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02.行儀見習いと騎士見習い

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 夕暮れの祈りの鐘が鳴る。

「お母様……私は、今日も元気です」

 エルドナート侯爵家の小礼拝堂にて、サラは一人、女神像の前に跪いて祈りを捧げる。

 サラは貴族とは名ばかりの、貧しい男爵家の娘として生まれた。豪奢な絹のドレスなど知ることはなく、継ぎはぎだらけのドレスを後生大事に纏い続け、華やかな暮らしとは無縁の質素で平凡な人生を約束された家だった。
 しかしサラはドレスなどなくても、蜂蜜を思わせる、甘く匂いたつような金色の髪と、底知れぬ海のように深みのある蒼玉の瞳というあでやかな色彩を纏い、平凡とはかけ離れた美貌を持っていたのだ。

 サラの両親はサラを大切に育て、必死につてをたどってエルドナート侯爵家に行儀見習いとして送り出した。箔をつけ、良い結婚相手を得るためだ。
 だが、十歳で親元を離れることになったサラは、寂しさに泣き喚いて抵抗した。行儀見習いなど行きたくはない、ずっとお母様と一緒にいると叫んだのだ。

『サラ……離れていても、お母様はずっとあなたと一緒にいるわ。そう……夕暮れの祈りの鐘が鳴ったら、あなたの名を呼ぶわ。あなたも、お母様、と呼んでちょうだい。どんなに遠く離れても、鐘の音が私たちを繋げてくれるのよ』

 穏やかに微笑んで諭す母の言葉に、サラは涙を流しながらこくりと頷いて、母の胸に顔を埋めたのだった。

 祈りを捧げながら、優しい母の姿が胸に蘇り、サラの瞳にうっすらと涙が浮かんでくる。行儀見習いとしてエルドナート侯爵家に来てから二年が過ぎ、奥方の侍女として仕える暮らしにもなれたものの、やはり母が恋しい。
 貴族らしい貴族の家では、子は養育係の手に委ねられるので、親子が共に過ごす時間などわずかだという。しかしサラの育った家は、庶民と同じように母がサラを育ててくれた。何はなくとも、愛情だけはたっぷりと注いでくれたのだ。

「また、泣いているのか?」

 後ろから声をかけられ、サラはびくっと身を震わせる。

「……泣いてなんかいないわよ」

 素早く目元を指で拭うと、サラは立ち上がって振り向く。そこには、浅黒く焼けた、赤毛の少年がいた。薄い緑色の瞳がサラを映している。
 彼は騎士見習いとしてエルドナート侯爵家で学んでいる、アドリアンだ。サラよりも三つ年上で、サラが行儀見習いとしてやってきたときには、すでに侯爵家にいた。それから、見習い仲間として互いに励まし合う仲となっている。

「無理するなよ。どうせ、こんな端っこの小礼拝堂なんて誰も来ないんだから、泣き叫んだところでどうってことないよ」

 ぽんぽんとサラの頭を撫で、アドリアンはやや意地の悪い笑みを浮かべる。

「泣き叫んだりしないわよっ」

 唇を尖らせて、サラはそっぽを向く。
 涙を流すことは多々あったが、いつも静かに泣いていた。泣き叫ぶなどという、はしたないことは一度もした覚えがない。
 それに、誰も来ないと言いつつ、アドリアンは来ているではないかという反抗心が頭をもたげる。
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