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06.母の裏切り

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 サラは、侯爵に連れられて懐かしい実家のある町へとやってきた。
 どうしても母の言い分に納得のいかないサラに、侯爵が実際に会って確かめてみるとよいと、連れてきてくれたのだ。

 二頭立ての馬車のなかから、サラはかつて見慣れた街並みを眺める。
 母が自分を捨てようとしていることなど何かの間違いだ、早く母に会って確認したい、と気ははやり、久しぶりの故郷を懐かしむ余裕もない。ゆっくりと進む馬車の速度を苛立たしく思いながら、サラは両手をがっちりと組み合わせて窓の外を見つめる。
 馬車は広場にさしかかり、さらに速度は低下した。忌々しく思いながら、噴水に目をやったところで、サラは目を見開く。

「……え!?」

 信じられない光景がサラの目に入ってきたのだ。思わず組み合わせていた両手が崩れ、力なく膝の上に落ちる。

「どうした、サラ? ……止まれ!」

 サラの様子を訝しんだ侯爵が、御者に命令を放つ。もともとのんびりと進んでいた馬車は、たいした衝撃もなく、すぐに止まった。

「あ……あれは……お母様……?」

 侯爵が何か言ったことも、馬車が止まったことも、サラのなかでは認識できていなかった。ただ、窓から見える光景に心を奪われる。
 そこには、噴水の前でサラの見知らぬ青年と楽しそうに話す母の姿があった。しかも、青年の手はそっと母の手に添えられ、母は頬を染めているように見える。
 もはやそれはサラの母ではなく、見知らぬ女のようにサラの目に映った。

「お……か……あさ……ま……」

 力ない声がサラの口から漏れ、瞳からはぼろぼろと涙がこぼれてくる。
 母は、サラよりもあの青年を取ったのだ。彼が、新しい夫なのだろう。二人の新生活に、サラは邪魔者というわけなのだ。
 裏切られた、という思いがサラの心を支配する。
 あそこにいるのは、もうサラの母ではない。男と寄り添い、媚を売る、単なる一人の女だ。
 彼女はサラとは無関係の、他人になってしまった。母はこの世から消えてしまったのだ。

「サラ……帰ろう……これからは私のことを父と呼ぶがよい」

 侯爵はサラの頭を優しく撫で、帰還を促す。しゃくりあげ、声にならぬ呻きを漏らしながら、サラは首を縦に振った。
 しばしの間広場に止まっていた馬車が、再び動き出す。今までと逆方向に向かっていく馬車のことを気に留める者は、広場には誰もいなかった。

「よしよし……泣くがよい。泣いて、忘れてしまうのだ……」

 穏やかな声をかけながら、サラを見つめる侯爵の瞳には、満足そうな光が宿っていた。
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