいる。春から夏に差し掛かろうとしており、その日の夜は暑くもないし寒くもなかった。と言うより、感じようと思えば、暑いとでも肌寒いとでも、どうとでも感じることができた。
念じれば、イメージできる場所で、かつ、実際に行ったことのある場所であれば、瞬間移動できた。
面白半分に、以前、県外で働いていた時に住んでいた会社の寮に行ってみようと思った。
瞬間移動した先は、確かに以前私が住んでいた懐かしい部屋だったが、現在、他の誰かが住んでいるようで、見覚えのない私物が所々に散見された。部屋の主は夜勤のようで、留守だった。暗くて確認し辛かったが、私が住んでいた時より散らかっているように見えた。
フッと、ある疑問が過った。実際足を踏み入れたことのない場所には行くことができるのだろうか?
私は、興味本位に近くにある、全く足を踏み入れたことも視界に入れたことも無い一軒家を適当に選び、屋根から透き通って中へと侵入してみた。
辿り着いた先は個室だった。花やフルーツといった感じの匂いがする。いくつかの本棚と、壁に並べられたフォトフレーム、観葉植物や花などの飾り、アクセサリーや小物なんかも飾りのように部屋の所々に散りばめられていて、いかにも女の子といた感じの部屋の印象を受けたが、本棚の多さが気になった。背の高いやつが一つと、背の低いやつが二つ。どの本棚にもぎっしりと中身が詰まっている。どんな本を読んでいるのだろう?と、気にはなったが、暗くてそこまでは確認できなかった。
姿見が目についた。今の私はいったいどのような姿をしているのだろう。早速前に立ってみる。何も見えない。暗くて見えないというのではない。暗がりの中にも、カーテンから覗く月明りや、時折通る車のライトの光なんかが視界の助けとなって、ぼんやりとでも何かを見せてくれるはずだったが、そこには明らかに何も映っていなかったのである。
幽体離脱をしているのだから、姿が鏡に映らないことぐらい当たり前と言えば当たり前のことではあったが、漠然とした恐怖の感情に襲われた。
帰ろうかと思ったその時、目の前の姿見に吸い寄せられる感覚がした。「逃げねば」と、思った瞬間、視界がガラッと変わった。部屋自体が変わったという訳ではなかった。ただ、その視界が180°回転しただけだった。つまり、先ほど私が立っていた場所を、今まさに私が見ているという状況だ。当然ながらそこには誰も立っていない。後ろを振り返ろうとしてみたが身体が全く動いてくれない。位置関係からして、姿見からの視界が広がるだけで、身動きが全く取れない状態になってしまった。
もしかすると私は、姿見の中に取り込まれてしまったのかもしれない。
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