58 / 77
58.一緒に逃げて欲しい
しおりを挟む ルチアから二人分の通行手形を受け取り、ステファニアは自室に戻ってきた。
まさか、ルチアがあのようなことを考えているとは思いもよらず、ステファニアは一人になってもまだ呆然としていた。
いったい何故、ルチアがあれほどゴドフレードに対して恨みを抱いているのかはわからないが、当時の王太子が迎えた正妃というのはルチアの母のことだろう。ステファニアのあずかり知らぬところで、いろいろな物事が絡み合っているようだ。
ただ、ステファニアに逃げて欲しいというのは、ルチアの本心のように思えた。ステファニアの身を案じてのことではなく、ルチアの利益になることだからのようだが、かえって飾らなくてわかりやすい理由だ。
ステファニアはゴドフレードに対して、ひどい仕打ちを受けているという恨みがないとは言いきれない。しかし、孤独なゴドフレードを痛ましいと思っているのも事実だ。
自分が側にいることで癒されるのなら助けになりたいと思い、寵姫として仕えてきた。もし自分が姿を消してしまえば、ゴドフレードを傷つけてしまうだろう。彼を傷つけたくないというくらいの情は、今でもある。
だが、アドリアンの命と天秤にかければ、どちらが重いかなど比べるまでもない。
裏切り者としてどれだけそしられ、憎まれようと、ステファニアはアドリアンを選ぶ。
夜になり、いつものようにゴドフレードがアドリアンを伴ってステファニアの部屋に渡ってきた。
ゴドフレードが隣室に消えると、ステファニアはアドリアンに、おそらく懐妊したであろうことと、ルチアからの申し出のことを打ち明ける。そして、一緒に逃げて欲しいと持ちかけた。
アドリアンは唇を引き結んでじっと考え込んでいたが、ややあって口を開いた。
「そうか……ルチア姫様や隣国のマルツィア王妃様の手助けがあるのなら、確かに逃げられるかもな……だが、サラはそれでいいのか?」
「え? どうして?」
何を尋ねられているのかよくわからず、ステファニアは問い返す。
アドリアンはわずかに眉根を寄せ、軽く息を吐いた。
「サラはこのまま留まれば、もしかしたら正妃になれるかもしれない。俺と一緒に逃げれば、サラもお尋ね者だ。うまく隣国に逃れたとしても、その後の暮らしがどうなるかはわからない。少なくとも、今のような良い暮らしはできないだろう」
「そんなこと……私にとって一番の良い暮らしというのは、あなたと共にいることだわ。もともと、私は貴族とは名ばかりの貧乏な暮らしをしていたのよ。正妃の座にも、今の暮らしにも、未練なんてないわ」
ステファニアが言い切ると、アドリアンは困ったような、しかしどことなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
まさか、ルチアがあのようなことを考えているとは思いもよらず、ステファニアは一人になってもまだ呆然としていた。
いったい何故、ルチアがあれほどゴドフレードに対して恨みを抱いているのかはわからないが、当時の王太子が迎えた正妃というのはルチアの母のことだろう。ステファニアのあずかり知らぬところで、いろいろな物事が絡み合っているようだ。
ただ、ステファニアに逃げて欲しいというのは、ルチアの本心のように思えた。ステファニアの身を案じてのことではなく、ルチアの利益になることだからのようだが、かえって飾らなくてわかりやすい理由だ。
ステファニアはゴドフレードに対して、ひどい仕打ちを受けているという恨みがないとは言いきれない。しかし、孤独なゴドフレードを痛ましいと思っているのも事実だ。
自分が側にいることで癒されるのなら助けになりたいと思い、寵姫として仕えてきた。もし自分が姿を消してしまえば、ゴドフレードを傷つけてしまうだろう。彼を傷つけたくないというくらいの情は、今でもある。
だが、アドリアンの命と天秤にかければ、どちらが重いかなど比べるまでもない。
裏切り者としてどれだけそしられ、憎まれようと、ステファニアはアドリアンを選ぶ。
夜になり、いつものようにゴドフレードがアドリアンを伴ってステファニアの部屋に渡ってきた。
ゴドフレードが隣室に消えると、ステファニアはアドリアンに、おそらく懐妊したであろうことと、ルチアからの申し出のことを打ち明ける。そして、一緒に逃げて欲しいと持ちかけた。
アドリアンは唇を引き結んでじっと考え込んでいたが、ややあって口を開いた。
「そうか……ルチア姫様や隣国のマルツィア王妃様の手助けがあるのなら、確かに逃げられるかもな……だが、サラはそれでいいのか?」
「え? どうして?」
何を尋ねられているのかよくわからず、ステファニアは問い返す。
アドリアンはわずかに眉根を寄せ、軽く息を吐いた。
「サラはこのまま留まれば、もしかしたら正妃になれるかもしれない。俺と一緒に逃げれば、サラもお尋ね者だ。うまく隣国に逃れたとしても、その後の暮らしがどうなるかはわからない。少なくとも、今のような良い暮らしはできないだろう」
「そんなこと……私にとって一番の良い暮らしというのは、あなたと共にいることだわ。もともと、私は貴族とは名ばかりの貧乏な暮らしをしていたのよ。正妃の座にも、今の暮らしにも、未練なんてないわ」
ステファニアが言い切ると、アドリアンは困ったような、しかしどことなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!
Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる