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53.わだかまり

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 途中、誰とも出会うことなく、ヴァレンは海岸までたどり着くことができた。
 本当はミゼアスに会っていきたかったし、イーノスにも首尾を伝えたかった。
 しかし、もし追っ手がかかって見つかってしまった場合、多大な迷惑をかけてしまうだろう。
 島に戻ったらすぐに手紙を出せばよい。今日中には届くだろう。その間、心配をかけてしまうだろうが、見つかる危険を考えればそれが最善の方法だった。

 トゥルーテスに降ろしてもらった場所に近づいていくと、うっすらと靄がかかってきた。まだまだ暑い季節なのだが、ヴァレンはぞくりと肌寒さを覚える。
 背中のジリーメルは目を覚ます気配はなく、ヴァレンも無理に起こそうとはしなかった。
 やがて、海面に大きな岩のようなものがせり上がってくるのが見えた。

「……戻ってきたか。だが、背中の人間は何だ?」

 巨大な海亀の姿をしたトゥルーテスが重々しく口を開く。

「はは……まあ、成り行きで。この町には放り出していけないんで、申し訳ないんですが不夜島まで一緒に乗せていってくれませんか?」

「……本来ならば、断るところなのだがな。まあ、おまえとは長い付き合いになりそうだしな……貸しにしておいてやろう。だが、島の内部にまで入れてはならんぞ。入れたければ、領主の許しを得てからにしろ」

 あっさりとトゥルーテスは許可してくれ、ヴァレンはほっとする。
 言葉の内容に気になるところはあるが、ひとまずは置いておく。

「はいっ、ありがとうございます」

 安堵に微笑みながら、ヴァレンは答える。
 島は門の外にも、宿泊可能な休憩所があるのだ。ジリーメルを内部に入れることができなくても、問題はない。
 ようやくヴァレンはずっと背負ったままだったジリーメルを降ろし、『風月花』をくくりつけた紐もほどいてやる。

「ところで、目的は果たしたのか?」

「はい、おかげさまでミゼアス兄さんは目覚めました。体質についての説明もしましたし、大丈夫です」

 一番の目的は、とっくに果たしている。できれば手に入れたかった『風月花』も見事に入手できたので、目的は全て果たしたはずだ。

「では、心残りはないか?」

「……それは」

 それなのに、ヴァレンはトゥルーテスの次の問いには即答できなかった。
 ミゼアスを助けたい、そしてできればネヴィルのためにも『風月花』を手に入れたい。それらが島を出た目的だった。
 両方とも叶い、この上ないほどの成果を挙げたはずだ。

 しかし、ヴァレンのなかではわだかまりが残っていた。心の底で寂しいと子供が声を上げて泣いているかのようだ。
 ミゼアスに会いたい。そして、もう少し話をしたかった。
 もしかしたら、ヴァレンにとって一番の目的は、ミゼアスと会うことだったのかもしれない。

「……大丈夫です。島に戻りましょう」

 思いを振り切り、ヴァレンは答える。
 もう二度と会えないわけではない。祭りのときに遊びに来ると言っていたのだし、手紙という手段だってある。それに、少しではあるが実際にミゼアスと会って話せたではないか。
 ヴァレンは己に言い聞かせ、どうにか折り合いをつけようとする。

「向こうは、大丈夫だと思っていないようだぞ。少し待ってやるから、行ってこい」

 優しい声でトゥルーテスがヴァレンを促す。
 何事かと思えば、靄の向こうに人影が見えた。ヴァレンはまさかと信じられない思いで目を見開くが、近づいてくる姿はヴァレンの心残りそのものだ。

「ミゼアス兄さん……!」

 ヴァレンはいてもたってもいられず、気がつけば駆け出していた。
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