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66.待ち構えるもの2
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最後の場所となる神殿の中を進んでいく。魔物たちの姿は見えず、静謐の名にふさわしく、しんと静まり返っていた。
進むたび、元の世界は近づいてくる。あと何歩進めばよいのか、数えられるくらいに迫ってきている。
元の世界に帰りたい気持ちは変わらない。しかし、セイとの別れでもあるのだと思えば、足は重くなっていく。
いっそ魔素が充満するぎりぎりまで、ここに留まっていてもよいのではないだろうか。そうすればあと少し長くセイと一緒にいられる。たとえずっとは無理でも、少しは引き延ばせるはずだ。
うっすらと希望がわきあがってくるが、やはり消えることを約束された希望でしかない。結局、晴人が帰ることになってしまうのは変わらないのだ。
そもそも、魔素が充満するぎりぎりのラインが晴人にはわからない。狙いを誤ってセイが消滅することになってしまっては意味がないのだ。
それに、下手に引き延ばしてしまえば決心が鈍ってしまうことも考えられる。
おそらく一日や二日くらいならば延ばしても大丈夫そうだが、その時間分だけ晴人の足は重くなり、決意にはひびが入るだろう。
やはり、今でなければならない。
セイの存在が消えることよりも、晴人の側からセイがいなくなるほうが、まだましだ。
たとえ離れていても、どこかにセイがいるのだと思えば救われる。
「ハルト……今だから言うけれどね、最初にきみが現れたとき、ずいぶんとぼんやりした子がやってきたものだって思ったんだよ。これはきっと、人生流されっぱなしで生きているんじゃないかってね」
ふと、面白そうにくすりと笑いながらセイが口を開く。
「ひどいな……まあ、でもあっているけど……」
反射的に抗議しようとするものの、まさにそのとおりだ。晴人は苦い笑みを浮かべることしかできない。
「実際、最初の頃はよく僕にお伺いを立ててきただろう。質問するのはいいとして、自分の行動の理由まで僕に委ねようとしていた」
「うん、確かに……」
思い起こせば、恥ずかしくなってくる。
最初の頃は、よく周りのせいにしていたものだ。もっとしっかり導いてくれればよいのにとセイに不満を抱いたこともある。
「でも、だんだんきみは変わってきた。自分で考え、自分で動くようになった。今回、この道を選んだことにだって葛藤があっただろう。でも、悩み、苦しんで、それでもきみは決断した。立派になったと思うよ」
「セイ……」
思わず、涙がこみあげてきそうになる。セイに認められたことが、何よりも嬉しい。
「僕は、そんなきみのことが……」
戸惑いがちにセイが口を開く。小さな、わずかに震える声が紡がれ、晴人は固唾を呑んで続きを待った。
互いの視線が絡み合い、沈黙が流れる。周囲から雑音はまったく聞こえず、ただ晴人が息をする音だけが響く。
やがて、セイの視線がふっとそらされた。
「……僕は、きみのことを誇りに思っているよ」
まるでごまかすように、セイがやや早口で言った。
「う、うん……ありがとう……」
動揺しながら晴人は答える。もっと別のことを言われるのかと思った。
正直に言えば肩透かしをくらったようだったが、別れが間近に迫った今ならこれでいいのかもしれない。変に未練を残しては困る。
そこから互いに何も言うことなく、最奥へと続く扉までたどりつく。
だが、そこに立ちはだかる姿があった。晴人にも、どこかでわかっていたのかもしれない。
「来るんじゃないかとは思ったけど、やっぱり来ちゃったか」
最初の神殿で出会ったインプは、最後の神殿でも待ち構えていた。
進むたび、元の世界は近づいてくる。あと何歩進めばよいのか、数えられるくらいに迫ってきている。
元の世界に帰りたい気持ちは変わらない。しかし、セイとの別れでもあるのだと思えば、足は重くなっていく。
いっそ魔素が充満するぎりぎりまで、ここに留まっていてもよいのではないだろうか。そうすればあと少し長くセイと一緒にいられる。たとえずっとは無理でも、少しは引き延ばせるはずだ。
うっすらと希望がわきあがってくるが、やはり消えることを約束された希望でしかない。結局、晴人が帰ることになってしまうのは変わらないのだ。
そもそも、魔素が充満するぎりぎりのラインが晴人にはわからない。狙いを誤ってセイが消滅することになってしまっては意味がないのだ。
それに、下手に引き延ばしてしまえば決心が鈍ってしまうことも考えられる。
おそらく一日や二日くらいならば延ばしても大丈夫そうだが、その時間分だけ晴人の足は重くなり、決意にはひびが入るだろう。
やはり、今でなければならない。
セイの存在が消えることよりも、晴人の側からセイがいなくなるほうが、まだましだ。
たとえ離れていても、どこかにセイがいるのだと思えば救われる。
「ハルト……今だから言うけれどね、最初にきみが現れたとき、ずいぶんとぼんやりした子がやってきたものだって思ったんだよ。これはきっと、人生流されっぱなしで生きているんじゃないかってね」
ふと、面白そうにくすりと笑いながらセイが口を開く。
「ひどいな……まあ、でもあっているけど……」
反射的に抗議しようとするものの、まさにそのとおりだ。晴人は苦い笑みを浮かべることしかできない。
「実際、最初の頃はよく僕にお伺いを立ててきただろう。質問するのはいいとして、自分の行動の理由まで僕に委ねようとしていた」
「うん、確かに……」
思い起こせば、恥ずかしくなってくる。
最初の頃は、よく周りのせいにしていたものだ。もっとしっかり導いてくれればよいのにとセイに不満を抱いたこともある。
「でも、だんだんきみは変わってきた。自分で考え、自分で動くようになった。今回、この道を選んだことにだって葛藤があっただろう。でも、悩み、苦しんで、それでもきみは決断した。立派になったと思うよ」
「セイ……」
思わず、涙がこみあげてきそうになる。セイに認められたことが、何よりも嬉しい。
「僕は、そんなきみのことが……」
戸惑いがちにセイが口を開く。小さな、わずかに震える声が紡がれ、晴人は固唾を呑んで続きを待った。
互いの視線が絡み合い、沈黙が流れる。周囲から雑音はまったく聞こえず、ただ晴人が息をする音だけが響く。
やがて、セイの視線がふっとそらされた。
「……僕は、きみのことを誇りに思っているよ」
まるでごまかすように、セイがやや早口で言った。
「う、うん……ありがとう……」
動揺しながら晴人は答える。もっと別のことを言われるのかと思った。
正直に言えば肩透かしをくらったようだったが、別れが間近に迫った今ならこれでいいのかもしれない。変に未練を残しては困る。
そこから互いに何も言うことなく、最奥へと続く扉までたどりつく。
だが、そこに立ちはだかる姿があった。晴人にも、どこかでわかっていたのかもしれない。
「来るんじゃないかとは思ったけど、やっぱり来ちゃったか」
最初の神殿で出会ったインプは、最後の神殿でも待ち構えていた。
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