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47.陰鬱な城内3
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あてがわれた部屋に戻っても、晴人は無言のままだった。セイもついてはくるものの、やはり口はきかない。
時間が経てば、晴人の怒りもだんだんさめてくる。
冷静になってくると、セイはセイで何らかの考えがあったのではないかとも思えてきた。何はどうあれ、険悪なまま一日を終えたくはない。
何か言うべきなのかとは思ったが、どうしてよいのかわからなくて、晴人は黙ったままだった。
いっそセイから一言何かあれば普通に接するのになどと、鬱々と考え込む。
沈黙だけが続く中、扉をノックする音が響いた。
返事をすれば、陰鬱な表情をしたルイスが部屋に入ってくる。
「……夜分遅くに申し訳ありません。明日にすべきとは思ったのですが、これ以上私の胸に抱えておくにはつらく、神子様におすがりするしかないと……」
「え? どうしたんですか?」
今にも倒れそうなほど思いつめたルイスを見て、晴人は反射的に問い返す。
「実は、恥ずかしながら父の病はただの病ではなく、魔物化が進んでしまったのです。領主が魔物化したなど公にできるはずもなく、ただ病で伏せっていることにして閉じ込めております。神子様は魔物化した者すら救えるとか……どうか、お助けください」
ルイスは晴人の足下に身を投げ出して懇願する。
晴人は突然のルイスの態度に面食らったものの、心では納得していた。
城の雰囲気が暗いのも、領主が魔物化してしまったというのならば当然だろう。誰もろくに口をきこうとしないのは、緘口令が敷かれているのかもしれない。
「わかりました。魔物化していても浄化できるので、安心してください」
どういう魔物になっているのかはわからないが、誰かに押さえていてもらえば短剣で浄化できるはずだ。閉じ込めてあるというのだし、どうにかなるだろう。
晴人はルイスにあわせて屈み、安心させるように笑いかける。
「ああ……やはり神子様はお姿だけではなく、お心までも美しいお方だ……! 何と慈悲深いのでしょう……!」
感激した様子でルイスは晴人を仰ぐ。くすぐったい思いをしながらも晴人はルイスを立ち上がらせ、案内を促す。
「……気をつけて」
ぼそり、と声が響いた。セイが心配そうに晴人を見つめている。
二人だけならば返事もできたし、仲直りのきっかけにもできただろうが、ルイスがいるこの場では何もできない。
晴人はただ首をそっと縦に振って頷いた。
ルイスに導かれ、晴人は城の奥へと進んでいく。
護衛の兵士らしき二人の男も一緒だ。ひんやりとした空気に包まれ、まるで地の底へと向かうような暗い階段を降りていくと、鉄のようなものでできた頑丈そうな扉があった。
扉の前でルイスは足を止める。
「父上、神子様をお連れいたしました。神子様ならば、あなたを救ってくださることでしょう」
覗き窓から声をかけると、ルイスは扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
がちゃり、と無機質な音が響き、晴人は思わずごくりと喉を鳴らす。
中は晴人たちが扉の前に到着したときから静かで、ルイスが声をかけた後も反応がない。暴れているということはないようだ。眠ってくれていることを晴人は祈る。
兵士たちが扉の横で構える中、扉は重苦しい音を立てて開いていく。
ルイスが扉の横にどけて晴人を促す。おそるおそる晴人が入り口に近づくと、背中を軽く押された。
「……っ!?」
前につんのめりそうになりながら、晴人はどうにか踏みとどまる。転ぶほどではなかったが、一人で部屋の中に入ってしまった。
ぞっと血の気が引き、背筋に冷たいものが走る。あわてて部屋から出ようとするが、扉が閉められてしまった。
がちゃり、と再び鍵をかけられる音が響き、晴人は呆然と立ち尽くす。
「……神子様、申し訳ありません。父の見苦しい姿を見たくないのです。神子様は獣の姿をした魔物にすら恩寵をお与えになろうとする、慈悲深いお方。きっと父を救ってくれることでしょう。どうかご無礼をお許しください。翌朝、迎えにまいります」
苦しそうな声を絞り出し、ルイスが足早に遠ざかっていく音が響く。声を出すこともできず、晴人は何が起こったのかわからないまま思考が停止する。
闇の奥でごそり、と何かが動く音がした。現実に引き戻され、晴人は息を飲んで後ずさりする。
晴人は暗闇の中、魔物と取り残されることになってしまったのだった。
時間が経てば、晴人の怒りもだんだんさめてくる。
冷静になってくると、セイはセイで何らかの考えがあったのではないかとも思えてきた。何はどうあれ、険悪なまま一日を終えたくはない。
何か言うべきなのかとは思ったが、どうしてよいのかわからなくて、晴人は黙ったままだった。
いっそセイから一言何かあれば普通に接するのになどと、鬱々と考え込む。
沈黙だけが続く中、扉をノックする音が響いた。
返事をすれば、陰鬱な表情をしたルイスが部屋に入ってくる。
「……夜分遅くに申し訳ありません。明日にすべきとは思ったのですが、これ以上私の胸に抱えておくにはつらく、神子様におすがりするしかないと……」
「え? どうしたんですか?」
今にも倒れそうなほど思いつめたルイスを見て、晴人は反射的に問い返す。
「実は、恥ずかしながら父の病はただの病ではなく、魔物化が進んでしまったのです。領主が魔物化したなど公にできるはずもなく、ただ病で伏せっていることにして閉じ込めております。神子様は魔物化した者すら救えるとか……どうか、お助けください」
ルイスは晴人の足下に身を投げ出して懇願する。
晴人は突然のルイスの態度に面食らったものの、心では納得していた。
城の雰囲気が暗いのも、領主が魔物化してしまったというのならば当然だろう。誰もろくに口をきこうとしないのは、緘口令が敷かれているのかもしれない。
「わかりました。魔物化していても浄化できるので、安心してください」
どういう魔物になっているのかはわからないが、誰かに押さえていてもらえば短剣で浄化できるはずだ。閉じ込めてあるというのだし、どうにかなるだろう。
晴人はルイスにあわせて屈み、安心させるように笑いかける。
「ああ……やはり神子様はお姿だけではなく、お心までも美しいお方だ……! 何と慈悲深いのでしょう……!」
感激した様子でルイスは晴人を仰ぐ。くすぐったい思いをしながらも晴人はルイスを立ち上がらせ、案内を促す。
「……気をつけて」
ぼそり、と声が響いた。セイが心配そうに晴人を見つめている。
二人だけならば返事もできたし、仲直りのきっかけにもできただろうが、ルイスがいるこの場では何もできない。
晴人はただ首をそっと縦に振って頷いた。
ルイスに導かれ、晴人は城の奥へと進んでいく。
護衛の兵士らしき二人の男も一緒だ。ひんやりとした空気に包まれ、まるで地の底へと向かうような暗い階段を降りていくと、鉄のようなものでできた頑丈そうな扉があった。
扉の前でルイスは足を止める。
「父上、神子様をお連れいたしました。神子様ならば、あなたを救ってくださることでしょう」
覗き窓から声をかけると、ルイスは扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
がちゃり、と無機質な音が響き、晴人は思わずごくりと喉を鳴らす。
中は晴人たちが扉の前に到着したときから静かで、ルイスが声をかけた後も反応がない。暴れているということはないようだ。眠ってくれていることを晴人は祈る。
兵士たちが扉の横で構える中、扉は重苦しい音を立てて開いていく。
ルイスが扉の横にどけて晴人を促す。おそるおそる晴人が入り口に近づくと、背中を軽く押された。
「……っ!?」
前につんのめりそうになりながら、晴人はどうにか踏みとどまる。転ぶほどではなかったが、一人で部屋の中に入ってしまった。
ぞっと血の気が引き、背筋に冷たいものが走る。あわてて部屋から出ようとするが、扉が閉められてしまった。
がちゃり、と再び鍵をかけられる音が響き、晴人は呆然と立ち尽くす。
「……神子様、申し訳ありません。父の見苦しい姿を見たくないのです。神子様は獣の姿をした魔物にすら恩寵をお与えになろうとする、慈悲深いお方。きっと父を救ってくれることでしょう。どうかご無礼をお許しください。翌朝、迎えにまいります」
苦しそうな声を絞り出し、ルイスが足早に遠ざかっていく音が響く。声を出すこともできず、晴人は何が起こったのかわからないまま思考が停止する。
闇の奥でごそり、と何かが動く音がした。現実に引き戻され、晴人は息を飲んで後ずさりする。
晴人は暗闇の中、魔物と取り残されることになってしまったのだった。
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