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22.矛盾

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 ――ミゼアスが倒れた。

 ヴァレンの脳裏に、六年前の出来事が蘇る。
 十五歳の誕生日を迎えたミゼアスに、誕生祝いとして名品中の名品である花月琴、『雪月花』が贈られた。その数日後、ミゼアスは廊下で突然倒れ、生死の境をさまようことになってしまったのだ。
 後から、『雪月花』には持ち主の命を吸い取って花を咲かせるという曰くがあることを聞いた。花吹雪を出すことができた者は、間もなく命を吸い取られるというのだ。

 ミゼアスは見事に花吹雪を出し、ヴァレンも幻想的な光景に見惚れたものである。しかし曰くどおり、ミゼアスの命も吸い取られたのだと思われた。
 当時はミゼアスの一番の馴染み客であるウインシェルド侯爵が魔術医を連れてきて、どうにか一命を取り留めることができたのだ。

 アデルジェスからの手紙を読めば、つい先ほどネヴィルから聞いた『風月花』の名が記されていた。『風月花』を弾いて花吹雪を出したミゼアスが、その直後に倒れてしまったというのだ。
 ますます状況は当時と似ている。

 以前は、ミゼアスは奇跡の術によって病気から回復したものの、後遺症が残った。
 しかし、『雪月花』からは花吹雪を引き出せるままで、ずっと命を奪われることなく弾きこなしている。
 花吹雪を出したというのだから、『風月花』も『雪月花』と同じ性質を持っているのだろう。ミゼアスが倒れたのは、『風月花』が引き金となっている可能性が高い。
 六年前、ミゼアスの一番近くにいたのは幼かったヴァレンだ。何か知らないかと、すがるような内容の手紙だった。

 ヴァレンは当時の記憶を引きずり出す。
 ミゼアスが寝込み、ほとんど目を覚ますこともなくなってきた頃、ウインシェルド侯爵は王都で一番という名医を連れてきた。しかしその名医ですら、手の施しようがないと匙を投げたのだ。
 その直後、魔術医によって奇跡の術が施されたのだが、ヴァレンは魔術医の姿は見ていない。看病疲れでうとうとしてしまっている間にすべて終わったのだ。

 つまり、王都の名医が診察したその日のうちに魔術医が現れている。
 ミゼアスを治せる魔術医がいるのならば、わざわざ他の医者も連れてくるだろうか。
 この矛盾にヴァレンも気付いてはいたが、暴き立てるようなことでもないと今までは放置していた。しかし、今はここが一番重要なところだ。
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