54 / 69
54.再び
しおりを挟む
靄の中から現れたミゼアスに駆け寄り、たとえ夜明けの霧が作り出した幻影でも構わないとばかりに、ヴァレンは抱きつく。しかし、幻影ではありえない温もりがヴァレンを包み込み、そっと手が添えられた。
「ヴァレン……よかった、間に合ったみたいだね」
優しい声が、ヴァレンのすぐ傍で響く。
「ミゼアス兄さん……」
話したいことはいくらでもあるはずなのだが、ヴァレンは何も言うことができなかった。ミゼアスの胸に顔を埋め、ただミゼアスの名を呼ぶ。
「夜明け前に目が覚めたんだけれど、しばらくしてきみがいないことに気づいてね。昔からきみは海岸が好きだったし、もしかしたら……と思って来てみたんだ。でも、もう島に戻るんだね」
ミゼアスはヴァレンの頭を撫でながら、穏やかに語りかける。
「はい……ご挨拶に行かなきゃいけなかったのに、申し訳ありません……」
「いいんだよ。きみには、何か事情があるんだろう? きみのほうが大変なんだから、僕に気を遣う必要なんてないよ。僕は、きみにお礼を言うべき立場であって、文句など何も言えやしないよ」
そのまま、しばしヴァレンはミゼアスの温もりを味わった。
ミゼアスは余計なことを尋ねることもなく、ヴァレンのことを信用してくれている。言葉などなくとも、ヴァレンはミゼアスの心が伝わってくるようで、何も言うことなく温もりに包まれた。
「ああ……そうだ。アルン、ブラム、コリンに手紙を書いたんだ。渡しておいてもらえるかい?」
やがて名残惜しく思いながらもヴァレンが身を離すと、ミゼアスは四通の手紙を取り出してヴァレンに渡す。
「はい、わかりました。でも、一通多くないですか?」
受け取りながら、ヴァレンは首を傾げる。
見習い三人衆に宛てたものならば三通のはずだと思いながら手紙の宛て先に視線を走らせると、一通はヴァレンの名が記されていた。
「ひとつは、きみ宛てだよ。まあ、たいしたことは書いていないけどね」
ミゼアスはくすりと笑う。
「……ありがとうございます」
胸の奥が静かに震えるのを感じながら、ヴァレンは手紙をそっと服のかくしにしまう。
連絡事項としての手紙は、ミゼアスが島にいる頃から幾度となくもらったことがあるが、そうでないものは初めてだ。何が書いてあるのだろうかと、不安と高揚感に包まれる。
「さて、そろそろよいか?」
重々しい声が、時間切れを告げる。
ヴァレンは後ろ髪を引かれる思いだったが、いったん目を閉じて気持ちを切り替える。
「ヴァレン……よかった、間に合ったみたいだね」
優しい声が、ヴァレンのすぐ傍で響く。
「ミゼアス兄さん……」
話したいことはいくらでもあるはずなのだが、ヴァレンは何も言うことができなかった。ミゼアスの胸に顔を埋め、ただミゼアスの名を呼ぶ。
「夜明け前に目が覚めたんだけれど、しばらくしてきみがいないことに気づいてね。昔からきみは海岸が好きだったし、もしかしたら……と思って来てみたんだ。でも、もう島に戻るんだね」
ミゼアスはヴァレンの頭を撫でながら、穏やかに語りかける。
「はい……ご挨拶に行かなきゃいけなかったのに、申し訳ありません……」
「いいんだよ。きみには、何か事情があるんだろう? きみのほうが大変なんだから、僕に気を遣う必要なんてないよ。僕は、きみにお礼を言うべき立場であって、文句など何も言えやしないよ」
そのまま、しばしヴァレンはミゼアスの温もりを味わった。
ミゼアスは余計なことを尋ねることもなく、ヴァレンのことを信用してくれている。言葉などなくとも、ヴァレンはミゼアスの心が伝わってくるようで、何も言うことなく温もりに包まれた。
「ああ……そうだ。アルン、ブラム、コリンに手紙を書いたんだ。渡しておいてもらえるかい?」
やがて名残惜しく思いながらもヴァレンが身を離すと、ミゼアスは四通の手紙を取り出してヴァレンに渡す。
「はい、わかりました。でも、一通多くないですか?」
受け取りながら、ヴァレンは首を傾げる。
見習い三人衆に宛てたものならば三通のはずだと思いながら手紙の宛て先に視線を走らせると、一通はヴァレンの名が記されていた。
「ひとつは、きみ宛てだよ。まあ、たいしたことは書いていないけどね」
ミゼアスはくすりと笑う。
「……ありがとうございます」
胸の奥が静かに震えるのを感じながら、ヴァレンは手紙をそっと服のかくしにしまう。
連絡事項としての手紙は、ミゼアスが島にいる頃から幾度となくもらったことがあるが、そうでないものは初めてだ。何が書いてあるのだろうかと、不安と高揚感に包まれる。
「さて、そろそろよいか?」
重々しい声が、時間切れを告げる。
ヴァレンは後ろ髪を引かれる思いだったが、いったん目を閉じて気持ちを切り替える。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
シュレディンガーの夜明け
椎玖あかり
BL
数年前、あるロックバンドのファンだった暁《アキ》の前に当時のファン仲間だった絃成《イトナ》が突然現れる。絃成に匿って欲しいと頼まれる暁だったが、同じく仲間の一人だった和人《カズンド》が絃成を探している事を知る。暁は同性である絃成に恋心を抱いていたが、その気持ちを利用されまんまと絃成に居座られてしまい――。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
俺をハーレムに組み込むな!!!!〜モテモテハーレムの勇者様が平凡ゴリラの俺に惚れているとか冗談だろ?〜
嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
無自覚モテモテ勇者×平凡地味顔ゴリラ系男子の、コメディー要素強めなラブコメBLのつもり。
勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。
しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!?
たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる