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56.王女の申し出
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ついに恐れていたときがやってきたようだと、ステファニアはそっと自らの腹を撫でる。
触れてみても腹は平らで、もしかしたらまだ懐妊していないのではという希望もわきあがるが、おそらくそれはないだろうとステファニアは感じていた。
月のものが遅れていることはゴドフレードも知っているだろうが、まだきちんと調べたわけではない。
はっきりと知られる前に、こっそりと授かりものを辞退するという選択肢がちらりと頭に浮かんだが、すぐに打ち消した。
かつて子などいらないと言い、その言葉によってゴドフレードの寵愛を引き寄せたステファニアだったが、当時は心が空っぽだっただけのことだ。
いざ愛しい男の子を授かったと考えれば、小さな命が愛おしい。産んで、育てる以外の選択肢はありえなかった。
しかし、それは同時に愛しい男との別れとなる。もしかしたら、アドリアンは殺されてしまうかもしれないのだ。
もはや、猶予はない。
かつてルチアから協力の申し出があったことを思い出し、ステファニアは最後の希望に取りすがることにした。
「ごきげんよう、ステファニア様」
先触れもなしにルチアの部屋を訪れたステファニアだったが、ルチアは微笑んで迎え入れてくれた。
いつもの中庭ではなく、応接室に招き入れられる。淡い色合いの調度品に囲まれた落ち着きのある部屋で、ステファニアはソファーに腰を下ろした。
侍女たちは茶と菓子を準備すると部屋を出て行き、ステファニアとルチアだけが部屋に取り残される。
「……私からお伺いしようと思っていましたのよ。ステファニア様、なかなか強情なんですもの」
軽やかに笑いながら、ルチアが口を開いた。
「ふふ、無理もありませんわ。私が何をたくらんでいるか、疑問にお思いだったのでしょう?」
「そ、それは……」
ステファニアは口ごもるが、まさにルチアの言うとおりだった。
内心をまったく隠せていないステファニアの態度だったが、ルチアは気にする様子もない。
「ぼかしたままでは信用してもらえないとわかりましたので、私もはっきりと申し上げることにしますわ。私は、今の後宮を解体したいのです」
「後宮を、解体……?」
あまりにも思いがけない言葉を聞き、ステファニアは瞬きを繰り返す。
「ええ、正確に言えば、身勝手な王に己の行いを自覚してほしいという思いのほうが強いかしら。己が不能でありながら、それを明かそうとはせずに女たちを囲い、その人生を狂わせたという所業を、ね」
口調は静かだったが、奥底に怒りがにじんでいるようだった。
だが、それよりも、国王が不能であることをルチアが知っているという事実のほうが、ステファニアにとっては驚きである。
「ル……ルチア様……」
「まあ、私が何も知らないとでも思いました? ドロテア様の子の父が国王ではなく大公であること、そしてステファニア様がとある騎士様と通じていらっしゃることも知っておりますわ」
あっけらかんと秘密を暴かれ、ステファニアは絶句する。
「あら、ご心配なさらないでね。私は決して、ステファニア様を咎めるようなことはいたしませんわ。その騎士様をあてがったのだって、国王なのでしょう? それも、自分の子と偽って産ませるために……ひどい仕打ちですわ」
ルチアは安心させるように微笑み、そっと手をステファニアの手に重ねる。柔らかい手の温もりが、緊張で冷えたステファニアの手に心地よく広がった。
「私は、ステファニア様を後宮から逃がして差し上げたい。マルツィア叔母様の協力も取り付けましたわ。マルツィア叔母様が王妃をなさっている隣国への通行手形を用意してあります。これで、あなたの騎士様と二人でお逃げなさいな」
二人分の通行手形をルチアは差し出す。
急な展開についていけないまま、ステファニアはおそるおそる通行手形を受け取った。
触れてみても腹は平らで、もしかしたらまだ懐妊していないのではという希望もわきあがるが、おそらくそれはないだろうとステファニアは感じていた。
月のものが遅れていることはゴドフレードも知っているだろうが、まだきちんと調べたわけではない。
はっきりと知られる前に、こっそりと授かりものを辞退するという選択肢がちらりと頭に浮かんだが、すぐに打ち消した。
かつて子などいらないと言い、その言葉によってゴドフレードの寵愛を引き寄せたステファニアだったが、当時は心が空っぽだっただけのことだ。
いざ愛しい男の子を授かったと考えれば、小さな命が愛おしい。産んで、育てる以外の選択肢はありえなかった。
しかし、それは同時に愛しい男との別れとなる。もしかしたら、アドリアンは殺されてしまうかもしれないのだ。
もはや、猶予はない。
かつてルチアから協力の申し出があったことを思い出し、ステファニアは最後の希望に取りすがることにした。
「ごきげんよう、ステファニア様」
先触れもなしにルチアの部屋を訪れたステファニアだったが、ルチアは微笑んで迎え入れてくれた。
いつもの中庭ではなく、応接室に招き入れられる。淡い色合いの調度品に囲まれた落ち着きのある部屋で、ステファニアはソファーに腰を下ろした。
侍女たちは茶と菓子を準備すると部屋を出て行き、ステファニアとルチアだけが部屋に取り残される。
「……私からお伺いしようと思っていましたのよ。ステファニア様、なかなか強情なんですもの」
軽やかに笑いながら、ルチアが口を開いた。
「ふふ、無理もありませんわ。私が何をたくらんでいるか、疑問にお思いだったのでしょう?」
「そ、それは……」
ステファニアは口ごもるが、まさにルチアの言うとおりだった。
内心をまったく隠せていないステファニアの態度だったが、ルチアは気にする様子もない。
「ぼかしたままでは信用してもらえないとわかりましたので、私もはっきりと申し上げることにしますわ。私は、今の後宮を解体したいのです」
「後宮を、解体……?」
あまりにも思いがけない言葉を聞き、ステファニアは瞬きを繰り返す。
「ええ、正確に言えば、身勝手な王に己の行いを自覚してほしいという思いのほうが強いかしら。己が不能でありながら、それを明かそうとはせずに女たちを囲い、その人生を狂わせたという所業を、ね」
口調は静かだったが、奥底に怒りがにじんでいるようだった。
だが、それよりも、国王が不能であることをルチアが知っているという事実のほうが、ステファニアにとっては驚きである。
「ル……ルチア様……」
「まあ、私が何も知らないとでも思いました? ドロテア様の子の父が国王ではなく大公であること、そしてステファニア様がとある騎士様と通じていらっしゃることも知っておりますわ」
あっけらかんと秘密を暴かれ、ステファニアは絶句する。
「あら、ご心配なさらないでね。私は決して、ステファニア様を咎めるようなことはいたしませんわ。その騎士様をあてがったのだって、国王なのでしょう? それも、自分の子と偽って産ませるために……ひどい仕打ちですわ」
ルチアは安心させるように微笑み、そっと手をステファニアの手に重ねる。柔らかい手の温もりが、緊張で冷えたステファニアの手に心地よく広がった。
「私は、ステファニア様を後宮から逃がして差し上げたい。マルツィア叔母様の協力も取り付けましたわ。マルツィア叔母様が王妃をなさっている隣国への通行手形を用意してあります。これで、あなたの騎士様と二人でお逃げなさいな」
二人分の通行手形をルチアは差し出す。
急な展開についていけないまま、ステファニアはおそるおそる通行手形を受け取った。
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