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69.何よりの贈りもの(完)
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ここまで感情を露わにするエアイールなど、初めてだった。ここのところ気弱になっていたが、それでも表面上は優雅な五花の姿を取り繕っていたのだ。当然、人前で涙を見せるようなことなどありえない。
それだけ、孤独に苛まれていたのだろう。久しぶりに会えたネヴィルが島を去った直後なので、寂しさが大きく胸を抉ったばかりだ。
ヴァレンですら、胸にぽっかりと穴が開いたような気分なのだ。強情だが、繊細なエアイールにしてみれば、それ以上につらい思いをしていることだろう。
「ほら、落ち着けよ。目が腫れるぞ」
ヴァレンは子供をあやすようにエアイールの頭を胸に抱え、背中をそっと撫でてやる。
幼い頃から共に過ごしてきた、意固地で情が深く、白花の最高位まで上り詰めながらもどこか危ういこの相手を、放っておけなかった。
自分が傍にいることで安寧を得られるのなら、エアイールが島を出るまでは傍にいてやろうと、ヴァレンは決める。
いずれ、エアイールもミゼアスのように、誰か決まった相手を見つけて島を出て行く日が来るかもしれない。せめて、そのときまでは――
「ちょっ……苦しいです、ヴァレン……」
腕の中から悲鳴が聞こえてきて、ヴァレンははっとして腕を放す。気づかないうちに、つい力を入れてしまったようだ。
「あ、ごめん……」
「……どうかしたのですか?」
不思議そうにエアイールが問いかけてくる。涙はもう止まっていた。
しかし、エアイールの問いに対する答えをヴァレンは見つけられなかった。どうしたのか、自分でもわからないのだ。
ただ、エアイールが誰かと島を出て行くかもしれないと考えたとき、胸に棘がからみついたような不快感がわきあがってきた。何故なのか、そしてこの感情が何なのか、ヴァレンにはわからない。
「……いや、何でもない」
正体のわからない不快な気持ちに蓋をして、ヴァレンは首を横に振る。
おそらく、ヴァレンも思った以上に孤独が胸に巣食っていたのだろう。だから、エアイールが去るとしたら寂しいのだと、結論づける。
「それよりも、これから昼食を一緒に食べに行こう。俺がご馳走するよ」
思いを振り払うように、ヴァレンは明るい笑みを浮かべると、エアイールの手を引いた。
「……はい」
涙の跡を隠すように目元を指先で拭うと、エアイールも笑いながら頷く。
見習いの頃からつんと澄まして大人びていたエアイールが、当時よりもよほど幼く見える素直な笑顔を浮かべていた。
こちらも初めて見る表情だった。ヴァレンは驚きのあまり、目を見張ってしまう。
どくり、と心臓が大きく鼓動を打ったようで、ヴァレンは見慣れないものを立て続けに見たからだと、片手でそっと胸をさする。
エアイールに気づかれるのも何となく癪だったので、すぐにヴァレンはエアイールの手を引いたまま、小走りに駆け出した。一瞬だけエアイールは戸惑ったものの、すぐにヴァレンにあわせて駆け足になる。
常に優雅で、ゆったりとした動作のエアイールにしては珍しい。普段ならば、はしたないと鋭く一言が飛んできてもおかしくなかったが、今のエアイールは笑いながらヴァレンと一緒に走っていた。
先ほど感じた気持ちが何なのか、ヴァレンにはわからない。
将来が決まってしまったが、その道を選んだことによってどうなるかも、不明だ。
それでも、今はこうして幼い頃のように、海岸を走っている。ヴァレンを取り巻く状況は幼い頃とは違うが、おおもとのところはさほど変わらないのかもしれない。
隣りを走るエアイールを眺めながら、ヴァレンはこれからもなるようになると、難しい考えを放棄する。
選んだ道の先にも、きっと素晴らしい贈りものが待っているはずだ。
明るい日差しの下、ヴァレンはわきあがってくる愉快な気分に身を任せ、エアイールと共に走った。
それだけ、孤独に苛まれていたのだろう。久しぶりに会えたネヴィルが島を去った直後なので、寂しさが大きく胸を抉ったばかりだ。
ヴァレンですら、胸にぽっかりと穴が開いたような気分なのだ。強情だが、繊細なエアイールにしてみれば、それ以上につらい思いをしていることだろう。
「ほら、落ち着けよ。目が腫れるぞ」
ヴァレンは子供をあやすようにエアイールの頭を胸に抱え、背中をそっと撫でてやる。
幼い頃から共に過ごしてきた、意固地で情が深く、白花の最高位まで上り詰めながらもどこか危ういこの相手を、放っておけなかった。
自分が傍にいることで安寧を得られるのなら、エアイールが島を出るまでは傍にいてやろうと、ヴァレンは決める。
いずれ、エアイールもミゼアスのように、誰か決まった相手を見つけて島を出て行く日が来るかもしれない。せめて、そのときまでは――
「ちょっ……苦しいです、ヴァレン……」
腕の中から悲鳴が聞こえてきて、ヴァレンははっとして腕を放す。気づかないうちに、つい力を入れてしまったようだ。
「あ、ごめん……」
「……どうかしたのですか?」
不思議そうにエアイールが問いかけてくる。涙はもう止まっていた。
しかし、エアイールの問いに対する答えをヴァレンは見つけられなかった。どうしたのか、自分でもわからないのだ。
ただ、エアイールが誰かと島を出て行くかもしれないと考えたとき、胸に棘がからみついたような不快感がわきあがってきた。何故なのか、そしてこの感情が何なのか、ヴァレンにはわからない。
「……いや、何でもない」
正体のわからない不快な気持ちに蓋をして、ヴァレンは首を横に振る。
おそらく、ヴァレンも思った以上に孤独が胸に巣食っていたのだろう。だから、エアイールが去るとしたら寂しいのだと、結論づける。
「それよりも、これから昼食を一緒に食べに行こう。俺がご馳走するよ」
思いを振り払うように、ヴァレンは明るい笑みを浮かべると、エアイールの手を引いた。
「……はい」
涙の跡を隠すように目元を指先で拭うと、エアイールも笑いながら頷く。
見習いの頃からつんと澄まして大人びていたエアイールが、当時よりもよほど幼く見える素直な笑顔を浮かべていた。
こちらも初めて見る表情だった。ヴァレンは驚きのあまり、目を見張ってしまう。
どくり、と心臓が大きく鼓動を打ったようで、ヴァレンは見慣れないものを立て続けに見たからだと、片手でそっと胸をさする。
エアイールに気づかれるのも何となく癪だったので、すぐにヴァレンはエアイールの手を引いたまま、小走りに駆け出した。一瞬だけエアイールは戸惑ったものの、すぐにヴァレンにあわせて駆け足になる。
常に優雅で、ゆったりとした動作のエアイールにしては珍しい。普段ならば、はしたないと鋭く一言が飛んできてもおかしくなかったが、今のエアイールは笑いながらヴァレンと一緒に走っていた。
先ほど感じた気持ちが何なのか、ヴァレンにはわからない。
将来が決まってしまったが、その道を選んだことによってどうなるかも、不明だ。
それでも、今はこうして幼い頃のように、海岸を走っている。ヴァレンを取り巻く状況は幼い頃とは違うが、おおもとのところはさほど変わらないのかもしれない。
隣りを走るエアイールを眺めながら、ヴァレンはこれからもなるようになると、難しい考えを放棄する。
選んだ道の先にも、きっと素晴らしい贈りものが待っているはずだ。
明るい日差しの下、ヴァレンはわきあがってくる愉快な気分に身を任せ、エアイールと共に走った。
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