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59.卑怯者
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問いかけられたネヴィルの紺色の瞳が大きく見開かれ、ヴァレンを映す。しかし、ややあって驚愕の表情が収まってくると、代わりに浮かび上がってきたのは、全てを受け入れたような穏やかな微笑みだった。
「……やっぱり、きみには隠せないか」
大きく息を吐きながら、ネヴィルは呟く。
一気に年をとってしまったかのような倦怠感のなかに、安堵がにじんでいた。
「代替品ではなく、『雪月花』そのものを手に入れたいんだろう? それも最初に『風月花』を献上すると約束していた相手ではなく、売却先に乗り換えようとした。違う?」
ネヴィルの共同経営者が所有していた『風月花』は、身内が金のために売却したという話だった。その売却先が、ヴァレンを召抱えようとした残忍な男なのだろう。
寝台の上で、あの男は『風月花』と『雪月花』の双子がそろうと呟いていた。さらに、本当に不夜島の白花だったという相手のことにも触れている。
そこに、『雪月花』を求めて島にやってきたネヴィルと重なれば、結びつく。
ネヴィルは、あの残忍な男との取引のため、『雪月花』を手に入れようとしていたのだろう。
「そのとおりだよ。共同経営者は、『風月花』を献上できないとなると、僕を献上しようとこっそり働きかけていたようでね。いちおう、僕だって不夜島の四花だったから、それなりの価値はあったみたい。でも、それって僕への裏切りだよね」
乾いた笑みを浮かべ、ネヴィルはため息を漏らした。
もうこれ以上ごまかす気はないようで、ネヴィルは素直に語り出す。
「……だから僕は、突き止めた売却先に別の取引を持ちかけたんだ。一晩くらいならまだしも、今さら鎖につながれて、誰かの慰み者にはなりたくなかったからね」
「でも、あいつは『雪月花』を手に入れて、さらにネヴィルのことも慰み者にするつもりだったよ」
「……うん、そんな気はしていた。でも、もう取り返しがつかなくなっていたんだ。それどころか板ばさみになって、よりひどい状況になったかもね」
「本当にアルン君から『雪月花』を譲り受けられると思っていた?」
「……いや、きっと無理だろうと思ったよ。本当のことを言えば、この島には最期にきみとエアイールの顔を見るため、やってきたんだ。逃げ出したところで、権力者二人から逃げられるとは思えない。それなら、いっそのこと自分で……」
目を伏せるネヴィルの姿を見て、ヴァレンの胸にはやりきれない虚しさと憤りが広がっていき、ぎゅっと拳を握り締める。
「だったら……俺とエアイールに、助けてほしいって言えばよかっただろ」
「……きみやエアイールなら、わかってくれるかもしれないって甘えていたんだと思うよ。実際、きみにはこうして見抜かれたし、エアイールだって僕の様子に勘付いたみたいだった。僕は……やっぱり、卑怯者なんだよ……ごめん……」
俯いたまま、ネヴィルは震える声を紡ぐ。ぽとり、と地面に雫がこぼれ落ちた。
ヴァレンのなかに一瞬だけわきあがった激情はすぐに引いていく。軽く首を左右に振って『風月花』を片手で抱えると、ヴァレンはもう片方の腕でそっとネヴィルを抱きしめる。
「いいよ……とにかく、バカな考えはやめてくれ。そんな必要はない。乗り換えようとしている相手に、『雪月花』は交渉中だってしばらく引き延ばすといいよ。あいつ、近いうちにそんなことをやっているような元気はなくなるから」
「……やっぱり、きみには隠せないか」
大きく息を吐きながら、ネヴィルは呟く。
一気に年をとってしまったかのような倦怠感のなかに、安堵がにじんでいた。
「代替品ではなく、『雪月花』そのものを手に入れたいんだろう? それも最初に『風月花』を献上すると約束していた相手ではなく、売却先に乗り換えようとした。違う?」
ネヴィルの共同経営者が所有していた『風月花』は、身内が金のために売却したという話だった。その売却先が、ヴァレンを召抱えようとした残忍な男なのだろう。
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そこに、『雪月花』を求めて島にやってきたネヴィルと重なれば、結びつく。
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「そのとおりだよ。共同経営者は、『風月花』を献上できないとなると、僕を献上しようとこっそり働きかけていたようでね。いちおう、僕だって不夜島の四花だったから、それなりの価値はあったみたい。でも、それって僕への裏切りだよね」
乾いた笑みを浮かべ、ネヴィルはため息を漏らした。
もうこれ以上ごまかす気はないようで、ネヴィルは素直に語り出す。
「……だから僕は、突き止めた売却先に別の取引を持ちかけたんだ。一晩くらいならまだしも、今さら鎖につながれて、誰かの慰み者にはなりたくなかったからね」
「でも、あいつは『雪月花』を手に入れて、さらにネヴィルのことも慰み者にするつもりだったよ」
「……うん、そんな気はしていた。でも、もう取り返しがつかなくなっていたんだ。それどころか板ばさみになって、よりひどい状況になったかもね」
「本当にアルン君から『雪月花』を譲り受けられると思っていた?」
「……いや、きっと無理だろうと思ったよ。本当のことを言えば、この島には最期にきみとエアイールの顔を見るため、やってきたんだ。逃げ出したところで、権力者二人から逃げられるとは思えない。それなら、いっそのこと自分で……」
目を伏せるネヴィルの姿を見て、ヴァレンの胸にはやりきれない虚しさと憤りが広がっていき、ぎゅっと拳を握り締める。
「だったら……俺とエアイールに、助けてほしいって言えばよかっただろ」
「……きみやエアイールなら、わかってくれるかもしれないって甘えていたんだと思うよ。実際、きみにはこうして見抜かれたし、エアイールだって僕の様子に勘付いたみたいだった。僕は……やっぱり、卑怯者なんだよ……ごめん……」
俯いたまま、ネヴィルは震える声を紡ぐ。ぽとり、と地面に雫がこぼれ落ちた。
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