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57.提案1
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「ん……」
ぼんやりと晴人が目を覚ますと、ほのかな光を放つ岩壁に囲まれていた。
通路のようだが、大人一人がどうにか通れそうな程度の広さしかない。
何故自分はここにいるのだろうと首をひねりながら、晴人は身を起こす。
「気がついた?」
大きな瞳が晴人を見つめていた。濃い茶色の瞳だ。
まだ覚醒しきらないまま晴人はその瞳を見つめ返し、濃い茶色というよりはむしろ、金色に黒を混ぜたらこうなるのだろうかと考える。
「まだ意識がはっきりしないのかな」
目の前で首を傾げる姿を眺めながら、晴人の意識がようやく浮上してきた。
愛らしい美少女にしか見えないインプが目の前にいる。
「俺は……いったい……」
何故、インプが晴人の側にいるのだろう。そもそも、ここはいったどこなのだろう。晴人は自分の置かれている状況がつかめなかった。
「すごかったね、あんたの魔法。あれだけ大勢の人間を一気になぎたおしちゃうんだもん」
「なぎたおした……?」
ようやく晴人の意識がはっきりと覚醒し、先ほどまでの出来事が思い出された。
わきあがってくる怒りにまかせ、力を解き放ったのだ。最後に覚えているのは、次々と倒れていく人々の姿である。
背筋に冷たいものが走り、晴人は我が身を両腕でかき抱く。
「まさか……俺が殺した……?」
「えー、別にいいじゃん。あんな連中」
呆然と晴人が呟けば、インプはケラケラと笑った。
「俺は悪くない、悪いのは魔素、だから俺のためにおまえが身を投げ出すのは当然なんていう連中だよ。知ってる? 魔素ってね、清廉潔白な生活をしている人にはたまりにくいんだよ。魔素の濃い場所に行って影響を受けたっていうのでもなきゃ、たいていはろくでもない奴さ。そんな奴ら、死んで当然だよね」
小躍りするような調子でインプが言葉を紡ぐ。しかし、晴人の気が晴れることはなかった。
「でも……俺が殺すなんて……」
身を震わせながら、晴人はふるふると力なく首を振る。晴人の様子を見て、小ばかにしたような笑みを浮かべたインプはさらに口を開こうとした。
「いいかげんにしなよ。きみは殺しちゃいないよ。一時的に麻痺させただけで、連中もしばらくすれば動けるようになるよ」
しかしセイの声がインプをさえぎった。
殺していないという言葉に、晴人は全身の力が抜けていくような安堵を覚える。
いくら嫌な連中とはいっても、殺してしまうのは気がとがめたのだ。自分が殺人者にならなかったことは、大きな救いだった。
「あー、つまんなーい。教えちゃうんだー」
インプはすねたように唇を尖らせる。
「……きみ、僕の言っていることがわかるのか。魔物にしては理性が働きすぎていると思っていたけれど、きみは何者だ?」
「えー、オレはしがない魔物ですよ。インプっていう、弱っちい魔物。そんなに怖い顔しないでよ」
わずかに眉根を寄せてセイが問いかければ、インプはおどけたように答える。
セイの姿はよほど力の強い者でなければ見えず、声も聞こえないという。
シオンもセイの姿を見ることはできたが、はっきりとは見えないようだった。さらに意思の疎通こそできたものの、声そのものは聞こえないという話でもあった。
ところが、インプはセイの姿をはっきりと見ることができて、声も聞き取れているようである。
魔物ならばそういうことも可能なのだろうか。
晴人は今までに見た魔物たちのことを思い起こすが、セイの姿が見えるかどうか以前に、そもそも会話すら不可能だった。
いきなり襲い掛かってこられた記憶しかない。
襲い掛かってくることなく、会話も可能な魔物はインプだけだった。
やはり、このインプが何か特別なのだろう。
ぼんやりと晴人が目を覚ますと、ほのかな光を放つ岩壁に囲まれていた。
通路のようだが、大人一人がどうにか通れそうな程度の広さしかない。
何故自分はここにいるのだろうと首をひねりながら、晴人は身を起こす。
「気がついた?」
大きな瞳が晴人を見つめていた。濃い茶色の瞳だ。
まだ覚醒しきらないまま晴人はその瞳を見つめ返し、濃い茶色というよりはむしろ、金色に黒を混ぜたらこうなるのだろうかと考える。
「まだ意識がはっきりしないのかな」
目の前で首を傾げる姿を眺めながら、晴人の意識がようやく浮上してきた。
愛らしい美少女にしか見えないインプが目の前にいる。
「俺は……いったい……」
何故、インプが晴人の側にいるのだろう。そもそも、ここはいったどこなのだろう。晴人は自分の置かれている状況がつかめなかった。
「すごかったね、あんたの魔法。あれだけ大勢の人間を一気になぎたおしちゃうんだもん」
「なぎたおした……?」
ようやく晴人の意識がはっきりと覚醒し、先ほどまでの出来事が思い出された。
わきあがってくる怒りにまかせ、力を解き放ったのだ。最後に覚えているのは、次々と倒れていく人々の姿である。
背筋に冷たいものが走り、晴人は我が身を両腕でかき抱く。
「まさか……俺が殺した……?」
「えー、別にいいじゃん。あんな連中」
呆然と晴人が呟けば、インプはケラケラと笑った。
「俺は悪くない、悪いのは魔素、だから俺のためにおまえが身を投げ出すのは当然なんていう連中だよ。知ってる? 魔素ってね、清廉潔白な生活をしている人にはたまりにくいんだよ。魔素の濃い場所に行って影響を受けたっていうのでもなきゃ、たいていはろくでもない奴さ。そんな奴ら、死んで当然だよね」
小躍りするような調子でインプが言葉を紡ぐ。しかし、晴人の気が晴れることはなかった。
「でも……俺が殺すなんて……」
身を震わせながら、晴人はふるふると力なく首を振る。晴人の様子を見て、小ばかにしたような笑みを浮かべたインプはさらに口を開こうとした。
「いいかげんにしなよ。きみは殺しちゃいないよ。一時的に麻痺させただけで、連中もしばらくすれば動けるようになるよ」
しかしセイの声がインプをさえぎった。
殺していないという言葉に、晴人は全身の力が抜けていくような安堵を覚える。
いくら嫌な連中とはいっても、殺してしまうのは気がとがめたのだ。自分が殺人者にならなかったことは、大きな救いだった。
「あー、つまんなーい。教えちゃうんだー」
インプはすねたように唇を尖らせる。
「……きみ、僕の言っていることがわかるのか。魔物にしては理性が働きすぎていると思っていたけれど、きみは何者だ?」
「えー、オレはしがない魔物ですよ。インプっていう、弱っちい魔物。そんなに怖い顔しないでよ」
わずかに眉根を寄せてセイが問いかければ、インプはおどけたように答える。
セイの姿はよほど力の強い者でなければ見えず、声も聞こえないという。
シオンもセイの姿を見ることはできたが、はっきりとは見えないようだった。さらに意思の疎通こそできたものの、声そのものは聞こえないという話でもあった。
ところが、インプはセイの姿をはっきりと見ることができて、声も聞き取れているようである。
魔物ならばそういうことも可能なのだろうか。
晴人は今までに見た魔物たちのことを思い起こすが、セイの姿が見えるかどうか以前に、そもそも会話すら不可能だった。
いきなり襲い掛かってこられた記憶しかない。
襲い掛かってくることなく、会話も可能な魔物はインプだけだった。
やはり、このインプが何か特別なのだろう。
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