52 / 69
52.脱出
しおりを挟む
ヴァレンは寝台からシーツを剥がす。
柔らかく、滑らかな生地は上等なものだろう。しかしヴァレンはためらいもなく引き裂き、綺麗な部分だけを取り出して、丁寧に『風月花』に巻きつけていく。
急ごしらえの包みだが、これで少しは衝撃などから守られるだろう。
ただ、『風月花』は重さこそたいしたことがないが、大きい。幅は狭いのだが、長さはジリーメルの身長とさほど変わらないくらいだ。
ヴァレンは引き裂いたシーツのうち、包みに使わなかった部分を紐状にして編みこんで荷縄にすると、『風月花』をジリーメルの背中にくくりつけて結ぶ。
おとなしくされるがままになっていたジリーメルを背負い、ヴァレンは軽く駆け足をしてみて重心などの感覚をつかんでいく。
細身のジリーメルは軽く、まるで子供のようだった。
「うーん……窓も大きいし、助走をつければ何とかいけるかな……」
助走をつけられる距離と窓から塀までの距離、そして普段のヴァレンの跳躍力と現在の差などを計算し、どうにかなるとヴァレンは導き出す。後は重心や身体の動かし方に気をつけるだけだ。
塀は窓よりもやや下にあるので、高く跳ぶ必要はない。斜め下に飛び降りればよいので、その分は楽といえるだろう。
しかし、このようなずさんな造りでよいのだろうかと、余計なお世話だがヴァレンは考えてしまう。
ヴァレンでなくとも、ある程度身体能力に自信があれば、すぐに逃げ出せそうだ。
もともと、ここは監禁用に造られてなどいないのだろう。
「いいかい、俺にしっかりとしがみついていて。絶対に離さないで」
「は……はい……!」
ジリーメルも、このままここに留まっていたところで未来はないと覚悟を決めたのか、蒼白な顔で悲痛な決意を秘めて頷いた。
窓を大きく開け放つと、ヴァレンはなるべく窓から遠ざかる。すうっと大きく深呼吸をすると、ヴァレンはジリーメルを背負ったまま、一気に窓へと駆け出した。
「ひっ……!」
背中で息を呑むジリーメルの呻きには構わず、ヴァレンは窓枠を踏み切って跳躍する。
見物客が誰もいないのが残念なほど、見事な放物線を描いてヴァレンは塀の上に降り立った。重荷を背負っていることにより膝に負担がかかったが、たいしたことはない。
続いて、塀から路地へと飛び降りる。
回転が必要な高さではないことは幸いだったが、連続の衝撃は膝への負担も少し大きかった。だが、まだその気になれば走れるだろう。
どうやらこの屋敷は、門からはほどほどに奥まった場所にあるものの、横はさほどの余裕もなく塀に囲まれているようだった。
無事に屋敷から脱出できたヴァレンは、耳を澄まして周囲の様子をうかがう。
しかし、まだ夜明けという時間のためか、人の気配はないようだ。屋敷の中も騒ぎは起こっていないようで、静まり返っていた。
どうやら、ヴァレンの逃亡はまだ見つかっていないようだ。
このまま気づかれないうちに逃げようと、ヴァレンは背中のジリーメルに声をかけようとする。
しかし、急にジリーメルの身体が重さを増したようだった。ぐったりとヴァレンにもたれかかってくる。
「……ジリーメル君? ジリーメル君?」
小声で呼びかけてみるが、答えはない。どうやら、気絶してしまったようだ。
ヴァレンはそっとため息をもらし、小走りに駆け出す。
一番の難所である跳躍は終わった。あとは早く遠ざかるだけなので、このまま背負っていったほうが早いだろうという判断だ。
すでに身体は悲鳴をあげているが、仕方がない。ヴァレンはできる限り静かに、屋敷から早く離れようと駆けていった。
柔らかく、滑らかな生地は上等なものだろう。しかしヴァレンはためらいもなく引き裂き、綺麗な部分だけを取り出して、丁寧に『風月花』に巻きつけていく。
急ごしらえの包みだが、これで少しは衝撃などから守られるだろう。
ただ、『風月花』は重さこそたいしたことがないが、大きい。幅は狭いのだが、長さはジリーメルの身長とさほど変わらないくらいだ。
ヴァレンは引き裂いたシーツのうち、包みに使わなかった部分を紐状にして編みこんで荷縄にすると、『風月花』をジリーメルの背中にくくりつけて結ぶ。
おとなしくされるがままになっていたジリーメルを背負い、ヴァレンは軽く駆け足をしてみて重心などの感覚をつかんでいく。
細身のジリーメルは軽く、まるで子供のようだった。
「うーん……窓も大きいし、助走をつければ何とかいけるかな……」
助走をつけられる距離と窓から塀までの距離、そして普段のヴァレンの跳躍力と現在の差などを計算し、どうにかなるとヴァレンは導き出す。後は重心や身体の動かし方に気をつけるだけだ。
塀は窓よりもやや下にあるので、高く跳ぶ必要はない。斜め下に飛び降りればよいので、その分は楽といえるだろう。
しかし、このようなずさんな造りでよいのだろうかと、余計なお世話だがヴァレンは考えてしまう。
ヴァレンでなくとも、ある程度身体能力に自信があれば、すぐに逃げ出せそうだ。
もともと、ここは監禁用に造られてなどいないのだろう。
「いいかい、俺にしっかりとしがみついていて。絶対に離さないで」
「は……はい……!」
ジリーメルも、このままここに留まっていたところで未来はないと覚悟を決めたのか、蒼白な顔で悲痛な決意を秘めて頷いた。
窓を大きく開け放つと、ヴァレンはなるべく窓から遠ざかる。すうっと大きく深呼吸をすると、ヴァレンはジリーメルを背負ったまま、一気に窓へと駆け出した。
「ひっ……!」
背中で息を呑むジリーメルの呻きには構わず、ヴァレンは窓枠を踏み切って跳躍する。
見物客が誰もいないのが残念なほど、見事な放物線を描いてヴァレンは塀の上に降り立った。重荷を背負っていることにより膝に負担がかかったが、たいしたことはない。
続いて、塀から路地へと飛び降りる。
回転が必要な高さではないことは幸いだったが、連続の衝撃は膝への負担も少し大きかった。だが、まだその気になれば走れるだろう。
どうやらこの屋敷は、門からはほどほどに奥まった場所にあるものの、横はさほどの余裕もなく塀に囲まれているようだった。
無事に屋敷から脱出できたヴァレンは、耳を澄まして周囲の様子をうかがう。
しかし、まだ夜明けという時間のためか、人の気配はないようだ。屋敷の中も騒ぎは起こっていないようで、静まり返っていた。
どうやら、ヴァレンの逃亡はまだ見つかっていないようだ。
このまま気づかれないうちに逃げようと、ヴァレンは背中のジリーメルに声をかけようとする。
しかし、急にジリーメルの身体が重さを増したようだった。ぐったりとヴァレンにもたれかかってくる。
「……ジリーメル君? ジリーメル君?」
小声で呼びかけてみるが、答えはない。どうやら、気絶してしまったようだ。
ヴァレンはそっとため息をもらし、小走りに駆け出す。
一番の難所である跳躍は終わった。あとは早く遠ざかるだけなので、このまま背負っていったほうが早いだろうという判断だ。
すでに身体は悲鳴をあげているが、仕方がない。ヴァレンはできる限り静かに、屋敷から早く離れようと駆けていった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる