貞操を守りぬけ!

四葉 翠花

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37.戻りたくない3

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 セイと二人の旅に戻り、晴人は街道を歩いていく。
 今までよりもずっと身体が軽く感じられた。ここ数日は短剣で人々を浄化していたから、少しはレベルアップしたのかもしれない。

「お疲れ様」

 足取りも軽く歩みを進めていたところ、突然頭上から声が降ってきた。
 何事かと思って見上げれば、あの美少女のようなインプが空に浮かんでいる。
 インプはゆっくりと地上に降り、細い足で土を踏みしめた。

「あの神殿長、不思議な考え方をする人だったでしょ? でも、問題なく終わったようでよかったね」

 愛らしく小首を傾げてインプが晴人を見上げてくる。

「……きみは、どうして神殿長のことを知っているんだ?」

 神殿長に気をつけろという忠告を送ってきたのは、このインプだ。
 実際には気をつけたものの、さほど生かせずに終わってしまったのだが、それよりも何故そういった忠告をしてきたのだろうか。
 神殿長とインプの間に、どういった接点があるというのだろう。

「ひみつー」

 ケラケラと笑いながらインプははぐらかす。妙に上機嫌な様子だった。
 晴人はもしかしてと思いながら、インプの瞳を見てみる。色は、黒だった。正確には濃い茶色だろうか。
 シオンの弟であるリオンは金色の瞳だというが、どうも違うようだ。

「どうしたの? じっとオレのこと見ちゃって。もしかして惚れちゃった?」

 からかうようにインプが形の良い口元に笑みを刻む。

「へ……? い、いや、そんなんじゃ……!」

 キモい、こっちを見るななどという言葉が続くに違いない。モテない男のサガでそう思い、晴人はあわてて首を横に振って否定する。

「なぁんだ。オレ、あんたなら別にいいのに。前はひどく振られちゃったけど、あの続きをこれからしたいって言ったら、どうする?」

 ところがインプが口にしたのは、晴人の予想とはまったく違う言葉だった。

「え……ええっ!?」

 扇情的な流し目まで送られ、晴人の思考回路は停止した。可愛らしい子悪魔のような――というか、実際に魔物だ――含みのある笑みを浮かべたインプの姿だけが目に映る。
 このインプは男だ。でも、可愛い。見た目はほとんど美少女にしか見えないのだし、股間についているものにさえ目をやらなければ、意外といけるのではないだろうか。
 晴人の思考は歯車が噛み合わないまま動き始め、身体の中心に熱を送り込もうとしていた。

「あ……でも、あんたとヤったら浄化されちゃうのか。じゃあ、やっぱりやーめた」

 晴人を煽っておきながら、インプはあっさりと前言を覆す。

「……そう」

 胸のうちに浮かぶのが失望なのか安心なのか、よくわからない。ただもやもやとした不快感だけが晴人の中に残った。
 やはりこれは魔物だ。人を振り回す存在なのだろう。
 悶々とした気分を打ち払おうと晴人は頭を振るが、そこでふと疑問が浮かんできた。

 今までセイから聞いた話だと、魔物を浄化するのは良いことのようだった。人々だって魔物化を防ぐために神殿を訪れている。
 それなのに、インプは浄化されたくないのだろうか。

「浄化されるのが嫌なの?」

 晴人が質問を投げかけると、上機嫌だったインプの表情が曇った。軽く眉を寄せ、口を引き結ぶ。

「……イヤだね」

 ぷい、とそっぽを向きながらインプは吐き捨てる。

「えっと、浄化しても死ぬわけじゃないよ。俺、前に魔物化した人を浄化したこともあるけれど、元どおり人間に戻ったよ」

 もしかしたら、浄化が自らの死に繋がると思っているのだろうか。晴人はそうではないことを説明するが、インプの顔は晴れない。

「……だから、困るんじゃないか。今さら戻りたくなんてないよ」

 晴人から視線をそらしたまま答えると、インプは背中の翼を広げた。そのまま逃げるように空中へと舞い上がっていく。

 以前と同じように飛び去ってしまうのだろうかと晴人は見上げたが、インプは空中でいったん動きを止めると、晴人の足下に向かって小さな石のようなものを投げ捨てた。

「……それ、この近くで魔晶石になりかけていたやつ。拾ったけど、いらないから捨てる。放っておいたら魔素が固まって、この近くの町に被害がいくかもね。オレにはどうでもいいことだけど、あんたが何かしたいんだったら、好きにすれば?」

 不機嫌そうなまま言い捨てると、今度こそインプは飛び去っていった。
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