純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花

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72.王の弟

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 一人になったステファニアは、テーブルの上に飾られた花を眺めながら、ため息をもらした。
 息を吐ききったところで、隣の部屋から大きな物音が響いた。何かが倒れるような音だ。何事かと思えば、今度は扉が開く。

「リナ……?」

 隣の部屋に控えているリナがやってきたのかと思い、ステファニアはおそるおそる声をかけてみるが、扉の前に現れたのはフードをかぶった姿だった。
 一瞬、庭師が戻ってきたのかとも思ったが、明らかに大きさが違う。体格のよい、男のものだ。
 ステファニアが唖然として固まっているうちに、侵入者は素早くステファニアに近づいてきて、口に布切れのようなものを押し込んでくる。

「ん……んん……っ!」

 反射的に暴れようとするが、今度は腕を捻り上げられてしまい、背中でまとめて縛られてしまった。
 縄が食い込む痛みと息苦しさ、そして突然の出来事に対する恐怖で、ステファニアの目から涙があふれてくる。
 いったい何が起こっているのかわからず、ステファニアは混乱しながら侵入者を見上げた。

「……おとなしくしろ。いい子にしていれば、すぐに終わる」

 侵入者はフードを取りながら、冷淡な声を浴びせてきた。
 フードの中から現れた顔を見て、ステファニアは目を大きく見開く。ゴドフレードとよく似ているが、彼ではない。
 バルトロがつまらないものを見るような目で、ステファニアを見下ろしていた。

「王家を裏切った淫売め。その汚れた子は、生まれてきてはならぬのだ。本来ならば、そなたも殺してやりたいところだが……そなたは兄上の寵姫だからな。そなたの命だけは助けてやろう。子を流すだけにしてやろうではないか」

 不快そうに吐き捨てると、バルトロは懐から丸薬のようなものを取り出して、ステファニアの目の前に持ってくる。

「これをそなたの汚れた場所に入れると、子が流れるというわけだ。さほど苦しまずに堕胎できるという秘薬を使ってやること、ありがたく思うがよい」

 ステファニアの全身から血の気が引いていく。
 冗談ではないと脚をぴったりと閉じ合わせるが、自分でもわかるほど身体中がカタカタと震えていた。

「ん? 怯えているのか? 王家を裏切る大罪を犯したそなたが、この程度のことで怯えるというのか。面白い冗談だな」

 身動きの取れないステファニアを嬲るように、バルトロはニヤニヤと笑う。

「……なあ、ステファニア。私は王の弟だ。れっきとした、王家の王子として生まれた。しかし、兄上と比べてどちらに、より王の資質があると思う?」

 ふと何かを思いついたようで、バルトロは笑みを浮かべたまま、ステファニアに質問を投げかけてくる。しかし、ステファニアが答えられる状態ではないことなど、バルトロは当然承知しているはずだ。答えなど、期待していないのだろう。

「誰かに比べてもらわなくとも、それくらいは自分でわかっている。兄上のような資質は、私にはない。自分が凡人であることくらい、自分がよくわかっているのだよ」

 やはりステファニアの答えなどどうでもよいようで、バルトロは一人で言葉を続ける。
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