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48.下賜
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「……ドロテア様がご懐妊なさって、ステファニア様にも周囲からの重圧があることでしょうね」
いくらか他愛もない話を交わした後、ルチアがふと表情を曇らせた。持ち出された話題に、ステファニアもルチアと同じような表情になって口元だけで微笑む。
エルドナート侯爵家からは相変わらず手紙が届いていたが、どうせ里帰りを促す内容だろうと、もう目を通していないので、内容は知らない。うっとうしいものの、アドリアンを失う恐怖から比べれば、気に病むほどのものではなかった。
ステファニアにとっては懐妊しないことよりも、することのほうが恐るべきことなのだが、そこは口に出せない。
「私の母も、他国から嫁いできて七年も子を授からず、大変な思いをしたようですわ。寵姫であれば下賜という逃げ道もあるのに、正妃に離婚は許されないので針のむしろだったと、母から聞いたことがありましたわ」
「……下賜?」
逃げ道、という言葉に反応して、ステファニアは聞きなれない単語を思わず繰り返す。
「国王が自分の寵姫を、臣下に妻として与えることですわ。昔の記録にはときどき出てきますけれど、最近は聞きませんわね」
ルチアの説明を聞き、ステファニアの心臓が跳ね上がる。行き止まりが見えきった現状に、一筋の光明が差したようだった。
「あ……あの、ルチア様、その下賜というのは、何か条件がございますの?」
「まあ、ステファニア様。ご興味がございますの?」
たまらずに問いかけると、ルチアは瞳を輝かせてくすりと笑う。
「い、いえ、その……初めて聞いたので、どのようなものかと思いまして……」
「そうですわね……そのときの国王の差配次第ですわね。功績のあった臣下に対し、後宮における重要性の低い寵姫を与えることが多かったようですわ。さすがに寵愛の深い寵姫を与えた例はないようですわね」
ステファニアがごまかすと、ルチアはそれ以上触れることなく、説明してくれた。
しかし、内容はせっかくの光を打ち消すようなものだった。
ステファニアは国王の寵愛が深い、第一寵姫だ。他の男の種を使ってまで子を産ませようとしている女を、そう簡単に手放すとは思えない。
下賜という希望の光は見えたものの、遥か天上に輝く星のように手が届かないのだと、ステファニアは落胆する。
「ステファニア様……もしかして、悩みがございますの? 私で力になれることでしたら、何でも言ってくださいな。ええ……たとえ、ステファニア様が他の殿方を想っていらして、その方と添い遂げたいと言ったとしても、私は協力いたしますわ」
心を見抜いたようなルチアの言葉にぎょっとして、ステファニアはルチアの顔をまじまじと見つめる。しかしルチアは穏やかな微笑みを浮かべるだけで、そこから何を考えているかは読み取れない。
「あ……ありがとうございます……。ここのところ、実家からもいろいろと言われていて、少々気が滅入っていただけですわ。ルチア様の優しいお心遣い、感謝いたしますわ」
素晴らしい申し出ではあったが、さすがに鵜呑みにするのはためらわれた。
ルチアは第一王女であり、国側の人間だ。確かに親切にしてもらっているが、付き合いも短く、本当に信用できるのかわからない。
本当に力を借りられるのだとすれば心強いが、それでも危険性を考えると、ステファニアは最も重要な秘密を打ち明けることはできなかった。
「まあ、そうでしたか。私はいつでもお話を聞きますし、力になりますわ。どうぞ、ルチアはステファニア様のお味方だと覚えておいてくださいませね」
隠しきれていない拒絶の言葉だったが、ルチアはやわらく微笑んで受け入れただけだった。
わずかに胸の痛みを覚えながら、ステファニアは茶を口に運ぶ。華やかな香りの中にもうっすらと残るほろ苦さが、やけに舌に残るようだった。
いくらか他愛もない話を交わした後、ルチアがふと表情を曇らせた。持ち出された話題に、ステファニアもルチアと同じような表情になって口元だけで微笑む。
エルドナート侯爵家からは相変わらず手紙が届いていたが、どうせ里帰りを促す内容だろうと、もう目を通していないので、内容は知らない。うっとうしいものの、アドリアンを失う恐怖から比べれば、気に病むほどのものではなかった。
ステファニアにとっては懐妊しないことよりも、することのほうが恐るべきことなのだが、そこは口に出せない。
「私の母も、他国から嫁いできて七年も子を授からず、大変な思いをしたようですわ。寵姫であれば下賜という逃げ道もあるのに、正妃に離婚は許されないので針のむしろだったと、母から聞いたことがありましたわ」
「……下賜?」
逃げ道、という言葉に反応して、ステファニアは聞きなれない単語を思わず繰り返す。
「国王が自分の寵姫を、臣下に妻として与えることですわ。昔の記録にはときどき出てきますけれど、最近は聞きませんわね」
ルチアの説明を聞き、ステファニアの心臓が跳ね上がる。行き止まりが見えきった現状に、一筋の光明が差したようだった。
「あ……あの、ルチア様、その下賜というのは、何か条件がございますの?」
「まあ、ステファニア様。ご興味がございますの?」
たまらずに問いかけると、ルチアは瞳を輝かせてくすりと笑う。
「い、いえ、その……初めて聞いたので、どのようなものかと思いまして……」
「そうですわね……そのときの国王の差配次第ですわね。功績のあった臣下に対し、後宮における重要性の低い寵姫を与えることが多かったようですわ。さすがに寵愛の深い寵姫を与えた例はないようですわね」
ステファニアがごまかすと、ルチアはそれ以上触れることなく、説明してくれた。
しかし、内容はせっかくの光を打ち消すようなものだった。
ステファニアは国王の寵愛が深い、第一寵姫だ。他の男の種を使ってまで子を産ませようとしている女を、そう簡単に手放すとは思えない。
下賜という希望の光は見えたものの、遥か天上に輝く星のように手が届かないのだと、ステファニアは落胆する。
「ステファニア様……もしかして、悩みがございますの? 私で力になれることでしたら、何でも言ってくださいな。ええ……たとえ、ステファニア様が他の殿方を想っていらして、その方と添い遂げたいと言ったとしても、私は協力いたしますわ」
心を見抜いたようなルチアの言葉にぎょっとして、ステファニアはルチアの顔をまじまじと見つめる。しかしルチアは穏やかな微笑みを浮かべるだけで、そこから何を考えているかは読み取れない。
「あ……ありがとうございます……。ここのところ、実家からもいろいろと言われていて、少々気が滅入っていただけですわ。ルチア様の優しいお心遣い、感謝いたしますわ」
素晴らしい申し出ではあったが、さすがに鵜呑みにするのはためらわれた。
ルチアは第一王女であり、国側の人間だ。確かに親切にしてもらっているが、付き合いも短く、本当に信用できるのかわからない。
本当に力を借りられるのだとすれば心強いが、それでも危険性を考えると、ステファニアは最も重要な秘密を打ち明けることはできなかった。
「まあ、そうでしたか。私はいつでもお話を聞きますし、力になりますわ。どうぞ、ルチアはステファニア様のお味方だと覚えておいてくださいませね」
隠しきれていない拒絶の言葉だったが、ルチアはやわらく微笑んで受け入れただけだった。
わずかに胸の痛みを覚えながら、ステファニアは茶を口に運ぶ。華やかな香りの中にもうっすらと残るほろ苦さが、やけに舌に残るようだった。
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