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52.脱出

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 ヴァレンは寝台からシーツを剥がす。
 柔らかく、滑らかな生地は上等なものだろう。しかしヴァレンはためらいもなく引き裂き、綺麗な部分だけを取り出して、丁寧に『風月花』に巻きつけていく。
 急ごしらえの包みだが、これで少しは衝撃などから守られるだろう。

 ただ、『風月花』は重さこそたいしたことがないが、大きい。幅は狭いのだが、長さはジリーメルの身長とさほど変わらないくらいだ。
 ヴァレンは引き裂いたシーツのうち、包みに使わなかった部分を紐状にして編みこんで荷縄にすると、『風月花』をジリーメルの背中にくくりつけて結ぶ。

 おとなしくされるがままになっていたジリーメルを背負い、ヴァレンは軽く駆け足をしてみて重心などの感覚をつかんでいく。
 細身のジリーメルは軽く、まるで子供のようだった。

「うーん……窓も大きいし、助走をつければ何とかいけるかな……」

 助走をつけられる距離と窓から塀までの距離、そして普段のヴァレンの跳躍力と現在の差などを計算し、どうにかなるとヴァレンは導き出す。後は重心や身体の動かし方に気をつけるだけだ。
 塀は窓よりもやや下にあるので、高く跳ぶ必要はない。斜め下に飛び降りればよいので、その分は楽といえるだろう。

 しかし、このようなずさんな造りでよいのだろうかと、余計なお世話だがヴァレンは考えてしまう。
 ヴァレンでなくとも、ある程度身体能力に自信があれば、すぐに逃げ出せそうだ。
 もともと、ここは監禁用に造られてなどいないのだろう。

「いいかい、俺にしっかりとしがみついていて。絶対に離さないで」

「は……はい……!」

 ジリーメルも、このままここに留まっていたところで未来はないと覚悟を決めたのか、蒼白な顔で悲痛な決意を秘めて頷いた。
 窓を大きく開け放つと、ヴァレンはなるべく窓から遠ざかる。すうっと大きく深呼吸をすると、ヴァレンはジリーメルを背負ったまま、一気に窓へと駆け出した。

「ひっ……!」

 背中で息を呑むジリーメルの呻きには構わず、ヴァレンは窓枠を踏み切って跳躍する。
 見物客が誰もいないのが残念なほど、見事な放物線を描いてヴァレンは塀の上に降り立った。重荷を背負っていることにより膝に負担がかかったが、たいしたことはない。

 続いて、塀から路地へと飛び降りる。
 回転が必要な高さではないことは幸いだったが、連続の衝撃は膝への負担も少し大きかった。だが、まだその気になれば走れるだろう。
 どうやらこの屋敷は、門からはほどほどに奥まった場所にあるものの、横はさほどの余裕もなく塀に囲まれているようだった。

 無事に屋敷から脱出できたヴァレンは、耳を澄まして周囲の様子をうかがう。
 しかし、まだ夜明けという時間のためか、人の気配はないようだ。屋敷の中も騒ぎは起こっていないようで、静まり返っていた。
 どうやら、ヴァレンの逃亡はまだ見つかっていないようだ。

 このまま気づかれないうちに逃げようと、ヴァレンは背中のジリーメルに声をかけようとする。
 しかし、急にジリーメルの身体が重さを増したようだった。ぐったりとヴァレンにもたれかかってくる。

「……ジリーメル君? ジリーメル君?」
 小声で呼びかけてみるが、答えはない。どうやら、気絶してしまったようだ。
 ヴァレンはそっとため息をもらし、小走りに駆け出す。
 一番の難所である跳躍は終わった。あとは早く遠ざかるだけなので、このまま背負っていったほうが早いだろうという判断だ。
 すでに身体は悲鳴をあげているが、仕方がない。ヴァレンはできる限り静かに、屋敷から早く離れようと駆けていった。
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