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46.召抱えてやる

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「ほう、なかなか言うな。それならば、不夜島の四花とやらにふさわしい名品を用意してやろう」

 男が護衛に何かを命じると、ややあって三つほどの花月琴が運ばれてきた。
 なかには、ヴァレンもミゼアスの傍で見慣れた『雪月花』にそっくりの花月琴もある。あれが『風月花』なのだろう。
 だが、白色に細やかな花の装飾が美しい『風月花』よりも目を引く、赤黒い花月琴があった。まるで血が固まったような禍々しさを放ち、施された蔓と花の装飾も、苦しみにのた打ち回っているかのようだ。

 ヴァレンは引き込まれるように、その赤黒い花月琴に手を伸ばした。
 すると、面白がるような呻きが男の口から漏れる。

「それに目をつけたか。今まで、それからまともな音を引き出した者は一人もいない。『風月花』とは違った意味で、特殊な花月琴だ。そうだな……もしおまえが弾きこなせるのならば、褒美をやろう」

 男の声をどこか遠くから響く音のように聞きながら、ヴァレンは赤黒い花月琴に触れていた。軽く弦を弾いてみると、鋭く張り詰めた音が響く。
 『貪欲宴』ほどの、深く抉り取るような重苦しさはない。それよりも軽く、好き勝手に音が飛んでしまいそうな危うさがある。

 『貪欲宴』が呪われた花月琴なら、こちらは狂った花月琴だ。
 おそらく通常の音は、狂人の哄笑のようにけたたましく、どことなく不快感をもよおすようなものなのだろう。
 だが、これならば何とか御すことができそうだ。

「……では、『風月花』をいただきたいと言っても?」

 ヴァレンが男に吹っかけると、男は一瞬だけ目を見開いたものの、すぐに口元を嘲笑うように歪めた。

「いいだろう。弾きこなせたら、な。できなければ、覚悟はできているだろうな。……大口を叩いたこの口を、二度と喋れないようにしてやろうか。それとも、腕を切り落としてやろうか」

 男はヴァレンの唇に指先をそっとあて、次にねっとりとした視線を腕に送る。
 決して冗談ではないことがその目からうかがえ、ヴァレンはうんざりとした表情になってしまいそうなのを抑える。

「まあまあ、どうぞお聴きください」

 するりと男の傍から抜け出し、ヴァレンは赤黒い花月琴を持って絨毯の上に座る。すっと深呼吸をすると、ヴァレンは奏で始めた。
 すると響いたのは、やたらと楽しげな音だった。合わせるように陽気な曲を演奏すれば、思わず踊り出したくなるほど愉快な旋律が部屋に響く。

 最初こそ不快そうに眉をひそめた男だったが、そのうち椅子に足を組んで座りながら、指でリズムを取るようにトントンと膝を叩くようになっていた。
 やがてヴァレンが演奏を終えると、男は拍手まで送ってきたのだ。

「これは予想外だった。それを弾きこなすとは、見事だ。なかなか楽しかったぞ。約束どおり、『風月花』はおまえにくれてやろう」

 笑いながら男はヴァレンに賛辞を送る。
 順調すぎるくらいに思惑どおりだったが、ヴァレンのなかでは何かが引っかかっていた。どうも安心しきれずに、男の様子をうかがう。
 すると、男の口元に暴虐さのにじんだ笑みが浮かび上がってくる。

「そして喜べ、おまえを召抱えてやる。これからおまえはずっと私に仕えるのだ。命の限り……な。つまり、おまえは私のものであり、おまえのものである『風月花』も私のものだ」
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