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61.脱出1
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晴人はじっと黙ったまま、座り込んでいた。
答えなど、そう簡単に出せるはずがない。言葉を発しない晴人を、セイも辛抱強く見守っていた。
「どなたか、いらっしゃいますか」
インプが去った方向と逆側から、声が聞こえてきた。晴人はびくっと身を震わせ、逃げ出そうとする。しかし、害をなそうとはしませんというあわてた声により、ひとまず動きを止めた。
やがて現れたのは、十代半ば程度の少年だった。どことなくルイスに似た顔立ちだったが、もっと意志の強さが現れたしっかりとした眼差しをしている。
少年は晴人の姿を認めると、跪いた。
「神子様、でございますね。先ほどは、我らの恥をお見せしてしまい、まことに申し訳ございませんでした」
凛とした声で少年が晴人に詫びる。どういうことだろうと晴人が首を傾げると、少年は跪いたまま顔を上げた。
「僕は前領主の息子です。半年ほど前に父が亡くなり、父の弟である叔父に領主の座を奪われました。神子様に多大なるご迷惑をおかけすることになったのも、元を正せば僕の不徳のいたすところです」
「い、いや……きみに責任はないんじゃ……」
仰天して晴人はぼそぼそと呟く。
少年の話が本当ならば、領主の座を奪った相手が悪いのであって、少年に非はないだろう。
「この都にはびこる淀みも、先祖が作り出した装置が誤作動を起こしているのが原因のようです。先祖の罪は、僕が責任を取ります。どうか神子様は早くお逃げください」
「逃げろって……でも、その装置っていうやつはどうするの? 浄化が必要なら、俺が行ったほうが……」
散々な目にあったというのに、つい晴人はお人よしを発揮してしまう。
セイも苦笑しているようだったが、もはや引っ込みはつかない。
「いえ、調べたところ、装置そのものには浄化は必要ないようです。壊せばとりあえずは止まるようなので、僕にでも可能です。これ以上、神子様にご迷惑をおかけするわけにはまいりません」
しかし少年はきっぱりと断った。
差し出された手を受け取ろうともしない、あまりにかたくなな態度ですらある。
先ほど人々にたかられた直後であるだけに、落差を覚えて晴人は呆然としてしまう。
「この抜け道も、じきに追っ手がきます。どうかお急ぎください。ここをまっすぐ行き、突き当りの岩の中央よりやや右下を押すと、扉が開きます。僕が追っ手を引き付けますので」
「ちょっ……そんなことまでしてもらう必要は……」
しどろもどろになりながら晴人は抗議するが、少年は凛々しい顔に力ない笑みを浮かべた。
「……僕は以前、聖娼を魔物化させてしまったことがあります。まだ若い聖娼がひどい扱いを受けていたのを憐れみ、この抜け道を教えて逃がそうとしたのです。ところが、逃げようとしたことが発覚してしまい、聖娼はさらにひどい扱いを受けて魔物化してしまったのです。僕は、少しでもその償いをしたい……僕の身勝手なのです」
少年の言葉に晴人は目を見開く。
その魔物化した聖娼が、あのインプではないだろうか。詳しく聞いてみたかったが、遠くから物音が聞こえてきた。追っ手が近づいてきたらしい。
「どうか、僕のことを哀れと思し召しならば、お逃げください。神子様がお逃げくださることによって、僕は安らぎを得られるのです」
「でも……」
なおも晴人が渋ると、少年はまるで太陽のような明るい笑みを刻んだ。
死地に向かうような悲壮なものではなく、何があっても生き抜くという覚悟が表れているようだった。
「ご安心ください。僕はこのようなところで捕まりません。僕が父から教わった特別な抜け道も知っておりますし、装置を破壊するという役目もあります。必ず逃げ切ってみせます」
「ハルト、行こう」
セイからも促され、晴人は仕方なく頷いた。
「わかった……ありがとう。きみも気をつけて」
「はい。わずかな間とはいえ、神子様にお会いできて光栄でした」
最後ににっこりと無邪気な笑みを晴人に向けると、少年は迷わず来た方向に駆け出していった。
晴人も言われた場所を目指して走り出す。わけのわからない思いが胸のうちにぐるぐると渦巻き、もう何も考えたくない。
走っていればその間は忘れていられるとばかりに、晴人は思いを打ち消すように走った。
答えなど、そう簡単に出せるはずがない。言葉を発しない晴人を、セイも辛抱強く見守っていた。
「どなたか、いらっしゃいますか」
インプが去った方向と逆側から、声が聞こえてきた。晴人はびくっと身を震わせ、逃げ出そうとする。しかし、害をなそうとはしませんというあわてた声により、ひとまず動きを止めた。
やがて現れたのは、十代半ば程度の少年だった。どことなくルイスに似た顔立ちだったが、もっと意志の強さが現れたしっかりとした眼差しをしている。
少年は晴人の姿を認めると、跪いた。
「神子様、でございますね。先ほどは、我らの恥をお見せしてしまい、まことに申し訳ございませんでした」
凛とした声で少年が晴人に詫びる。どういうことだろうと晴人が首を傾げると、少年は跪いたまま顔を上げた。
「僕は前領主の息子です。半年ほど前に父が亡くなり、父の弟である叔父に領主の座を奪われました。神子様に多大なるご迷惑をおかけすることになったのも、元を正せば僕の不徳のいたすところです」
「い、いや……きみに責任はないんじゃ……」
仰天して晴人はぼそぼそと呟く。
少年の話が本当ならば、領主の座を奪った相手が悪いのであって、少年に非はないだろう。
「この都にはびこる淀みも、先祖が作り出した装置が誤作動を起こしているのが原因のようです。先祖の罪は、僕が責任を取ります。どうか神子様は早くお逃げください」
「逃げろって……でも、その装置っていうやつはどうするの? 浄化が必要なら、俺が行ったほうが……」
散々な目にあったというのに、つい晴人はお人よしを発揮してしまう。
セイも苦笑しているようだったが、もはや引っ込みはつかない。
「いえ、調べたところ、装置そのものには浄化は必要ないようです。壊せばとりあえずは止まるようなので、僕にでも可能です。これ以上、神子様にご迷惑をおかけするわけにはまいりません」
しかし少年はきっぱりと断った。
差し出された手を受け取ろうともしない、あまりにかたくなな態度ですらある。
先ほど人々にたかられた直後であるだけに、落差を覚えて晴人は呆然としてしまう。
「この抜け道も、じきに追っ手がきます。どうかお急ぎください。ここをまっすぐ行き、突き当りの岩の中央よりやや右下を押すと、扉が開きます。僕が追っ手を引き付けますので」
「ちょっ……そんなことまでしてもらう必要は……」
しどろもどろになりながら晴人は抗議するが、少年は凛々しい顔に力ない笑みを浮かべた。
「……僕は以前、聖娼を魔物化させてしまったことがあります。まだ若い聖娼がひどい扱いを受けていたのを憐れみ、この抜け道を教えて逃がそうとしたのです。ところが、逃げようとしたことが発覚してしまい、聖娼はさらにひどい扱いを受けて魔物化してしまったのです。僕は、少しでもその償いをしたい……僕の身勝手なのです」
少年の言葉に晴人は目を見開く。
その魔物化した聖娼が、あのインプではないだろうか。詳しく聞いてみたかったが、遠くから物音が聞こえてきた。追っ手が近づいてきたらしい。
「どうか、僕のことを哀れと思し召しならば、お逃げください。神子様がお逃げくださることによって、僕は安らぎを得られるのです」
「でも……」
なおも晴人が渋ると、少年はまるで太陽のような明るい笑みを刻んだ。
死地に向かうような悲壮なものではなく、何があっても生き抜くという覚悟が表れているようだった。
「ご安心ください。僕はこのようなところで捕まりません。僕が父から教わった特別な抜け道も知っておりますし、装置を破壊するという役目もあります。必ず逃げ切ってみせます」
「ハルト、行こう」
セイからも促され、晴人は仕方なく頷いた。
「わかった……ありがとう。きみも気をつけて」
「はい。わずかな間とはいえ、神子様にお会いできて光栄でした」
最後ににっこりと無邪気な笑みを晴人に向けると、少年は迷わず来た方向に駆け出していった。
晴人も言われた場所を目指して走り出す。わけのわからない思いが胸のうちにぐるぐると渦巻き、もう何も考えたくない。
走っていればその間は忘れていられるとばかりに、晴人は思いを打ち消すように走った。
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