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48.別れの予感1
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部屋の奥、闇の向こうから何かが動く気配がする。
晴人は恐怖に身をすくませながらも、腰の短剣に手を伸ばした。どうにか魔物を浄化しなくては、晴人の身が危ない。
しかし短剣の柄に触れる手はぶるぶると震え、やっとのことで握ろうとしても力が入らない。どうにか両手で握り締めて鞘から引き抜いたが、持ち上げようとして短剣を落としてしまった。
カラン、と音をたてて短剣は床に転がる。
この暗闇ではどこにいってしまったか、すぐにはわからない。唯一の武器を失ってしまい、晴人の胸には絶望だけがわきあがってくる。
逃げ出したいが、逃げ道はない。晴人は石のように硬直したまま、動けなかった。
「……神子様、だと言っていましたな。どうかご安心ください。私は魔物化などしておりません」
ところが闇の奥から響いたのは理性的な声だった。
晴人は硬直が解け、声の主をおそるおそる伺ってみる。
「あなたは神子様なのでしょうか?」
「は、はい……いちおう……」
続いて投げかけられた声に晴人は頷く。本当に魔物ではなく人間のようだが、まだ安心はできない。
インプだって魔物だが、会話は可能だった。セイに言わせれば会話が可能な魔物など珍しいそうだが、この相手だってその可能性はあるだろう。
「そうですか……息子がご無礼をいたしました。私はいたって正気ですし、魔物化などもってのほかです。私は人間です」
ため息のような音が響いた。
「えっと……どういうことでしょうか?」
この相手は領主で間違いはないようだ。
しかし、魔物化していないというのなら、何故このようなところに閉じ込められているのだろうか。
「お恥ずかしい話ながら、息子は少々思い込みが激しいというか……自らの価値観がすべてといったところがあります。自分を善人と思い込んでもいるのです。そんなことでは次期領主は継がせられないと叱咤すると、そのようなことを言う私は気が触れたのだ、きっと魔物化が進んでしまったに違いないと、地下牢に閉じ込められてしまったのです」
「そんな……」
晴人は呆然と呟く。
ルイスのことは穏やかで責任感のある、立派な青年だと思っていたのだ。それとも理想に燃えるあまり、目の前のことが見えなくなってしまっているというのだろうか。
「私もまさか息子がここまでするとは思わず、油断してしまいました。息子の中では、私はもう魔物化が進んでいて、話など通じないと思い込んでいるのです」
領主が深く息を吐く音だけが響く。
晴人は恐怖に身をすくませながらも、腰の短剣に手を伸ばした。どうにか魔物を浄化しなくては、晴人の身が危ない。
しかし短剣の柄に触れる手はぶるぶると震え、やっとのことで握ろうとしても力が入らない。どうにか両手で握り締めて鞘から引き抜いたが、持ち上げようとして短剣を落としてしまった。
カラン、と音をたてて短剣は床に転がる。
この暗闇ではどこにいってしまったか、すぐにはわからない。唯一の武器を失ってしまい、晴人の胸には絶望だけがわきあがってくる。
逃げ出したいが、逃げ道はない。晴人は石のように硬直したまま、動けなかった。
「……神子様、だと言っていましたな。どうかご安心ください。私は魔物化などしておりません」
ところが闇の奥から響いたのは理性的な声だった。
晴人は硬直が解け、声の主をおそるおそる伺ってみる。
「あなたは神子様なのでしょうか?」
「は、はい……いちおう……」
続いて投げかけられた声に晴人は頷く。本当に魔物ではなく人間のようだが、まだ安心はできない。
インプだって魔物だが、会話は可能だった。セイに言わせれば会話が可能な魔物など珍しいそうだが、この相手だってその可能性はあるだろう。
「そうですか……息子がご無礼をいたしました。私はいたって正気ですし、魔物化などもってのほかです。私は人間です」
ため息のような音が響いた。
「えっと……どういうことでしょうか?」
この相手は領主で間違いはないようだ。
しかし、魔物化していないというのなら、何故このようなところに閉じ込められているのだろうか。
「お恥ずかしい話ながら、息子は少々思い込みが激しいというか……自らの価値観がすべてといったところがあります。自分を善人と思い込んでもいるのです。そんなことでは次期領主は継がせられないと叱咤すると、そのようなことを言う私は気が触れたのだ、きっと魔物化が進んでしまったに違いないと、地下牢に閉じ込められてしまったのです」
「そんな……」
晴人は呆然と呟く。
ルイスのことは穏やかで責任感のある、立派な青年だと思っていたのだ。それとも理想に燃えるあまり、目の前のことが見えなくなってしまっているというのだろうか。
「私もまさか息子がここまでするとは思わず、油断してしまいました。息子の中では、私はもう魔物化が進んでいて、話など通じないと思い込んでいるのです」
領主が深く息を吐く音だけが響く。
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