ヴァレン兄さん、ねじが余ってます 2

四葉 翠花

文字の大きさ
上 下
40 / 69

40.ありがたい申し出

しおりを挟む
 マリオンが去り、ヴァレンはイーノスと二人きりとなった。
 皿を片付けながら、イーノスが世間話のように口を開く。

「きみは、『風月花』の所有者と会おうとしているのだろう? 今日はお供を連れて歓楽街に繰り出すという話を聞いた。もしきみが望むのなら、どこかの店に誘導することくらいはできるが、どうする?」

「……え? それ、大丈夫なんですか?」

 まさかイーノスからいきなり切り出してくるとは思わず、ヴァレンは問い返してしまう。
 『風月花』の所有者と会おうとしていたのは、確かにそのとおりである。そのためにはどうすればよいかと考えていたのだが、こうしてお膳立てしてくれるとは思いもしなかった。

 しかし、ヴァレンがやろうとしていることは、おそらく『風月花』の所有者の怒りを買うだろう。イーノスがそれに加担したと知られれば、報復される可能性が高い。
 ヴァレンは明日の朝には去るので逃げられるが、イーノスはそうではない。さすがに巻き込むことは躊躇してしまう。

「俺に出来るのは、店に誘導するまでだ。そこできみが彼の目に留まることができるか、目的どおりに事を進められるかは、俺には関知できない。きみと俺は、互いに面識もない、赤の他人ということになる。その程度しか出来ないが……」

「ああ……なるほど。いや、もう十分過ぎるくらいです。ぜひ、お願いします」

 イーノスが誘導した店にヴァレンがいるのは、ただの偶然であり、その後何が起ころうともイーノスには何も出来ないということだろう。だが、それで十分だった。
 ヴァレンがぜひと答えると、イーノスは頷く。

「……これで、昔、俺がきみにしてしまったことの償いになるだろうか」

 ぼそりとイーノスが独り言のように呟く。
 薬を盛った飴をヴァレンに手渡したことを言っているのだろう。ヴァレンはもともと、まったくもって気にしていないのだが、イーノスの心には負担となっていたらしい。

「ええ、十分ですよ。これで貸し借りなしってことにしましょう」

 本当は償いなど必要なかったが、ヴァレンは受け取っておく。そのほうが、イーノスの心からも重荷が取れることだろう。
 何より、イーノスの申し出はヴァレンにとって、とてもありがたいことだった。

「ただ……きみが何をしようとしているのかは聞かないが、無茶はしないでくれよ。きみにもし何かあったとしたら、俺はマリオンとミゼアスに殺されてしまうかもしれない」

「大丈夫ですよー。もし危なくなってきたら、諦めて逃げますから」

 軽く返しながら、ヴァレンはどういう手段を取るべきかと考えを巡らせる。
 一番の難題だった出会いについては、イーノスのおかげで解決できそうだ。あとは、どうやって『風月花』を譲ってもらうかである。
 片付けを手伝いながら、ヴァレンは滅多に使わない頭を今日は酷使しているなと、わずかに苦笑した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...