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25.選択肢1
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聖娼たちは、晴人ならば舌がもつれてしまいそうなほどのうやうやしい言葉を浴びせかけてくる。
さすがに耐え切れず、晴人はもっと普通に話してくれと懇願した。
聖娼たちは顔を見合わせて戸惑ったものの、どうにか晴人にも理解できる程度の敬語まで落としてくれた。
「神子様は気さくなお方なのですね」
この場にいる聖娼たちのリーダーらしい少年が、穏やかに微笑む。
「いや、はは……」
晴人はごまかすように笑いながら、居心地の悪さを噛み締める。
自分のほうが彼らよりも年上のはずだが、彼らのほうがよほどしっかりしていそうだ。
「ええと……きみたちは聖娼なんだよね。最近、お仕事はどう?」
どうにか話題を作らねばと、晴人は思いついたことを尋ねてみる。
口にした直後、何というばかばかしい質問だろうかと後悔したが、もう遅い。
「最近は魔素が濃くなっているようで、神殿を訪れる人も増えています。僕たちも本当ならまだ見習いだったのですけれど、いち早く仕事を任されるようになりました」
晴人の後悔をよそに、聖娼の少年は真面目に答える。
「本当は見習いだったんだ……早くから仕事をすることになって、大変じゃない?」
仕事というのは、つまり男に抱かれることだろう。
魔素を浄化するという尊い行為らしいが、やはり晴人には受け入れがたい。晴人よりも年若い少年たちの境遇を思えば、心には同情がわきあがってくる。
「正直に申し上げれば、まだ慣れずにとまどうこともありますけれど……でも、魔素の浄化は僕たち聖娼にしかできないお役目です。皆様のお役に立てることは喜びであり、僕は自らを誇りに思っています」
きっぱりと言い切った少年を、晴人はあっけに取られながら眺める。口調にも瞳にも、迷いが見当たらない。
晴人はとたんに自分が小さく思えてきた。同情するなど、いったい何様のつもりだったのだろうか。この少年は自らの足でしっかりと立っているではないか。
いくら年下だろうと自らの仕事に誇りを持っている少年と、未だ就職活動でお祈りメールしかもらえない晴人では歴然の差がある。そもそも、晴人はこれほどはっきりとした意思を持って就職活動に臨んでなどいなかった。
どうしてお祈りメールしかもらえず、内定に手が届かないのか、少しだけわかったような気がした。晴人は目を伏せ、唇を噛み締める。
「あ……申し訳ございません。もちろん魔素の浄化は、僕たちなど神子様の足下にも及びません。神子様をのぞけば僕たち聖娼だけ、という意味です。どうかお許しください……」
晴人の様子がおかしいことに気づいた少年は、原因を勘違いしてしまったようだ。怯えたように許しを請う。
「へ? ……あ、ああ、ごめん! 怒ってないから! ちょっと違うことで考えこんじゃって……きみは何も悪くないから!」
あわてて晴人は言い繕い、手と首を左右に激しく振る。激しく否定する晴人を見て、少年もほっとした様子だった。
「ただ、最近は忙しくって大変っていうのは本当です。僕たちはまだ若いからって、結構休ませてもらえるし、神殿長様も気を遣ってくださいます。よその神殿では、聖娼の体調が悪くても無理をさせるところもあるって聞いていますけれど、ここはそんなことありません。だから、まだ何とかやっていけます」
別の少年が口を開く。今まで話していたリーダーらしい少年よりもやや幼いようだが、やはり晴人よりもしっかりしているように思えた。
「そうなんだ。やっぱり忙しいんだね」
晴人が頷くと、残る少年たちも顔を見合わせ、晴人に話しかけようとする。
「うちの神殿長様は、元聖娼だったんです。今でもそのときのお気持ちを忘れず、僕たちにも優しくしてくれます。よその神殿の悪い話を聞くと、ここに来ることができてよかったって思います」
「神殿長様は農園の管理もなさっていて、そこで採れる作物は評判がいいんですよ」
「あ、そうだ! 神殿長様がお作りになった飲み物があるから、神子様にお持ちしますね!」
だんだん少年たちもくだけてきたようだ。晴人が恐ろしい相手ではないとわかってきたのだろう。それなりの敬意は払われているので、見くびられているわけではないらしいことに晴人はこっそり安堵する。
無邪気に話しかけてくる彼らの姿を見て、晴人も微笑ましく思いながら耳を傾けるのだった。
さすがに耐え切れず、晴人はもっと普通に話してくれと懇願した。
聖娼たちは顔を見合わせて戸惑ったものの、どうにか晴人にも理解できる程度の敬語まで落としてくれた。
「神子様は気さくなお方なのですね」
この場にいる聖娼たちのリーダーらしい少年が、穏やかに微笑む。
「いや、はは……」
晴人はごまかすように笑いながら、居心地の悪さを噛み締める。
自分のほうが彼らよりも年上のはずだが、彼らのほうがよほどしっかりしていそうだ。
「ええと……きみたちは聖娼なんだよね。最近、お仕事はどう?」
どうにか話題を作らねばと、晴人は思いついたことを尋ねてみる。
口にした直後、何というばかばかしい質問だろうかと後悔したが、もう遅い。
「最近は魔素が濃くなっているようで、神殿を訪れる人も増えています。僕たちも本当ならまだ見習いだったのですけれど、いち早く仕事を任されるようになりました」
晴人の後悔をよそに、聖娼の少年は真面目に答える。
「本当は見習いだったんだ……早くから仕事をすることになって、大変じゃない?」
仕事というのは、つまり男に抱かれることだろう。
魔素を浄化するという尊い行為らしいが、やはり晴人には受け入れがたい。晴人よりも年若い少年たちの境遇を思えば、心には同情がわきあがってくる。
「正直に申し上げれば、まだ慣れずにとまどうこともありますけれど……でも、魔素の浄化は僕たち聖娼にしかできないお役目です。皆様のお役に立てることは喜びであり、僕は自らを誇りに思っています」
きっぱりと言い切った少年を、晴人はあっけに取られながら眺める。口調にも瞳にも、迷いが見当たらない。
晴人はとたんに自分が小さく思えてきた。同情するなど、いったい何様のつもりだったのだろうか。この少年は自らの足でしっかりと立っているではないか。
いくら年下だろうと自らの仕事に誇りを持っている少年と、未だ就職活動でお祈りメールしかもらえない晴人では歴然の差がある。そもそも、晴人はこれほどはっきりとした意思を持って就職活動に臨んでなどいなかった。
どうしてお祈りメールしかもらえず、内定に手が届かないのか、少しだけわかったような気がした。晴人は目を伏せ、唇を噛み締める。
「あ……申し訳ございません。もちろん魔素の浄化は、僕たちなど神子様の足下にも及びません。神子様をのぞけば僕たち聖娼だけ、という意味です。どうかお許しください……」
晴人の様子がおかしいことに気づいた少年は、原因を勘違いしてしまったようだ。怯えたように許しを請う。
「へ? ……あ、ああ、ごめん! 怒ってないから! ちょっと違うことで考えこんじゃって……きみは何も悪くないから!」
あわてて晴人は言い繕い、手と首を左右に激しく振る。激しく否定する晴人を見て、少年もほっとした様子だった。
「ただ、最近は忙しくって大変っていうのは本当です。僕たちはまだ若いからって、結構休ませてもらえるし、神殿長様も気を遣ってくださいます。よその神殿では、聖娼の体調が悪くても無理をさせるところもあるって聞いていますけれど、ここはそんなことありません。だから、まだ何とかやっていけます」
別の少年が口を開く。今まで話していたリーダーらしい少年よりもやや幼いようだが、やはり晴人よりもしっかりしているように思えた。
「そうなんだ。やっぱり忙しいんだね」
晴人が頷くと、残る少年たちも顔を見合わせ、晴人に話しかけようとする。
「うちの神殿長様は、元聖娼だったんです。今でもそのときのお気持ちを忘れず、僕たちにも優しくしてくれます。よその神殿の悪い話を聞くと、ここに来ることができてよかったって思います」
「神殿長様は農園の管理もなさっていて、そこで採れる作物は評判がいいんですよ」
「あ、そうだ! 神殿長様がお作りになった飲み物があるから、神子様にお持ちしますね!」
だんだん少年たちもくだけてきたようだ。晴人が恐ろしい相手ではないとわかってきたのだろう。それなりの敬意は払われているので、見くびられているわけではないらしいことに晴人はこっそり安堵する。
無邪気に話しかけてくる彼らの姿を見て、晴人も微笑ましく思いながら耳を傾けるのだった。
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