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10.花月琴
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「い、いや、俺は構わないけれど……そちらって五花のエアイール……だよね? そんなひどい扱いは……」
おそるおそるといった様子で、ロシュがヴァレンとエアイールを交互に伺う。
ヴァレンは苦笑を浮かべ、エアイールは穏やかな微笑みをロシュに投げかけた。
「いいの、いいの。勝手に押しかけてきたんだから。……エアイール、楽器は花月琴か?」
「そうですね。でも、わたくしの花月琴は持ってきておりませんので……あなたの『貪欲宴』あたりをお貸し願えますか?」
「……おまえがアレを弾いたら、楽しいはずの宴席が阿鼻叫喚の地獄絵図になるだろ。やめてくれ」
ヴァレンの花月琴『貪欲宴』は、花月琴の才能がないヴァレンのためにミゼアスが見つけ出してきてくれた、特殊な花月琴だ。
普通の花月琴を奏でれば、風情のない音しか出せないヴァレンだが、『貪欲宴』だけは深みのある荘厳な音色を引き出せる。
ただし、本来は呪われた花月琴といわれるほど、禍々しい音色なのだ。
難しいことなど考えないお気楽なヴァレンだからこそ、禍々しさが消えるのであって、普通に花月琴の才がある者が奏でれば、とんでもない音になってしまう。
花月琴とは本来、暗い情念を好む楽器なのだ。
エアイールなど、ある意味では『貪欲宴』の真価を引き出せる存在である。
以前、試しに弾かせてみたところ、ヴァレンですら世を儚んでしまいたくなるほどの威力だった。
きっと、エアイールに『貪欲宴』を与えたとしたら、人死にが出る。
「よろしければ、『雪月花』をお持ちしましょうか?」
アルンが提案してくる。『雪月花』とは、ミゼアスが島を去るときにアルンに託していった名品中の名品で、名手が奏でれば花びらが舞うという不思議な花月琴だった。
「え? いいの?」
思わずヴァレンは問い返してしまう。当然ながら、『雪月花』はアルンの宝物なのだ。
「はい、お貸しするだけでしたら。エアイール兄さんも、花びらを出せるのですよね」
「ええ、ミゼアスのような花吹雪は無理ですけれど、花びらなら出せますよ」
アルンとエアイールの会話を聞きながら、ヴァレンは納得する。
おそらく、アルンは名手であるエアイールの演奏を聞きたいのだろう。ミゼアスほどではないにせよ、エアイールも島有数の名手だ。
「ロシュさん、ミゼアス兄さんの花月琴は聴いたことがある?」
「いや、ないな。……そもそも、楽器は持っていなかったんじゃないかな」
「そっか。慌しく島を出て行ったからなー。ミゼアス兄さんが残していった花月琴で、名手が奏でると花びらが舞うっていうのがあるんだ。せっかくだから、聴いていって。エアイールも花びらは出せるから」
「へえ……そんなのがあるんだ。しかも、五花のエアイールの演奏……いや、何て言うか、まさかそんなことまでって……うまく言えない不思議な気分だ……」
「ふふ……花月琴は、床入りの前に奏でるのがしきたりなのですよ」
しなやかな指でロシュの頬をくすぐり、エアイールは静かに囁く。
「へ……? ええっ!?」
「ほら、いいかげんにしろよ、エアイール。ごめんね、ロシュさん。確かにそういうしきたりはあるけど、別に花月琴を奏でることが床入りの合図とは限らないから。ミゼアス兄さんなんかよく、花月琴の演奏だけっていうこともあったし」
「おや、床入りはしないのですか?」
軽く首を傾げ、エアイールは不思議そうに呟く。
「するにしても、まずは食事や酒だろ。床入りは最後。ねえ、ロシュさん」
「え? い、いや、その……」
何故かロシュは顔を赤くして、ぶつぶつと何かを呻いている。ヴァレンはどうしたのだろうと首をひねる。
「ヴァレン、あなたも困らせているようですよ。では、わたくしは花月琴の演奏を始めますので、後はお楽しみください」
おそるおそるといった様子で、ロシュがヴァレンとエアイールを交互に伺う。
ヴァレンは苦笑を浮かべ、エアイールは穏やかな微笑みをロシュに投げかけた。
「いいの、いいの。勝手に押しかけてきたんだから。……エアイール、楽器は花月琴か?」
「そうですね。でも、わたくしの花月琴は持ってきておりませんので……あなたの『貪欲宴』あたりをお貸し願えますか?」
「……おまえがアレを弾いたら、楽しいはずの宴席が阿鼻叫喚の地獄絵図になるだろ。やめてくれ」
ヴァレンの花月琴『貪欲宴』は、花月琴の才能がないヴァレンのためにミゼアスが見つけ出してきてくれた、特殊な花月琴だ。
普通の花月琴を奏でれば、風情のない音しか出せないヴァレンだが、『貪欲宴』だけは深みのある荘厳な音色を引き出せる。
ただし、本来は呪われた花月琴といわれるほど、禍々しい音色なのだ。
難しいことなど考えないお気楽なヴァレンだからこそ、禍々しさが消えるのであって、普通に花月琴の才がある者が奏でれば、とんでもない音になってしまう。
花月琴とは本来、暗い情念を好む楽器なのだ。
エアイールなど、ある意味では『貪欲宴』の真価を引き出せる存在である。
以前、試しに弾かせてみたところ、ヴァレンですら世を儚んでしまいたくなるほどの威力だった。
きっと、エアイールに『貪欲宴』を与えたとしたら、人死にが出る。
「よろしければ、『雪月花』をお持ちしましょうか?」
アルンが提案してくる。『雪月花』とは、ミゼアスが島を去るときにアルンに託していった名品中の名品で、名手が奏でれば花びらが舞うという不思議な花月琴だった。
「え? いいの?」
思わずヴァレンは問い返してしまう。当然ながら、『雪月花』はアルンの宝物なのだ。
「はい、お貸しするだけでしたら。エアイール兄さんも、花びらを出せるのですよね」
「ええ、ミゼアスのような花吹雪は無理ですけれど、花びらなら出せますよ」
アルンとエアイールの会話を聞きながら、ヴァレンは納得する。
おそらく、アルンは名手であるエアイールの演奏を聞きたいのだろう。ミゼアスほどではないにせよ、エアイールも島有数の名手だ。
「ロシュさん、ミゼアス兄さんの花月琴は聴いたことがある?」
「いや、ないな。……そもそも、楽器は持っていなかったんじゃないかな」
「そっか。慌しく島を出て行ったからなー。ミゼアス兄さんが残していった花月琴で、名手が奏でると花びらが舞うっていうのがあるんだ。せっかくだから、聴いていって。エアイールも花びらは出せるから」
「へえ……そんなのがあるんだ。しかも、五花のエアイールの演奏……いや、何て言うか、まさかそんなことまでって……うまく言えない不思議な気分だ……」
「ふふ……花月琴は、床入りの前に奏でるのがしきたりなのですよ」
しなやかな指でロシュの頬をくすぐり、エアイールは静かに囁く。
「へ……? ええっ!?」
「ほら、いいかげんにしろよ、エアイール。ごめんね、ロシュさん。確かにそういうしきたりはあるけど、別に花月琴を奏でることが床入りの合図とは限らないから。ミゼアス兄さんなんかよく、花月琴の演奏だけっていうこともあったし」
「おや、床入りはしないのですか?」
軽く首を傾げ、エアイールは不思議そうに呟く。
「するにしても、まずは食事や酒だろ。床入りは最後。ねえ、ロシュさん」
「え? い、いや、その……」
何故かロシュは顔を赤くして、ぶつぶつと何かを呻いている。ヴァレンはどうしたのだろうと首をひねる。
「ヴァレン、あなたも困らせているようですよ。では、わたくしは花月琴の演奏を始めますので、後はお楽しみください」
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