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16.寵姫ドロテア

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 ドロテアは緩やかに波打つ黒髪と切れ長の琥珀色の目を持ち、美貌においては後宮でもステファニアと一、二を争うと密かに囁かれている。年齢はステファニアよりも二つ下の十六歳で、後宮入りしたのも最近だ。
 公爵家の出身で、周囲からちやほやされて育ってきたらしい。ステファニアから第一寵姫の座を奪う気満々で、自らの魅力にまいらない男などいないと本気で信じているようだった。

 ドロテアの侍女たちも、どことなく主人に似て気位が高そうである。主が敵と見なしている存在のテリトリーに入っているというのに、まるで自分たちの部屋にいるかのような不遜な態度だった。
 リナは無表情のままだったが、他の控えている侍女たちは、表情に不快感がにじみでている。
 侍女たちの間にも緊張した空気が流れるが、それでも出しゃばるようなことはせず、互いに無言のままにらみ合うだけだ。

「昨夜、陛下はわたくしと一緒に過ごしましたのよ。いよいよ、ステファニア様のお役目もおしまいになりそうですわね」

 愉快でたまらないといったように、ドロテアが口を開く。
 ドロテアの肉感的な唇は嘲りにも似た笑みを形づくり、豊満な胸は高圧的に突き出されていた。

「そう。お役目、ご苦労さま。よりいっそう、陛下にお仕えなさってね」

 しかしステファニアはつまらなさそうに、励ましの言葉を返しただけだった。

「なっ……何よ、強がっちゃって……」

 あまりにも平然としたステファニアの態度が予想外だったらしく、得意そうだったドロテアの表情が歪む。

「ご用件はそれだけかしら? 私、今日は一人で本を読みたい気分なの」

 さっさと帰れと言外に含め、ステファニアは軽く小首を傾げる。
 おそらくドロテアは、悔しがるステファニアの姿を期待していたのだろうが、ステファニアは本当にどうでもよかった。ゴドフレードがドロテアを気に入ったというのなら、それはそれでよい。

「ふ……ふん、強がりも今のうちだけですわ。陛下は、そっと忍んできてくださるほど、わたくしのことをお思いになってくださっていますのよ。いずれ、わたくしは男子を授かって、正妃になりますの。陛下の隣に立つわたくしを下から見上げて、悔しがるがいいわ」

 言い捨てると、ドロテアはステファニアに背を向けて、つかつかと立ち去っていった。つんとすましたドロテアの侍女たちも主人の後を追う。
 やがてドロテアの姿が見えなくなると、張り詰めていた侍女たちの空気もやわらいでいく。口には出さないものの、互いに目配せし合って、今の出来事を反芻しているようだ。
 ステファニアも、わずかに苦笑を浮かべる。

 少々うざったいものの、ステファニアはドロテアのことをさほど嫌っていない。
 穏やかな時間を邪魔されてしまったが、堂々と宣戦布告にやってくるあたりは、潔いとすらいえる。表面上は親切そうに振る舞いながら、裏でこそこそと陰湿な行いをするよりは、よほど好感が持てた。
 ただ、賢い振る舞いとは言いがたいので、おそらくステファニア以外にも敵は多いだろう。

 ゆっくりと息を吐き出すと、ステファニアは読書を再開することにする。
 ドロテアの物言いにやや引っかかるものはあったが、どうでもよいかとすぐに思いを打ち消して、ステファニアは手もとの本に目を落とした。
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