37 / 90
37.戻りたくない3
しおりを挟む
セイと二人の旅に戻り、晴人は街道を歩いていく。
今までよりもずっと身体が軽く感じられた。ここ数日は短剣で人々を浄化していたから、少しはレベルアップしたのかもしれない。
「お疲れ様」
足取りも軽く歩みを進めていたところ、突然頭上から声が降ってきた。
何事かと思って見上げれば、あの美少女のようなインプが空に浮かんでいる。
インプはゆっくりと地上に降り、細い足で土を踏みしめた。
「あの神殿長、不思議な考え方をする人だったでしょ? でも、問題なく終わったようでよかったね」
愛らしく小首を傾げてインプが晴人を見上げてくる。
「……きみは、どうして神殿長のことを知っているんだ?」
神殿長に気をつけろという忠告を送ってきたのは、このインプだ。
実際には気をつけたものの、さほど生かせずに終わってしまったのだが、それよりも何故そういった忠告をしてきたのだろうか。
神殿長とインプの間に、どういった接点があるというのだろう。
「ひみつー」
ケラケラと笑いながらインプははぐらかす。妙に上機嫌な様子だった。
晴人はもしかしてと思いながら、インプの瞳を見てみる。色は、黒だった。正確には濃い茶色だろうか。
シオンの弟であるリオンは金色の瞳だというが、どうも違うようだ。
「どうしたの? じっとオレのこと見ちゃって。もしかして惚れちゃった?」
からかうようにインプが形の良い口元に笑みを刻む。
「へ……? い、いや、そんなんじゃ……!」
キモい、こっちを見るななどという言葉が続くに違いない。モテない男のサガでそう思い、晴人はあわてて首を横に振って否定する。
「なぁんだ。オレ、あんたなら別にいいのに。前はひどく振られちゃったけど、あの続きをこれからしたいって言ったら、どうする?」
ところがインプが口にしたのは、晴人の予想とはまったく違う言葉だった。
「え……ええっ!?」
扇情的な流し目まで送られ、晴人の思考回路は停止した。可愛らしい子悪魔のような――というか、実際に魔物だ――含みのある笑みを浮かべたインプの姿だけが目に映る。
このインプは男だ。でも、可愛い。見た目はほとんど美少女にしか見えないのだし、股間についているものにさえ目をやらなければ、意外といけるのではないだろうか。
晴人の思考は歯車が噛み合わないまま動き始め、身体の中心に熱を送り込もうとしていた。
「あ……でも、あんたとヤったら浄化されちゃうのか。じゃあ、やっぱりやーめた」
晴人を煽っておきながら、インプはあっさりと前言を覆す。
「……そう」
胸のうちに浮かぶのが失望なのか安心なのか、よくわからない。ただもやもやとした不快感だけが晴人の中に残った。
やはりこれは魔物だ。人を振り回す存在なのだろう。
悶々とした気分を打ち払おうと晴人は頭を振るが、そこでふと疑問が浮かんできた。
今までセイから聞いた話だと、魔物を浄化するのは良いことのようだった。人々だって魔物化を防ぐために神殿を訪れている。
それなのに、インプは浄化されたくないのだろうか。
「浄化されるのが嫌なの?」
晴人が質問を投げかけると、上機嫌だったインプの表情が曇った。軽く眉を寄せ、口を引き結ぶ。
「……イヤだね」
ぷい、とそっぽを向きながらインプは吐き捨てる。
「えっと、浄化しても死ぬわけじゃないよ。俺、前に魔物化した人を浄化したこともあるけれど、元どおり人間に戻ったよ」
もしかしたら、浄化が自らの死に繋がると思っているのだろうか。晴人はそうではないことを説明するが、インプの顔は晴れない。
「……だから、困るんじゃないか。今さら戻りたくなんてないよ」
晴人から視線をそらしたまま答えると、インプは背中の翼を広げた。そのまま逃げるように空中へと舞い上がっていく。
以前と同じように飛び去ってしまうのだろうかと晴人は見上げたが、インプは空中でいったん動きを止めると、晴人の足下に向かって小さな石のようなものを投げ捨てた。
「……それ、この近くで魔晶石になりかけていたやつ。拾ったけど、いらないから捨てる。放っておいたら魔素が固まって、この近くの町に被害がいくかもね。オレにはどうでもいいことだけど、あんたが何かしたいんだったら、好きにすれば?」
不機嫌そうなまま言い捨てると、今度こそインプは飛び去っていった。
今までよりもずっと身体が軽く感じられた。ここ数日は短剣で人々を浄化していたから、少しはレベルアップしたのかもしれない。
「お疲れ様」
足取りも軽く歩みを進めていたところ、突然頭上から声が降ってきた。
何事かと思って見上げれば、あの美少女のようなインプが空に浮かんでいる。
インプはゆっくりと地上に降り、細い足で土を踏みしめた。
「あの神殿長、不思議な考え方をする人だったでしょ? でも、問題なく終わったようでよかったね」
愛らしく小首を傾げてインプが晴人を見上げてくる。
「……きみは、どうして神殿長のことを知っているんだ?」
神殿長に気をつけろという忠告を送ってきたのは、このインプだ。
実際には気をつけたものの、さほど生かせずに終わってしまったのだが、それよりも何故そういった忠告をしてきたのだろうか。
神殿長とインプの間に、どういった接点があるというのだろう。
「ひみつー」
ケラケラと笑いながらインプははぐらかす。妙に上機嫌な様子だった。
晴人はもしかしてと思いながら、インプの瞳を見てみる。色は、黒だった。正確には濃い茶色だろうか。
シオンの弟であるリオンは金色の瞳だというが、どうも違うようだ。
「どうしたの? じっとオレのこと見ちゃって。もしかして惚れちゃった?」
からかうようにインプが形の良い口元に笑みを刻む。
「へ……? い、いや、そんなんじゃ……!」
キモい、こっちを見るななどという言葉が続くに違いない。モテない男のサガでそう思い、晴人はあわてて首を横に振って否定する。
「なぁんだ。オレ、あんたなら別にいいのに。前はひどく振られちゃったけど、あの続きをこれからしたいって言ったら、どうする?」
ところがインプが口にしたのは、晴人の予想とはまったく違う言葉だった。
「え……ええっ!?」
扇情的な流し目まで送られ、晴人の思考回路は停止した。可愛らしい子悪魔のような――というか、実際に魔物だ――含みのある笑みを浮かべたインプの姿だけが目に映る。
このインプは男だ。でも、可愛い。見た目はほとんど美少女にしか見えないのだし、股間についているものにさえ目をやらなければ、意外といけるのではないだろうか。
晴人の思考は歯車が噛み合わないまま動き始め、身体の中心に熱を送り込もうとしていた。
「あ……でも、あんたとヤったら浄化されちゃうのか。じゃあ、やっぱりやーめた」
晴人を煽っておきながら、インプはあっさりと前言を覆す。
「……そう」
胸のうちに浮かぶのが失望なのか安心なのか、よくわからない。ただもやもやとした不快感だけが晴人の中に残った。
やはりこれは魔物だ。人を振り回す存在なのだろう。
悶々とした気分を打ち払おうと晴人は頭を振るが、そこでふと疑問が浮かんできた。
今までセイから聞いた話だと、魔物を浄化するのは良いことのようだった。人々だって魔物化を防ぐために神殿を訪れている。
それなのに、インプは浄化されたくないのだろうか。
「浄化されるのが嫌なの?」
晴人が質問を投げかけると、上機嫌だったインプの表情が曇った。軽く眉を寄せ、口を引き結ぶ。
「……イヤだね」
ぷい、とそっぽを向きながらインプは吐き捨てる。
「えっと、浄化しても死ぬわけじゃないよ。俺、前に魔物化した人を浄化したこともあるけれど、元どおり人間に戻ったよ」
もしかしたら、浄化が自らの死に繋がると思っているのだろうか。晴人はそうではないことを説明するが、インプの顔は晴れない。
「……だから、困るんじゃないか。今さら戻りたくなんてないよ」
晴人から視線をそらしたまま答えると、インプは背中の翼を広げた。そのまま逃げるように空中へと舞い上がっていく。
以前と同じように飛び去ってしまうのだろうかと晴人は見上げたが、インプは空中でいったん動きを止めると、晴人の足下に向かって小さな石のようなものを投げ捨てた。
「……それ、この近くで魔晶石になりかけていたやつ。拾ったけど、いらないから捨てる。放っておいたら魔素が固まって、この近くの町に被害がいくかもね。オレにはどうでもいいことだけど、あんたが何かしたいんだったら、好きにすれば?」
不機嫌そうなまま言い捨てると、今度こそインプは飛び去っていった。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで
キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────……
気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。
獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。
故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。
しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?
食べて欲しいの
夏芽玉
BL
見世物小屋から誘拐された僕は、夜の森の中、フェンリルと呼ばれる大狼に捕まってしまう。
きっと、今から僕は食べられちゃうんだ。
だけど不思議と恐怖心はなく、むしろ彼に食べられたいと僕は願ってしまって……
Tectorum様主催、「夏だ!! 産卵!! 獣BL」企画参加作品です。
【大狼獣人】×【小鳥獣人】
他サイトにも掲載しています。
空が青ければそれでいい
Jekyll
BL
日々、喧嘩に明け暮れる秋山威乃はある日、学校の屋上で一人の男に出逢う。 年下とは思えぬ態度と風格の男は風間組次期後継者、風間龍大だった。 初対面のはずの龍大は威乃に対して、妙な提案を持ちかけてきて…。そして威乃の母親の失踪で動き出す、二人の関係とは。
【登場人物紹介】
秋山 威乃 Ino Akiyama
目が大きく、可愛らしいというフレーズのピッタリな顔付きをしている女顔である。
だが、その見た目にそぐわず喧嘩っ早く腕っ節も強い。
Height:168/Weight:51/Age:18
風間 龍大Ryudai Kazama
仁流会会長風間組組長、風間龍一の嫡男。
非常に難しい性格をしていて、感情を全く表に出さない上に言葉数が少ないのでコミュニュケーションを取るのが難しい男。
Height:188/Weight:80/Age:17
名取 春一Haruichi Natori
通称ハル。威乃の親友で幼馴染み。腕っ節も強く喧嘩っ早い。
もともと目付きが悪いので、すぐに喧嘩を売られる。
Height:174/Weight:60/Age:18
沢木 彰信Akinobu Sawaki
威乃とハルの幼馴染み。
風間 龍一Ryuichi Kazama
仁流会会長、風間組組長
梶原 秀治Syuji Kaziwara
仁流会鬼塚組若頭補佐。龍大の教育係でもある。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる