貞操を守りぬけ!

四葉 翠花

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69.交渉決裂3

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「どうして? あんたはあの連中とは違うじゃないか」

「……都でおまえを逃がそうとした人がいただろう? そのことはどう思っているんだ?」

 驚愕に目を見開くインプの問いには答えず、晴人は別の質問をした。
 逃げたためにかえってひどい目にあったという話だったが、本人はどう思っているのだろう。
 逃がした側である少年との邂逅は一瞬だったが、晴人には自らの役目を果たそうとする少年の強い意志の宿った瞳が心に残っている。

「……そんなこともあったね。結局のところ捕まってひどい目にあったけれど、逃がそうとしてくれたことは嬉しかったよ。俺のことを気にかけてくれた人なんて、聖娼になってから初めてだったからね。だから、あの人のことは恨んじゃいない」

 インプの表情がやや和らぐ。結果として魔物化してしまったとはいえ、まだわずかな救いがあったのかと晴人は胸をなでおろす。

「あの子は都にはびこる淀みの原因を見つけ、取り除こうとしていた。みんなが何もしていないわけじゃない。自分にできることをしようと頑張っている人たちだっているんだ」

 淀みの原因が装置にあるとして破壊しようとしていた少年、そして町の神殿で自分たちにしかできないことと誇りを持って浄化をしていた聖娼たちの姿が晴人の脳裏によみがえる。

「……そうだね、そういう人がいるっていうことは認めるよ」

「魔素が満たされたら、そういう人たちだって無事ではすまないんだろう?」

 やや不満そうに唇を尖らせたインプに対し、これはいけるかもしれないと晴人は説得しようとする。
 しかしインプは穏やかな諦念の笑みを浮かべて晴人を見た。あまりに澄み切った瞳に、思わず晴人は怯んでしまう。

「……残念だけれど、仕方ないよね。何かをなすとき、犠牲はつきものだもの」

 今まで聞いたインプの声の中で、もっとも静かで、もっとも慈愛に満ちた響きだった。
 そしておそろしく空虚で、底の見えない落とし穴が潜んでいる。

 晴人はゆっくりと息を吐いて目を閉じた。
 背筋がぞくりとするような恐怖と怒り、そして晴人の言葉ごときでは届かない暗闇の底に沈んだインプの心への憐憫と、届かないことへの悔しさがわきあがる。

「……俺だって、ひどいことをした連中なんて救われなくてもいいやっていう気持ちは捨てきれないよ。でも、犠牲はつきものという言葉にはやっぱり引っかかる。悪いけれど、おまえの願いはきいてやれない」

 きっぱりと晴人が断ると、インプは衝撃を受けた風でもなく、穏やかな笑みを浮かべたままだった。

「……そっか。あんたと一緒に遊びたかったのに、残念だよ。じゃあ、あんたを倒してオレは一人で遊ぶことにするよ」

 周囲の魔素がインプに集まり、力が膨れ上がった。
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