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58.一緒に逃げて欲しい

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 ルチアから二人分の通行手形を受け取り、ステファニアは自室に戻ってきた。
 まさか、ルチアがあのようなことを考えているとは思いもよらず、ステファニアは一人になってもまだ呆然としていた。
 いったい何故、ルチアがあれほどゴドフレードに対して恨みを抱いているのかはわからないが、当時の王太子が迎えた正妃というのはルチアの母のことだろう。ステファニアのあずかり知らぬところで、いろいろな物事が絡み合っているようだ。
 ただ、ステファニアに逃げて欲しいというのは、ルチアの本心のように思えた。ステファニアの身を案じてのことではなく、ルチアの利益になることだからのようだが、かえって飾らなくてわかりやすい理由だ。

 ステファニアはゴドフレードに対して、ひどい仕打ちを受けているという恨みがないとは言いきれない。しかし、孤独なゴドフレードを痛ましいと思っているのも事実だ。
 自分が側にいることで癒されるのなら助けになりたいと思い、寵姫として仕えてきた。もし自分が姿を消してしまえば、ゴドフレードを傷つけてしまうだろう。彼を傷つけたくないというくらいの情は、今でもある。
 だが、アドリアンの命と天秤にかければ、どちらが重いかなど比べるまでもない。
 裏切り者としてどれだけそしられ、憎まれようと、ステファニアはアドリアンを選ぶ。

 夜になり、いつものようにゴドフレードがアドリアンを伴ってステファニアの部屋に渡ってきた。
 ゴドフレードが隣室に消えると、ステファニアはアドリアンに、おそらく懐妊したであろうことと、ルチアからの申し出のことを打ち明ける。そして、一緒に逃げて欲しいと持ちかけた。
 アドリアンは唇を引き結んでじっと考え込んでいたが、ややあって口を開いた。

「そうか……ルチア姫様や隣国のマルツィア王妃様の手助けがあるのなら、確かに逃げられるかもな……だが、サラはそれでいいのか?」

「え? どうして?」

 何を尋ねられているのかよくわからず、ステファニアは問い返す。
 アドリアンはわずかに眉根を寄せ、軽く息を吐いた。

「サラはこのまま留まれば、もしかしたら正妃になれるかもしれない。俺と一緒に逃げれば、サラもお尋ね者だ。うまく隣国に逃れたとしても、その後の暮らしがどうなるかはわからない。少なくとも、今のような良い暮らしはできないだろう」

「そんなこと……私にとって一番の良い暮らしというのは、あなたと共にいることだわ。もともと、私は貴族とは名ばかりの貧乏な暮らしをしていたのよ。正妃の座にも、今の暮らしにも、未練なんてないわ」

 ステファニアが言い切ると、アドリアンは困ったような、しかしどことなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
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