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71.最期に口づけを2
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「あーあ、負けちゃった。……まあ、これでよかったのかもね」
あっけらかんとした声が響く。
晴人は倒れたインプに駆け寄り、のぞきこむ。
「そんな……」
「どうしてあんたがそんなつらそうな顔するのさ。……きっと、これでよかったんだよ。世界が消えるより、オレが消えるほうが簡単だっていうこと、それだけの話さ」
インプが話すごとに、身体の崩壊が進んでいくようだ。もう足下は砂のように崩れて溶けていっていた。
「もう喋るんじゃない。もしかしたら、崩壊を止めることができるかもしれない……」
周囲の魔素をかき集め、晴人はインプの身体を戻そうとする。
今の晴人なら、消えそうになっていく魔素を引き止めることができるように思えた。
しかし、インプは穏やかな微笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、頼むから何もしないで。今、気分がいいんだよ。こんなに気分がいいのは久しぶり。このまま、消えたい。やっと消えられるんだから、邪魔しないで」
静かに言われ、晴人はどうしていいものかわからなくなってしまう。無力感に苛まれ、拳を握り締める。
「リオン……」
晴人の口からは、インプが人間だった頃の名前がもれていた。
「そっちの名前で呼ぶんだ。……まあ、いいけどね。その名前で最後に呼ばれたの、もしかしたら聖娼になる前かもしれない。あの神殿長さあ、魔物化が進んできたときにオレをヤりながら、兄ちゃんの名前呼んでいたんだよ。失礼だよなー、ほんっと最低。かわいそうだったから、浄化はしてやったけどさ。……ま、兄ちゃんと幸せになればいいんじゃないの」
そう言って、インプはケラケラと笑う。崩壊は膝まで進んでいた。
「だから、喋るなって……」
「ねえ……最期に、ひとつお願いしてもいい?」
止めようとする晴人をさえぎり、インプは真剣な眼差しを晴人に向けた。
「オレ、あんたのことが好き。弱っちくて情けないくせに、まっすぐで……オレが人間だった頃に会っていれば、ちょっと違っていたのかもね。本当は性交したいけど、そんな余裕はないから……あんたの口づけがほしい」
インプは言ってから、照れたように晴人から視線をわずかにそらす。
「それに……俺、口づけってしたことないんだ。尻に突っ込まれたことは数え切れないし、口にろくでもないもの突っ込まれたことも多いけどさ……って、ごめん。こんな話聞いたら、気持ち悪いよな。口じゃなくて、額とか頬で……」
言い終わるのを待たず、晴人は衝動的にインプに口づけた。インプを抱き寄せて唇を塞ぎ、黙らせる。
唇を重ねるだけの、何の技巧もない口づけだったが、インプの身体からは満足そうに力が抜けていく。
「……何で、泣いているのさ」
ややあって、インプは晴人の頬を撫でて唇を離す。晴れやかな笑顔を浮かべるインプの頬には、晴人の涙がこぼれ落ちていた。
「オレはこれから魔素と同化して、あんたの一部として取り込まれるんだ。オレという存在は消えるけれど……あんたの腕に包まれて消えることができるなんて、幸せな最期だよ。ありがとう」
迷いのない視線を向けてインプは微笑むが、晴人はその顔をまともに見ることができなかった。インプの愛らしい顔がぼやけてしまう。
「……精霊様、これくらいは許してよね。あんたはこれから、元の神子……」
「話せば、苦痛が長引くだけだよ。おとなしくしていなよ」
悪戯っぽい声を出すインプをさえぎり、セイがぴしゃりと言い放つ。
「ちぇーっ、痛くも苦しくもないのにー。よくわからないけど、楽しいよ。精霊様、あんたの焦ったような顔、可愛いね。ふふ……邪魔者はそろそろ消えるよ。じゃあね」
まるで、また明日ねというような軽い別れの言葉を口にすると、インプは晴人に今度は自分から口づけた。にっこりと幸せそうに笑うと、そのまま煙のように姿が薄れていく。
やがて晴人の腕の中からも姿は消え、最初から何もなかったかのように、塵ひとつ残ることはなかった。
あっけらかんとした声が響く。
晴人は倒れたインプに駆け寄り、のぞきこむ。
「そんな……」
「どうしてあんたがそんなつらそうな顔するのさ。……きっと、これでよかったんだよ。世界が消えるより、オレが消えるほうが簡単だっていうこと、それだけの話さ」
インプが話すごとに、身体の崩壊が進んでいくようだ。もう足下は砂のように崩れて溶けていっていた。
「もう喋るんじゃない。もしかしたら、崩壊を止めることができるかもしれない……」
周囲の魔素をかき集め、晴人はインプの身体を戻そうとする。
今の晴人なら、消えそうになっていく魔素を引き止めることができるように思えた。
しかし、インプは穏やかな微笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、頼むから何もしないで。今、気分がいいんだよ。こんなに気分がいいのは久しぶり。このまま、消えたい。やっと消えられるんだから、邪魔しないで」
静かに言われ、晴人はどうしていいものかわからなくなってしまう。無力感に苛まれ、拳を握り締める。
「リオン……」
晴人の口からは、インプが人間だった頃の名前がもれていた。
「そっちの名前で呼ぶんだ。……まあ、いいけどね。その名前で最後に呼ばれたの、もしかしたら聖娼になる前かもしれない。あの神殿長さあ、魔物化が進んできたときにオレをヤりながら、兄ちゃんの名前呼んでいたんだよ。失礼だよなー、ほんっと最低。かわいそうだったから、浄化はしてやったけどさ。……ま、兄ちゃんと幸せになればいいんじゃないの」
そう言って、インプはケラケラと笑う。崩壊は膝まで進んでいた。
「だから、喋るなって……」
「ねえ……最期に、ひとつお願いしてもいい?」
止めようとする晴人をさえぎり、インプは真剣な眼差しを晴人に向けた。
「オレ、あんたのことが好き。弱っちくて情けないくせに、まっすぐで……オレが人間だった頃に会っていれば、ちょっと違っていたのかもね。本当は性交したいけど、そんな余裕はないから……あんたの口づけがほしい」
インプは言ってから、照れたように晴人から視線をわずかにそらす。
「それに……俺、口づけってしたことないんだ。尻に突っ込まれたことは数え切れないし、口にろくでもないもの突っ込まれたことも多いけどさ……って、ごめん。こんな話聞いたら、気持ち悪いよな。口じゃなくて、額とか頬で……」
言い終わるのを待たず、晴人は衝動的にインプに口づけた。インプを抱き寄せて唇を塞ぎ、黙らせる。
唇を重ねるだけの、何の技巧もない口づけだったが、インプの身体からは満足そうに力が抜けていく。
「……何で、泣いているのさ」
ややあって、インプは晴人の頬を撫でて唇を離す。晴れやかな笑顔を浮かべるインプの頬には、晴人の涙がこぼれ落ちていた。
「オレはこれから魔素と同化して、あんたの一部として取り込まれるんだ。オレという存在は消えるけれど……あんたの腕に包まれて消えることができるなんて、幸せな最期だよ。ありがとう」
迷いのない視線を向けてインプは微笑むが、晴人はその顔をまともに見ることができなかった。インプの愛らしい顔がぼやけてしまう。
「……精霊様、これくらいは許してよね。あんたはこれから、元の神子……」
「話せば、苦痛が長引くだけだよ。おとなしくしていなよ」
悪戯っぽい声を出すインプをさえぎり、セイがぴしゃりと言い放つ。
「ちぇーっ、痛くも苦しくもないのにー。よくわからないけど、楽しいよ。精霊様、あんたの焦ったような顔、可愛いね。ふふ……邪魔者はそろそろ消えるよ。じゃあね」
まるで、また明日ねというような軽い別れの言葉を口にすると、インプは晴人に今度は自分から口づけた。にっこりと幸せそうに笑うと、そのまま煙のように姿が薄れていく。
やがて晴人の腕の中からも姿は消え、最初から何もなかったかのように、塵ひとつ残ることはなかった。
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