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71.庭師
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人々の祝福に包まれ、ステファニアは暗澹とした気持ちが募っていく。
やっとゴドフレードの許しを得て、アドリアンに下賜してもらえることになったのだ。それなのに、『王の最後の子』を授かったステファニアは祭り上げられ、人々の期待の前にはゴドフレードといえども、身動きが取れなくなってしまった。
生まれてくる子が男子であろうと女子であろうと、ステファニアが正妃の座につくという見方をする者が多いようで、縁を結ぼうとする人々が大挙しているのだ。
気分が優れないからと言って、面会に来ようとする客たちはリナに断ってもらっている。懐妊により、心が不安定になっているのだから仕方がないと、客たちもすんなり諦めた。見舞いの品だけが、どんどん部屋に積み重なっていく。
ルチアやゴドフレードにも、もう打つ手がなかった。
一度は挫折した、隣国に逃げるという方法も検討したのだが、懐妊を知られていなかった当時とは状況が異なる。
王の子を身ごもったとされている寵姫が逃げ出すなど、ありえない。そのような事態になれば、人々が考えるのは誘拐であり、賊は白昼堂々と後宮に侵入して寵姫を攫っていったことになってしまう。
そうなれば、個人的な問題ではなく、国にとっての大問題となってしまうだろう。
逃げ道が見つからないまま、時が流れていく。
すべてが暗闇に閉ざされたようなステファニアの心を、わずかに癒してくれるのは、ルチアの庭師が届けてくれる花だった。
膝が悪い彼女に持ってきてもらうのは気が引けたのだが、庭師は直接届けたがっているのだから受け取ってほしいとルチアに言われてしまい、好意を受けることにした。
その日によって鮮やかであったり、落ち着いた色合いであったりと、花の種類に変化を持たせて飽きないようにしてくれている。共通しているのは、香りが穏やかなものばかりだということだ。ステファニアの体調を気遣い、香りの強いものは選ばないようにしているらしい。
「いつも、ありがとう。花を見ていると、少しだけ気分が落ち着くわ」
ステファニアが礼を述べると、庭師は恐縮したようにフードをかぶったままの頭を下げる。彼女は顔に醜い傷跡があるので、常にフードをかぶって顔を晒さないようにしているのだとルチアから聞いていた。
「……私は、どうしたらよいのかしらね。私は、愛する人と共に生きたいだけなのに……身分も、宝石も、私には過ぎたものでしかないのに……」
庭師の口が不自由であることで気が緩んだのか、ステファニアはぼそりと己の内心を吐露してしまう。
すると頭を垂れていた庭師が、はっとしたように顔を上げた。深くフードをかぶっているために顔は見えないが、見えなくてもその表情は悲しげに歪んでいるのだろうとわかるほど、小刻みに震えている。
「あ……ごめんなさいね。つい……」
これほど感情を露わにされるとは思わず、驚きながらステファニアはぼそぼそと言い訳を口にのぼらせる。
その言葉で庭師も我に返ったのか、先ほどよりもさらに恐縮した様子で頭を下げた。
しばし、沈黙が流れる。
「……今日も、綺麗なお花をどうもありがとう。ルチア様によろしくね」
やがて、ステファニアは微笑を浮かべて庭師に退出を促した。
庭師もおとなしく従い、一礼すると部屋を出て行く。
やっとゴドフレードの許しを得て、アドリアンに下賜してもらえることになったのだ。それなのに、『王の最後の子』を授かったステファニアは祭り上げられ、人々の期待の前にはゴドフレードといえども、身動きが取れなくなってしまった。
生まれてくる子が男子であろうと女子であろうと、ステファニアが正妃の座につくという見方をする者が多いようで、縁を結ぼうとする人々が大挙しているのだ。
気分が優れないからと言って、面会に来ようとする客たちはリナに断ってもらっている。懐妊により、心が不安定になっているのだから仕方がないと、客たちもすんなり諦めた。見舞いの品だけが、どんどん部屋に積み重なっていく。
ルチアやゴドフレードにも、もう打つ手がなかった。
一度は挫折した、隣国に逃げるという方法も検討したのだが、懐妊を知られていなかった当時とは状況が異なる。
王の子を身ごもったとされている寵姫が逃げ出すなど、ありえない。そのような事態になれば、人々が考えるのは誘拐であり、賊は白昼堂々と後宮に侵入して寵姫を攫っていったことになってしまう。
そうなれば、個人的な問題ではなく、国にとっての大問題となってしまうだろう。
逃げ道が見つからないまま、時が流れていく。
すべてが暗闇に閉ざされたようなステファニアの心を、わずかに癒してくれるのは、ルチアの庭師が届けてくれる花だった。
膝が悪い彼女に持ってきてもらうのは気が引けたのだが、庭師は直接届けたがっているのだから受け取ってほしいとルチアに言われてしまい、好意を受けることにした。
その日によって鮮やかであったり、落ち着いた色合いであったりと、花の種類に変化を持たせて飽きないようにしてくれている。共通しているのは、香りが穏やかなものばかりだということだ。ステファニアの体調を気遣い、香りの強いものは選ばないようにしているらしい。
「いつも、ありがとう。花を見ていると、少しだけ気分が落ち着くわ」
ステファニアが礼を述べると、庭師は恐縮したようにフードをかぶったままの頭を下げる。彼女は顔に醜い傷跡があるので、常にフードをかぶって顔を晒さないようにしているのだとルチアから聞いていた。
「……私は、どうしたらよいのかしらね。私は、愛する人と共に生きたいだけなのに……身分も、宝石も、私には過ぎたものでしかないのに……」
庭師の口が不自由であることで気が緩んだのか、ステファニアはぼそりと己の内心を吐露してしまう。
すると頭を垂れていた庭師が、はっとしたように顔を上げた。深くフードをかぶっているために顔は見えないが、見えなくてもその表情は悲しげに歪んでいるのだろうとわかるほど、小刻みに震えている。
「あ……ごめんなさいね。つい……」
これほど感情を露わにされるとは思わず、驚きながらステファニアはぼそぼそと言い訳を口にのぼらせる。
その言葉で庭師も我に返ったのか、先ほどよりもさらに恐縮した様子で頭を下げた。
しばし、沈黙が流れる。
「……今日も、綺麗なお花をどうもありがとう。ルチア様によろしくね」
やがて、ステファニアは微笑を浮かべて庭師に退出を促した。
庭師もおとなしく従い、一礼すると部屋を出て行く。
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