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50.別れの予感3
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晴人が目を覚ましても、部屋の中は相変わらず暗いままだった。今がまだ夜中なのか、それとも朝になったのかも区別がつかない。
しんと静まり返った部屋の中、何となく晴人も息をつめてじっとしてしまう。領主に聞かれると思えば、セイに話しかけることもできない。
セイと話せないことが不安で、寂しい。
一人暮らしが長い晴人は、一人でいることには慣れていたはずなのに、たった一週間程度セイと一緒にいただけで、もうセイがいる生活が当たり前になってしまっている。
独り言を言う癖は、おそらく寂しさを紛らわせるために始まったのだろう。
返事など期待しない呟きに、あるはずのない返事があったとき、晴人の心には静かな喜びが泉のようにあふれてきた。
一人ではないことが、嬉しかった。一人には慣れていると思っていたが、本当は誰かにいてほしかったのだ。
セイは晴人を一人にはしないと言ってくれた。
実際、晴人が勝手に怒って口をきかなくなったときでも、セイはどこかに行ってしまうことなどなかった。
今も、声こそ聞こえないものの、近くにいてくれているだろう。
セイが側にいてくれると思えば、今の暗い部屋に閉じ込められた状況でも、晴人の心は安らぎに満たされた。
ところが、ふと気づく。
早いか遅いかはともかく、確実に晴人はゲームクリアに近づいている。ゲームクリアとはすなわち元の世界に帰ることで、セイはこの世界の住人だ。
つまり、ゲームクリアはセイとの別れでもある。
そのことに思い至った途端、晴人は不意に水を浴びたように心が震えた。嫌だ、と胸の奥が悲鳴をあげる。
「うっ……」
涙まで出てきてしまった。嗚咽がもれそうで、晴人は寝台に突っ伏して声を押し殺す。
「ハルト、どうしたんだい? 大丈夫?」
心配そうなセイの声が降ってきた。やはり、近くにいてくれたのだ。
晴人の胸は喜びと悲しみが入り混じり、よけいに涙があふれてきそうだった。今、優しい声などかけないでほしい。
突っ伏したままの晴人を心配そうに伺うセイの気配がする。こうして側にいてくれることが嬉しく、そしてつらい。
しばし晴人は自らの物思いに浸っていたが、静かな世界を打ち破る音が聞こえた。
「神子様、父上、お加減はいかがですか?」
ルイスの声だった。朝になり、迎えに来たのだろう。
晴人は突っ伏していた顔を上げ、声のした方向に顔を向けた。
「息子よ、迷惑をかけたようだな。神子様のお力により、私は穢れから解き放たれた」
晴人が何か言うよりも早く、領主の朗々たる声が響いた。堂々とした宣言に、晴人は気後れしてしまう。
「おお、やはり! 神子様、ありがとうございます!」
あわてたようにガチャガチャと鍵を回す音が聞こえてきた。この地下牢から解き放たれるようだ。
だが晴人はルイスとどう対峙してよいのかわからず、怯んでしまう。セイの姿を探し求めるが、やはり暗くてよくわからない。
「大丈夫だよ、僕がついている」
柔らかい声が晴人の心を落ち着かせてくれる。姿は見えないが、晴人を勇気付けようと触れてくれているのがわかった。
セイは晴人に触れてもすり抜けてしまい、晴人にも感触はわからない。それなのに、セイの温もりを感じるような気がするのだ。
晴人は頷いて、寝台から離れて扉に向かった。
扉が開き、差し込んできた明かりに晴人は目を細める。よく目を凝らせば、ルイスと兵士たちの姿が見えた。
「神子様はお疲れだ。休ませてさしあげろ。息子よ、おまえとは早めに話し合っておきたいことがある。私もいつ何時、また今回のように領主としての役目を果たせなくなるかわかったものではない。今のうちに領主の心得を教えておきたい」
威厳のある声で領主が言い放つ。
明かりに照らされた領主は、まるで熊のようだった。立派な体躯に伸び放題の髭が晴人の目に入ってくる。
本当に魔物化していたわけではなくてよかったと、晴人は胸をなでおろす。
「父上! 正気に戻られたのですね。さすが神子様でございます。ありがとうございます、本当にありがとうございます!」
感激した様子で、ルイスは何度も晴人に礼を言う。どう答えてよいかわからず、晴人はただ曖昧に頷くだけだった。
ルイスへの正体の見えない恐怖とわずかな憐憫、そして気づいてしまった未来への不安を抱えながら、晴人は地下を後にした。
しんと静まり返った部屋の中、何となく晴人も息をつめてじっとしてしまう。領主に聞かれると思えば、セイに話しかけることもできない。
セイと話せないことが不安で、寂しい。
一人暮らしが長い晴人は、一人でいることには慣れていたはずなのに、たった一週間程度セイと一緒にいただけで、もうセイがいる生活が当たり前になってしまっている。
独り言を言う癖は、おそらく寂しさを紛らわせるために始まったのだろう。
返事など期待しない呟きに、あるはずのない返事があったとき、晴人の心には静かな喜びが泉のようにあふれてきた。
一人ではないことが、嬉しかった。一人には慣れていると思っていたが、本当は誰かにいてほしかったのだ。
セイは晴人を一人にはしないと言ってくれた。
実際、晴人が勝手に怒って口をきかなくなったときでも、セイはどこかに行ってしまうことなどなかった。
今も、声こそ聞こえないものの、近くにいてくれているだろう。
セイが側にいてくれると思えば、今の暗い部屋に閉じ込められた状況でも、晴人の心は安らぎに満たされた。
ところが、ふと気づく。
早いか遅いかはともかく、確実に晴人はゲームクリアに近づいている。ゲームクリアとはすなわち元の世界に帰ることで、セイはこの世界の住人だ。
つまり、ゲームクリアはセイとの別れでもある。
そのことに思い至った途端、晴人は不意に水を浴びたように心が震えた。嫌だ、と胸の奥が悲鳴をあげる。
「うっ……」
涙まで出てきてしまった。嗚咽がもれそうで、晴人は寝台に突っ伏して声を押し殺す。
「ハルト、どうしたんだい? 大丈夫?」
心配そうなセイの声が降ってきた。やはり、近くにいてくれたのだ。
晴人の胸は喜びと悲しみが入り混じり、よけいに涙があふれてきそうだった。今、優しい声などかけないでほしい。
突っ伏したままの晴人を心配そうに伺うセイの気配がする。こうして側にいてくれることが嬉しく、そしてつらい。
しばし晴人は自らの物思いに浸っていたが、静かな世界を打ち破る音が聞こえた。
「神子様、父上、お加減はいかがですか?」
ルイスの声だった。朝になり、迎えに来たのだろう。
晴人は突っ伏していた顔を上げ、声のした方向に顔を向けた。
「息子よ、迷惑をかけたようだな。神子様のお力により、私は穢れから解き放たれた」
晴人が何か言うよりも早く、領主の朗々たる声が響いた。堂々とした宣言に、晴人は気後れしてしまう。
「おお、やはり! 神子様、ありがとうございます!」
あわてたようにガチャガチャと鍵を回す音が聞こえてきた。この地下牢から解き放たれるようだ。
だが晴人はルイスとどう対峙してよいのかわからず、怯んでしまう。セイの姿を探し求めるが、やはり暗くてよくわからない。
「大丈夫だよ、僕がついている」
柔らかい声が晴人の心を落ち着かせてくれる。姿は見えないが、晴人を勇気付けようと触れてくれているのがわかった。
セイは晴人に触れてもすり抜けてしまい、晴人にも感触はわからない。それなのに、セイの温もりを感じるような気がするのだ。
晴人は頷いて、寝台から離れて扉に向かった。
扉が開き、差し込んできた明かりに晴人は目を細める。よく目を凝らせば、ルイスと兵士たちの姿が見えた。
「神子様はお疲れだ。休ませてさしあげろ。息子よ、おまえとは早めに話し合っておきたいことがある。私もいつ何時、また今回のように領主としての役目を果たせなくなるかわかったものではない。今のうちに領主の心得を教えておきたい」
威厳のある声で領主が言い放つ。
明かりに照らされた領主は、まるで熊のようだった。立派な体躯に伸び放題の髭が晴人の目に入ってくる。
本当に魔物化していたわけではなくてよかったと、晴人は胸をなでおろす。
「父上! 正気に戻られたのですね。さすが神子様でございます。ありがとうございます、本当にありがとうございます!」
感激した様子で、ルイスは何度も晴人に礼を言う。どう答えてよいかわからず、晴人はただ曖昧に頷くだけだった。
ルイスへの正体の見えない恐怖とわずかな憐憫、そして気づいてしまった未来への不安を抱えながら、晴人は地下を後にした。
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