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21.神殿と聖娼1
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突然の出来事に理解が追いつかず、晴人はただ呆然と目の前の美少女にしか見えない姿を眺める。
黒い塊を飲み干したインプは、可愛らしい顔に満足そうな笑みを刻んでいた。
「あー、みなぎってくる感じ。気分がいいから、もうひとつおまけをあげようか。あんた、もしこの先の町に向かうつもりだったら、神殿長には気をつけなよ。いろいろと危ないからね。これはちょっとしたオレからの忠告。じゃあ、またね」
インプは背中から黒いコウモリのような翼を広げ、羽ばたいていった。
その姿が空へと消えていくのを、晴人はぼんやりと見つめることしかできなかった。
「……やられたね」
セイが悔しそうな声を吐き出す。
「い、今のはいったい……魔晶石って、普通は毒なんじゃなかったの?」
あの黒い塊が魔晶石だったのだろう。インプはあっさりと飲み込んでいたが、大丈夫だったのだろうか。
「人間にとってはね。魔物にとっては栄養になりえるよ。元の器が小さければ受け止めきれずに砕けるけれど……あのインプ、ただの低級な魔物じゃないみたいだね」
「じゃあ、あのインプはいったい……」
聖神殿で初めて会ったときは、晴人に対して従順で可愛らしかったはずだ。
突き放してしまったことにより罵られはしたが、今ほど饒舌でもなかった。たった一日で、何があったというのだろうか。
「僕にもよくわからない。今のところ敵対しようとはしていないみたいだけれど……目的もよくわからないしね。ただ、今後気をつけたほうがよさそうだ」
「うん……」
おぼろげな不安を覚えながら晴人は頷く。去り際にまたね、とインプは言っていた。つまり、また晴人の前に現れるつもりなのだろう。
「魔物や魔法使いのような相手から何かを受け取るときは、まず見返りが何かを聞いてからのほうがいい。贈り物には贈り物を返すという法則があるんだ。だから、さっきは服と引き換えに魔晶石を持っていかれた」
「ごめん……」
晴人はぼそりと謝り、うなだれる。
セイの声には怒りや苛立ちのようなものはなく、ただ淡々としていた。それがかえって晴人の心に突き刺さり、軽率だったと晴人は自らの行いを悔いる。
しかし、セイは首を横に振った。
「いや、止められなかった僕が悪い。きみはそんなこと、知る由もないからね。今度から、危なさそうなときはなるべく早く僕が忠告するよ」
「……うん、お願いする」
少し気を取り直し、晴人は頷いた。魔物や魔法使いのような相手と対峙したときは気をつけようと心に刻む。
「魔晶石はここだけじゃないし、それだけが強くなる方法でもない。この沼地も浄化されたことだし、気を取り直して次に進もう」
「うん。……あ」
セイの言葉に同意して進もうとした晴人だったが、大切なことを思い出して思わず声を漏らす。
動き出そうとしていたらしいセイが首を傾げた。
「どうしたの?」
「この服、着ても大丈夫かな」
インプからもらった服は晴人の肩にかかったままだ。
見たところ、何の変哲も無い布の服のようだが、着られるのだろうか。問題がないのなら、さっさと着替えたいところだ。
今の全裸に近い状態では、人のいる場所になど行けそうにない。
「……そうだね、普通の服だから大丈夫だよ。ただ、そのままの格好のほうが色っぽくていいんじゃないかな。いつでも男を受け入れられるしね」
内容はこれまでと同じような軽口なのだが、声の調子に暗いものがにじんでいる。
晴人はいつものように拒絶の返事をすることができなかった。
「セイ……怒ってる……?」
おそるおそる問いかけてみると、セイは晴人をしばし見つめた後、軽く首を左右に振った。
「いや、普通だよ。……仮に怒っているとしても、きみに対してじゃない。僕自身に対してだね」
黒い塊を飲み干したインプは、可愛らしい顔に満足そうな笑みを刻んでいた。
「あー、みなぎってくる感じ。気分がいいから、もうひとつおまけをあげようか。あんた、もしこの先の町に向かうつもりだったら、神殿長には気をつけなよ。いろいろと危ないからね。これはちょっとしたオレからの忠告。じゃあ、またね」
インプは背中から黒いコウモリのような翼を広げ、羽ばたいていった。
その姿が空へと消えていくのを、晴人はぼんやりと見つめることしかできなかった。
「……やられたね」
セイが悔しそうな声を吐き出す。
「い、今のはいったい……魔晶石って、普通は毒なんじゃなかったの?」
あの黒い塊が魔晶石だったのだろう。インプはあっさりと飲み込んでいたが、大丈夫だったのだろうか。
「人間にとってはね。魔物にとっては栄養になりえるよ。元の器が小さければ受け止めきれずに砕けるけれど……あのインプ、ただの低級な魔物じゃないみたいだね」
「じゃあ、あのインプはいったい……」
聖神殿で初めて会ったときは、晴人に対して従順で可愛らしかったはずだ。
突き放してしまったことにより罵られはしたが、今ほど饒舌でもなかった。たった一日で、何があったというのだろうか。
「僕にもよくわからない。今のところ敵対しようとはしていないみたいだけれど……目的もよくわからないしね。ただ、今後気をつけたほうがよさそうだ」
「うん……」
おぼろげな不安を覚えながら晴人は頷く。去り際にまたね、とインプは言っていた。つまり、また晴人の前に現れるつもりなのだろう。
「魔物や魔法使いのような相手から何かを受け取るときは、まず見返りが何かを聞いてからのほうがいい。贈り物には贈り物を返すという法則があるんだ。だから、さっきは服と引き換えに魔晶石を持っていかれた」
「ごめん……」
晴人はぼそりと謝り、うなだれる。
セイの声には怒りや苛立ちのようなものはなく、ただ淡々としていた。それがかえって晴人の心に突き刺さり、軽率だったと晴人は自らの行いを悔いる。
しかし、セイは首を横に振った。
「いや、止められなかった僕が悪い。きみはそんなこと、知る由もないからね。今度から、危なさそうなときはなるべく早く僕が忠告するよ」
「……うん、お願いする」
少し気を取り直し、晴人は頷いた。魔物や魔法使いのような相手と対峙したときは気をつけようと心に刻む。
「魔晶石はここだけじゃないし、それだけが強くなる方法でもない。この沼地も浄化されたことだし、気を取り直して次に進もう」
「うん。……あ」
セイの言葉に同意して進もうとした晴人だったが、大切なことを思い出して思わず声を漏らす。
動き出そうとしていたらしいセイが首を傾げた。
「どうしたの?」
「この服、着ても大丈夫かな」
インプからもらった服は晴人の肩にかかったままだ。
見たところ、何の変哲も無い布の服のようだが、着られるのだろうか。問題がないのなら、さっさと着替えたいところだ。
今の全裸に近い状態では、人のいる場所になど行けそうにない。
「……そうだね、普通の服だから大丈夫だよ。ただ、そのままの格好のほうが色っぽくていいんじゃないかな。いつでも男を受け入れられるしね」
内容はこれまでと同じような軽口なのだが、声の調子に暗いものがにじんでいる。
晴人はいつものように拒絶の返事をすることができなかった。
「セイ……怒ってる……?」
おそるおそる問いかけてみると、セイは晴人をしばし見つめた後、軽く首を左右に振った。
「いや、普通だよ。……仮に怒っているとしても、きみに対してじゃない。僕自身に対してだね」
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