純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花

文字の大きさ
上 下
25 / 77

25.もう二度と

しおりを挟む
 ステファニアはエルドナート侯爵邸に長居することなく、さっさと後宮に戻ってきた。
 リナも伴って戻ってきたが、やはりまだ少しぎくしゃくとした空気が互いの間に流れている。それでも、ステファニアはなるべく普段どおりに振る舞うことにした。
 いろいろな事情があるのだろうが、いつかリナが話してくれることを願うだけだ。

 戻ってきた日の夜には、ゴドフレードがステファニアの部屋に渡ってきた。

「すぐに戻ってきたな。母君の様子はどうだった?」

「陛下のお心遣いにより、母も持ち直しましたわ。ありがとうございます」

 儀礼的ともいえる挨拶を交わしながら、ゴドフレードの表情はやや力なく、寂しそうな目をステファニアに向けていた。
 ステファニアが里帰りをしたいと申し出たときも、ゴドフレードは沈んだような様子だったことをステファニアは思い出す。そのときはステファニアが里帰りをすること自体が寂しいのだと思っていたが、もしかしたらゴドフレードも何かに勘付いていたのかもしれない。

「母の体調もよくなりましたので、私が里帰りする機会はもうないと思いますわ。ええ……おそらくはもう、二度と」

 にっこりと微笑みながら告げると、ゴドフレードを目を見開いてステファニアを見つめたが、ややあってからくつくつと笑いを漏らした。
 憂いも消えて楽しそうな表情になったゴドフレードを眺め、ステファニアも自然と笑みがこぼれる。
 詳細を話すことはためらわれた。何事もなかったのだし、もう里帰りをする気はないのだから問題はないだろうと、ステファニアは侵入者のことは自分の胸に留めておくことにした。

「そうか。それほど元気になったのなら、よかった。余もそなたが戻ってきて、嬉しいぞ」

 笑い合いながら、二人は以前と同じく、穏やかな時間を過ごす。
 他愛もない話をして共に寝台で休み、朝を迎える。やや退屈ではあるものの、平穏な後宮の暮らしだ。
 ステファニアはまた、穏やかな日々が続くのだと疑いもしなかった。

 再び繰り返しの日々が続くかと思われた数日後、戦勝の宴が催された。国境での戦いに長年明け暮れ、とうとう勝利を得た英雄たちを称える宴だ。
 盛大に行うとのことで、広間にはたくさんの人々がひしめいている。庭も開放され、広間に入れないような身分の低い者たちにも酒が振る舞われていた。
 ステファニアは青地に銀糸でふんだんに刺繍がほどこされたドレスを纏い、いつものようにゴドフレードの隣に寄り添いながら、微笑む。

「兄上、ご機嫌うるわしゅう」

 これもいつもと同じく、バルトロが挨拶にやってくる。ステファニアはゴドフレードの隣に控えているだけだが、そっとバルトロの手に視線を移す。
 バルトロの右手には、包帯が巻かれていた。痛々しく、手全体を覆っている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される

狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった 公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて… 全編甘々を目指しています。 この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響
恋愛
平和だったカヴァニス王国が、隣国イザイアの突然の侵攻により一夜にして滅亡した。 カヴァニスの王女アリーチェは、逃げ遅れたところを何者かに助けられるが、意識を失ってしまう。 目覚めたアリーチェの前に現れたのは、祖国を滅ぼしたイザイアの『隻眼の騎士王』ルドヴィクだった。 憎しみと侮蔑を感情のままにルドヴィクを罵倒するが、ルドヴィクは何も言わずにアリーチェに治療を施し、傷が癒えた後も城に留まらせる。 ルドヴィクに対して憎しみを募らせるアリーチェだが、時折彼の見せる悲しげな表情に別の感情が芽生え始めるのに気がついたアリーチェの心は揺れるが………。 ※内容の一部に残酷描写が含まれます。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

処理中です...