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29.罠1
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シオンが去ってからほどなくして、晴人は神殿長から夕食の席に招かれた。
場所は神殿長の私室のようで、すっきりと片付けられた部屋だった。
可愛らしい野花が飾られた食卓には、温かそうな湯気を立てるスープやパン、カットされた果物が並べられている。ささやかながら肉料理や魚料理らしきものもあった。
「ささやかではございますが、どうぞお召し上がりください」
神殿長に促され、晴人はスープに手をつける。
あっさりとした味わいなのだが、じんわりと後味がにじんでくる。急いで食べるのがもったいないような深いうまみだった。
「美味しい……!」
感嘆の声をもらせば、神殿長は嬉しそうに微笑んでもっと召し上がってくださいとすすめてくる。
晴人は素直に神殿長の言葉に従い、次々と料理に手を伸ばす。
部屋にいるのは晴人と神殿長、そしてセイだけだ。
セイは食事を必要としないので、晴人と神殿長だけが食事に手をつけるのだが、ほとんど晴人一人でたいらげていった。
途中でこれはまずいのではないだろうかと手を止めようとしたところ、神殿長にまだおかわりもありますと微笑まれたので、再び遠慮なく味わっていく。
やがて晴人の腹も満たされ、お茶を飲みながら一息ついた。
「……そうだ、さっきシオンさんから弟のリオン君が行方不明だという話を聞いたんですが……」
晴人が切り出すと、神殿長は柔和な顔を曇らせた。
「そうですか……シオンはこの神殿でも随一の力の主で、弟の潜在能力も見事なものでした。そのため、他の神殿からどうしても欲しいと懇願され、断れなかったのです。ですが、その後もいろいろな神殿を転々とすることになってしまい、今では連絡も取れず……申し訳ないことをしてしまいました」
この世界には電話もメールもない。連絡手段は口伝えか手紙くらいのようだ。人探しは難しいだろう。
「わたくしがもっと……道を誤ることなく、正しく身を持すことができていれば、あのようなことにはならなかったものを……自らの愚かさが情けないばかりです」
苦しそうに俯きながら、神殿長は声を絞り出す。
あまりな神殿長の言葉に、晴人は驚いてすぐには何も言えなかった。
セイから聞いたかぎりでは、神殿をたらいまわしにされることだっておかしくはないという。特に力が強いのならば、どこでも引っ張りだこだ、と。
潜在能力が見事だというのだから、やはり力は強かったのだろう。
それならば他の神殿から請われることだって、当たり前のことではないだろうか。
結果として行方知れずになったとはいえ、神殿長がそれほど自分を責めることだとは晴人には思えなかった。
「……さっき、聖娼の子たちから神殿長さんの話も聞きましたけれど、みんな神殿長さんのことを慕っているようでした。他の神殿では聖娼に無理をさせるところもあるけれど、神殿長さんはそんなことはしないでみんなのことを考えてくれているって。だから、きっとリオン君のことだって仕方がないことだったんじゃないでしょうか」
神殿長がつらそうで、晴人は精一杯の励ましを送ろうとする。
ところが、神殿長の表情はますます翳っていく。いっそ悲痛ともいえるほどだった。
「……わたくしは、そのような立派な人間ではないのです」
ぼそり、と神殿長が暗い声で呟く。
場所は神殿長の私室のようで、すっきりと片付けられた部屋だった。
可愛らしい野花が飾られた食卓には、温かそうな湯気を立てるスープやパン、カットされた果物が並べられている。ささやかながら肉料理や魚料理らしきものもあった。
「ささやかではございますが、どうぞお召し上がりください」
神殿長に促され、晴人はスープに手をつける。
あっさりとした味わいなのだが、じんわりと後味がにじんでくる。急いで食べるのがもったいないような深いうまみだった。
「美味しい……!」
感嘆の声をもらせば、神殿長は嬉しそうに微笑んでもっと召し上がってくださいとすすめてくる。
晴人は素直に神殿長の言葉に従い、次々と料理に手を伸ばす。
部屋にいるのは晴人と神殿長、そしてセイだけだ。
セイは食事を必要としないので、晴人と神殿長だけが食事に手をつけるのだが、ほとんど晴人一人でたいらげていった。
途中でこれはまずいのではないだろうかと手を止めようとしたところ、神殿長にまだおかわりもありますと微笑まれたので、再び遠慮なく味わっていく。
やがて晴人の腹も満たされ、お茶を飲みながら一息ついた。
「……そうだ、さっきシオンさんから弟のリオン君が行方不明だという話を聞いたんですが……」
晴人が切り出すと、神殿長は柔和な顔を曇らせた。
「そうですか……シオンはこの神殿でも随一の力の主で、弟の潜在能力も見事なものでした。そのため、他の神殿からどうしても欲しいと懇願され、断れなかったのです。ですが、その後もいろいろな神殿を転々とすることになってしまい、今では連絡も取れず……申し訳ないことをしてしまいました」
この世界には電話もメールもない。連絡手段は口伝えか手紙くらいのようだ。人探しは難しいだろう。
「わたくしがもっと……道を誤ることなく、正しく身を持すことができていれば、あのようなことにはならなかったものを……自らの愚かさが情けないばかりです」
苦しそうに俯きながら、神殿長は声を絞り出す。
あまりな神殿長の言葉に、晴人は驚いてすぐには何も言えなかった。
セイから聞いたかぎりでは、神殿をたらいまわしにされることだっておかしくはないという。特に力が強いのならば、どこでも引っ張りだこだ、と。
潜在能力が見事だというのだから、やはり力は強かったのだろう。
それならば他の神殿から請われることだって、当たり前のことではないだろうか。
結果として行方知れずになったとはいえ、神殿長がそれほど自分を責めることだとは晴人には思えなかった。
「……さっき、聖娼の子たちから神殿長さんの話も聞きましたけれど、みんな神殿長さんのことを慕っているようでした。他の神殿では聖娼に無理をさせるところもあるけれど、神殿長さんはそんなことはしないでみんなのことを考えてくれているって。だから、きっとリオン君のことだって仕方がないことだったんじゃないでしょうか」
神殿長がつらそうで、晴人は精一杯の励ましを送ろうとする。
ところが、神殿長の表情はますます翳っていく。いっそ悲痛ともいえるほどだった。
「……わたくしは、そのような立派な人間ではないのです」
ぼそり、と神殿長が暗い声で呟く。
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