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28.ドロテア懐妊
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戦勝の宴の後も、ステファニアは後宮でぼんやりとした日々を過ごしていた。
かつて将来を誓い合ったアドリアンが目の前に現れたが、その後は何事もない日々が続いている。
後宮の自分の一画からなかなか出ることがないステファニアは、外の世界の話など聞こえてこない。リナにでも尋ねれば、侍女同士の噂話で何かを聞くことができるのかもしれないが、まだリナとの関係はぎくしゃくとしたままで、最低限の会話しか交わすことはない現状ではそれも難しかった。
だが、かえってそれでよいのかもしれないとステファニアは思う。
今やステファニアは国王の寵姫だ。それも、最も寵愛を受けている第一寵姫である。
アドリアンも二年前に婚約しているのだし、もしかしたらもう結婚しているのかもしれない。
もはや、二人の道は交わらないようになってしまったのだ。
このまま、忘れ去ってしまったほうがよいのだろう。
後宮にいる限り、アドリアンと会うことはない。せいぜい宴の席で少しばかり顔を見る程度だろうが、それもたいした時間ではない。
また、退屈で何事もない日々が続くだけだ。
ここ数日、同じことを幾度も思い悩んでは結論を出しつつ、ステファニアはため息を漏らしていた。
だが、ステファニアはこれほど思い悩むということは、未だ心の特別な場所にアドリアンがいるのだということにも気づいている。どうにもならないことであり、想いなど抱いてよい立場ではないことなど知っているが、理性では感情を押し潰せない。
そのような折、物思いに沈むステファニアとは対照的に、意気揚々としたドロテアがやってきた。
「わたくし、お子を授かりましたのよ!」
堂々と誇らしげにドロテアは告げる。
「……え?」
「やはり、愛の深さが違いますのね。ほんの少し、お情けをいただいただけで、わたくしには愛の結晶が宿りましたのよ。やはり、陛下の隣に立つのはわたくしがふさわしいということですわね」
すぐには意味がわからず、ステファニアは間の抜けた声を出してしまう。ゴドフレードは行為が不可能なのだ、ありえない。
しかしドロテアは、それを別の意味に受け取ったようで、ますます調子付く。
「……本当に陛下の、お子……なの?」
「まあ、何をおっしゃいますの。……ふふ、いくらご自分が授からないからといって、嫉妬は見苦しいですわよ。ほほほ……!」
つい疑問を口にしてしまったステファニアに対し、ドロテアは美しい顔を歪める。ただ、それも一瞬のことで、ステファニアの嫉妬からくる言葉だと解釈したらしいドロテアは得意そうに高笑いを始めた。
「せっかくなので、教えてさしあげますわ。これは秘密にと言われていたのですけれど……わたくしが里帰りした日の夜、陛下はわたくしのもとまで忍んできてくださいましたのよ。そういう不義のような関係の真似事に興奮するのだとおっしゃって……わたくしも夢うつつのうちに、情熱的な一夜を過ごしましたの」
続く言葉に、ステファニアは絶句してしまう。
ステファニアが里帰りしたときとの状況にかなり似通っている。金属製の下穿きによりステファニアの貞操は守られたが、それがなければ夢と現実の境目もあやふやなうちに、同じことになっていたかもしれない。
しかもドロテアは、忍んできたのがゴドフレードだと信じて、疑ってもいないようだ。
「これで、あなたが大きな顔をしていられるのもおしまいですわ。そもそも、わたくしのほうがずっと前から陛下をお慕いしておりましたのよ。ええ、わたくしがまだ幼い頃から……やっと、あの方の正妃になるという夢が叶いますのね」
「ドロテア……あなた、陛下のことを……」
うっとりと呟くドロテアの言葉を聞くと、ステファニアは言葉に詰まってしまう。
ドロテアはゴドフレードに恋心を抱いているようだ。これまで、地位や権力、あるいは女としての見栄のためにドロテアは正妃の座が欲しいのだろうとステファニアは思っていたが、どうやら違ったらしい。
未だ心に他の男を抱いているステファニアに、何も言うことなどできるはずがない。
「そ……その……お大事に、ね……」
己の幸福を信じきっているドロテアを見ていられず、ステファニアはドロテアに背を向けてその場を後にした。
負け犬の敗走と受け取ったらしいドロテアの得意げな笑い声を背に受けながら、ステファニアは涙がこぼれてしまいそうになるのをこらえる。
ステファニアにとっては正妃の座など、どうでもよい。ドロテアがゴドフレードに寄り添い、孤独を埋められるのならば、祝福もできる。だからこそ、何も言えない。
ドロテアの腹の子がゴドフレードの子ではないなど、あまりにも哀れだった。
かつて将来を誓い合ったアドリアンが目の前に現れたが、その後は何事もない日々が続いている。
後宮の自分の一画からなかなか出ることがないステファニアは、外の世界の話など聞こえてこない。リナにでも尋ねれば、侍女同士の噂話で何かを聞くことができるのかもしれないが、まだリナとの関係はぎくしゃくとしたままで、最低限の会話しか交わすことはない現状ではそれも難しかった。
だが、かえってそれでよいのかもしれないとステファニアは思う。
今やステファニアは国王の寵姫だ。それも、最も寵愛を受けている第一寵姫である。
アドリアンも二年前に婚約しているのだし、もしかしたらもう結婚しているのかもしれない。
もはや、二人の道は交わらないようになってしまったのだ。
このまま、忘れ去ってしまったほうがよいのだろう。
後宮にいる限り、アドリアンと会うことはない。せいぜい宴の席で少しばかり顔を見る程度だろうが、それもたいした時間ではない。
また、退屈で何事もない日々が続くだけだ。
ここ数日、同じことを幾度も思い悩んでは結論を出しつつ、ステファニアはため息を漏らしていた。
だが、ステファニアはこれほど思い悩むということは、未だ心の特別な場所にアドリアンがいるのだということにも気づいている。どうにもならないことであり、想いなど抱いてよい立場ではないことなど知っているが、理性では感情を押し潰せない。
そのような折、物思いに沈むステファニアとは対照的に、意気揚々としたドロテアがやってきた。
「わたくし、お子を授かりましたのよ!」
堂々と誇らしげにドロテアは告げる。
「……え?」
「やはり、愛の深さが違いますのね。ほんの少し、お情けをいただいただけで、わたくしには愛の結晶が宿りましたのよ。やはり、陛下の隣に立つのはわたくしがふさわしいということですわね」
すぐには意味がわからず、ステファニアは間の抜けた声を出してしまう。ゴドフレードは行為が不可能なのだ、ありえない。
しかしドロテアは、それを別の意味に受け取ったようで、ますます調子付く。
「……本当に陛下の、お子……なの?」
「まあ、何をおっしゃいますの。……ふふ、いくらご自分が授からないからといって、嫉妬は見苦しいですわよ。ほほほ……!」
つい疑問を口にしてしまったステファニアに対し、ドロテアは美しい顔を歪める。ただ、それも一瞬のことで、ステファニアの嫉妬からくる言葉だと解釈したらしいドロテアは得意そうに高笑いを始めた。
「せっかくなので、教えてさしあげますわ。これは秘密にと言われていたのですけれど……わたくしが里帰りした日の夜、陛下はわたくしのもとまで忍んできてくださいましたのよ。そういう不義のような関係の真似事に興奮するのだとおっしゃって……わたくしも夢うつつのうちに、情熱的な一夜を過ごしましたの」
続く言葉に、ステファニアは絶句してしまう。
ステファニアが里帰りしたときとの状況にかなり似通っている。金属製の下穿きによりステファニアの貞操は守られたが、それがなければ夢と現実の境目もあやふやなうちに、同じことになっていたかもしれない。
しかもドロテアは、忍んできたのがゴドフレードだと信じて、疑ってもいないようだ。
「これで、あなたが大きな顔をしていられるのもおしまいですわ。そもそも、わたくしのほうがずっと前から陛下をお慕いしておりましたのよ。ええ、わたくしがまだ幼い頃から……やっと、あの方の正妃になるという夢が叶いますのね」
「ドロテア……あなた、陛下のことを……」
うっとりと呟くドロテアの言葉を聞くと、ステファニアは言葉に詰まってしまう。
ドロテアはゴドフレードに恋心を抱いているようだ。これまで、地位や権力、あるいは女としての見栄のためにドロテアは正妃の座が欲しいのだろうとステファニアは思っていたが、どうやら違ったらしい。
未だ心に他の男を抱いているステファニアに、何も言うことなどできるはずがない。
「そ……その……お大事に、ね……」
己の幸福を信じきっているドロテアを見ていられず、ステファニアはドロテアに背を向けてその場を後にした。
負け犬の敗走と受け取ったらしいドロテアの得意げな笑い声を背に受けながら、ステファニアは涙がこぼれてしまいそうになるのをこらえる。
ステファニアにとっては正妃の座など、どうでもよい。ドロテアがゴドフレードに寄り添い、孤独を埋められるのならば、祝福もできる。だからこそ、何も言えない。
ドロテアの腹の子がゴドフレードの子ではないなど、あまりにも哀れだった。
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