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35.人形の意地
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欲望を吐き出したアドリアンはすぐに寝台を去り、隣室のゴドフレードと共にステファニアの部屋を後にした。
結局、何もすることができず、ステファニアは落ち込んだまま朝を迎えた。
ただ、やはり通常の状態ではないという確信は得られた。呼びかけても何の反応も示さなかったのだ。薬か、怪しい術かはわからないが、自分の意思があるとは思えない。
操り人形と化すような処置をしたであろうゴドフレードに対しても、恐怖がわきあがってくる。
純潔を失った夜から、ゴドフレードとは一度もまともな会話を交わしていない。彼はいつも沈んだ顔で物思いにふけっているようだった。
ステファニアを正妃にするとは言っていたが、それはステファニアを思ってのことではなく、復讐の意味合いが強いように思えた。ゴドフレードにとっては、ステファニアもアドリアンと同じく、操り人形という道具に過ぎないのかもしれない。
ほんの少し前までの、他愛もない会話を交わしながら、穏やかな眠りについていた日々が、はるか遠い昔のようだ。
「ステファニア様、騎士様に関する話を聞いてまいりました」
リナが侍女たちの噂話で仕入れてきた話題をステファニアに語った。
それによると、アドリアンは近衛騎士に抜擢されたという。若く、逞しく、顔立ちも整った優良物件として、侍女たちの間でも話題になっているそうだった。
まだ彼が独身であることに、ステファニアは自分の立場も忘れてほっとしてしまう。
アドリアンは昼間はきちんとお役目を果たしているらしい。同僚たちと笑い合う姿も目撃されているので、夜のような空っぽの人形というわけではないようだ。
夜だけ薬を盛られているか、それとも暗示をかけられているのかもしれない。
ただ、それがわかったところで、対策は何も浮かばないのが現状である。
「……正気づかせるような方法って、何かないのかしら」
ため息と共に、ステファニアは宙を仰いだ。
薬も、怪しげな術も、ステファニアは知識がない。詳しい人物のつてもないので、お手上げである。
せめて後宮内で友人の一人でも作っておけば、そこから人脈が広がったかもしれないと、今さらながらにステファニアは悔やむが、もうどうしようもない。
もっとも、後宮で一人勝ち状態だったステファニアは、他の寵姫たちの間に妬みを主軸とした結束を強めさせることはあっても、ステファニア自身がその輪に加わることなど無理だっただろう。
「それと、第一王女であるルチア姫様から、お茶のお誘いがございます」
「……ルチア姫?」
思いがけない名前を耳にして、ステファニアは首を傾げる。
ルチア第一王女は、今は亡き正妃の唯一の子であり、現在は第一位王位継承権者である。今年で十四歳を迎えた姫だが、とても微妙な立場にあった。
男子の王位継承権が優先されるノーゼラン王国では、いくら現在はルチア姫が継承権第一位とはいっても、国王の寵姫たちの誰かに王子が生まれれば、たやすく引っくり返ってしまう。現在は最も王位に近い立場でありながら、極めてあやふやな土台の上にその地位は成り立っているのだ。
女王になるかもしれないが、政略結婚の駒となるかもしれないという、周囲もどう扱うべきか頭を悩ませている微妙な立場の王女というのが、ルチア姫だった。
ステファニアは宴で顔を合わせたことや、挨拶を交わしたことくらいはあるが、親しい付き合いは今まで一切ない。
今になって、いったい何だろうとステファニアは疑問を抱く。
「正妃争いが始まったことにより、何かお考えがあるのかもしれませんね。正妃が決まれば、ルチア姫様にとっては義母となるわけでございましょうし……。いかがなさいますか?」
「正妃争い……義母……」
リナから指摘され、ステファニアはわずかに眉根を寄せた。すでに嵐の中に巻き込まれつつあるのだという、抗いようのない不安が重くのしかかってくる。
ステファニアは目を閉じ、ルチアの誘いとその目的について、考えを巡らす。
「……お茶のお誘い、ありがとうございます。喜んでお伺いします、とお返事してちょうだい」
結論を出し、ステファニアはリナに命じた。
ルチアが何を考えているかは、わからない。しかし、このまま嵐が過ぎ去るのをじっと待っていては何も変わらないだろう。むしろ、嵐にめちゃくちゃにされるだけだ。
それならば、少しでもあがこう。ルチアに会うことにより、もしかしたら何かきっかけがつかめるかもしれない。
おとなしい人形のようだと評されることもあったステファニアだが、人形にだって意地はあるのだ。
結局、何もすることができず、ステファニアは落ち込んだまま朝を迎えた。
ただ、やはり通常の状態ではないという確信は得られた。呼びかけても何の反応も示さなかったのだ。薬か、怪しい術かはわからないが、自分の意思があるとは思えない。
操り人形と化すような処置をしたであろうゴドフレードに対しても、恐怖がわきあがってくる。
純潔を失った夜から、ゴドフレードとは一度もまともな会話を交わしていない。彼はいつも沈んだ顔で物思いにふけっているようだった。
ステファニアを正妃にするとは言っていたが、それはステファニアを思ってのことではなく、復讐の意味合いが強いように思えた。ゴドフレードにとっては、ステファニアもアドリアンと同じく、操り人形という道具に過ぎないのかもしれない。
ほんの少し前までの、他愛もない会話を交わしながら、穏やかな眠りについていた日々が、はるか遠い昔のようだ。
「ステファニア様、騎士様に関する話を聞いてまいりました」
リナが侍女たちの噂話で仕入れてきた話題をステファニアに語った。
それによると、アドリアンは近衛騎士に抜擢されたという。若く、逞しく、顔立ちも整った優良物件として、侍女たちの間でも話題になっているそうだった。
まだ彼が独身であることに、ステファニアは自分の立場も忘れてほっとしてしまう。
アドリアンは昼間はきちんとお役目を果たしているらしい。同僚たちと笑い合う姿も目撃されているので、夜のような空っぽの人形というわけではないようだ。
夜だけ薬を盛られているか、それとも暗示をかけられているのかもしれない。
ただ、それがわかったところで、対策は何も浮かばないのが現状である。
「……正気づかせるような方法って、何かないのかしら」
ため息と共に、ステファニアは宙を仰いだ。
薬も、怪しげな術も、ステファニアは知識がない。詳しい人物のつてもないので、お手上げである。
せめて後宮内で友人の一人でも作っておけば、そこから人脈が広がったかもしれないと、今さらながらにステファニアは悔やむが、もうどうしようもない。
もっとも、後宮で一人勝ち状態だったステファニアは、他の寵姫たちの間に妬みを主軸とした結束を強めさせることはあっても、ステファニア自身がその輪に加わることなど無理だっただろう。
「それと、第一王女であるルチア姫様から、お茶のお誘いがございます」
「……ルチア姫?」
思いがけない名前を耳にして、ステファニアは首を傾げる。
ルチア第一王女は、今は亡き正妃の唯一の子であり、現在は第一位王位継承権者である。今年で十四歳を迎えた姫だが、とても微妙な立場にあった。
男子の王位継承権が優先されるノーゼラン王国では、いくら現在はルチア姫が継承権第一位とはいっても、国王の寵姫たちの誰かに王子が生まれれば、たやすく引っくり返ってしまう。現在は最も王位に近い立場でありながら、極めてあやふやな土台の上にその地位は成り立っているのだ。
女王になるかもしれないが、政略結婚の駒となるかもしれないという、周囲もどう扱うべきか頭を悩ませている微妙な立場の王女というのが、ルチア姫だった。
ステファニアは宴で顔を合わせたことや、挨拶を交わしたことくらいはあるが、親しい付き合いは今まで一切ない。
今になって、いったい何だろうとステファニアは疑問を抱く。
「正妃争いが始まったことにより、何かお考えがあるのかもしれませんね。正妃が決まれば、ルチア姫様にとっては義母となるわけでございましょうし……。いかがなさいますか?」
「正妃争い……義母……」
リナから指摘され、ステファニアはわずかに眉根を寄せた。すでに嵐の中に巻き込まれつつあるのだという、抗いようのない不安が重くのしかかってくる。
ステファニアは目を閉じ、ルチアの誘いとその目的について、考えを巡らす。
「……お茶のお誘い、ありがとうございます。喜んでお伺いします、とお返事してちょうだい」
結論を出し、ステファニアはリナに命じた。
ルチアが何を考えているかは、わからない。しかし、このまま嵐が過ぎ去るのをじっと待っていては何も変わらないだろう。むしろ、嵐にめちゃくちゃにされるだけだ。
それならば、少しでもあがこう。ルチアに会うことにより、もしかしたら何かきっかけがつかめるかもしれない。
おとなしい人形のようだと評されることもあったステファニアだが、人形にだって意地はあるのだ。
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