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42.ざわめき

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「ほかに何か質問はあるかい?」

 男の問いかけに対してヴァレンが首を横に振ると、勝負が始まった。
 だが、完璧な記憶力を有するヴァレンが負けるはずがない。あっさりヴァレンの勝ちとなった。

「兄ちゃん、強いねぇ」

 しかし男は残念そうな様子もなく、ヴァレンに対して酒を差し出す。これも受け取って飲み干せば、周囲から拍手が響いた。

「じゃあ、次は俺だ!」

 あまりにも簡単すぎるとヴァレンが思っていると、別の男が名乗りをあげた。

「そうそう、言い忘れていた。負けるか、十連勝するまで勝負を下りる権利はないから。勝負を下りる場合は負け扱いで、それまでのかけ金も没収になるんだ。ああ、それまでの酒代も敗者持ちになるからな」

 最初に勝負を持ちかけてきた男が、ニヤリとした笑みを浮かべる。
 そこで嵌められたとヴァレンは気づく。これは目立った相手から金を巻き上げるためのやり方なのだろう。

 記憶力を必要とするゲームは、酒が入るごとに不利になっていく。最初の数回はどうにかなっても、酒が回った後半ではカード内容など覚えていられなくなるだろう。
 また、一分程度の間に酒を飲み干すのも、回数を重ねるごとにつらくなっていく。ゲームそのものと酒とで、二重に罠が仕掛けられている。
 しかし、ヴァレンに対しては無意味だ。

「十連勝すればいいんだね?」

 ヴァレンもニヤリと笑って返すと、周囲の男たちが笑い出した。
 頑張れよ、などという声も響くが、どれも余裕を浮かべている。本当に十連勝できるなど、信じていないのは明らかだ。

「せいぜい頑張れよ。もし金が足りなくなっても、兄ちゃんは綺麗な顔してるからなあ。身体で払えば許されるだろうよ」

 一人の男がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、ヴァレンの全身を舐めるように見回す。

「あっはっは、それはありがたいや」

 笑いながらヴァレンは答える。着の身着のままで島を出てきたので、手持ちは小銭が少しだけなのだ。身体で支払えるというのは、ありがたい。
 もっとも、負ける気などかけらもないのだが。

 こうして、十連勝を目指してヴァレンの勝負が始まった。
 三勝目くらいまでは、周囲の余裕も崩れることがなかったが、四勝目の酒を飲み干したあたりで、雰囲気が変わってきた。

「あいつ……全然酔ってないんじゃないか?」

「もっと強い酒にしろよ……」

「というか……カードが見えているのか? どうしたらあれだけ取れるんだ……」

 ぼそぼそと囁く声が周囲から漏れ聞こえてくる。
 難なくヴァレンが五勝目を獲得すると、それまでの安価なエール酒から、少し値段の張る火酒を振る舞われるようになった。
 火酒のほうが強く、酔いやすい酒である。しかしヴァレンはそれまでと同じように、一気にあおって飲み干す。砂時計を見るまでもない、早業だ。

 それでもヴァレンの記憶力は一向に衰えることなく、当たり前のように六勝目を手にする。
 さらに強めの火酒が差し出されるが、それも水のようにするりと飲み干せば、周囲のざわめきは激しさを増していった。
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