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02.進路はどうしよう
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検討事項の箱は開けられることなく、数日が過ぎた。
ヴァレンはいつものように、適当に見習いたちを仕込み、適当に客の相手をしていたところ、あるとき娼館主から呼び出された。
「ミゼアスからの紹介状を持った相手から申し込みがきている。何でも、幼い頃のおまえを知っているとか何とか……心当たりはあるか?」
「あー、はいはい。ロシュさんですね。この間の夕月花騒動にも関わった方ですよ」
先日、不夜島に欠かせない品である夕月花に関する騒動があった。その際、重要な情報を教えてくれたのが、ロシュという商人だったのだ。
十年ほど前、ヴァレンがまだ島に売られる前に一度だけ会ったことがある相手でもあり、世間の狭さに驚いたものだった。
「そうか。申し込みは受けるのか?」
「ええ、別に断る理由なんてないと思いますけれど」
「……そうか」
あっけらかんとヴァレンが答えれば、娼館主は沈み込んだ顔でため息を漏らす。
「えっと、どうしたんですか? そんなにどんよりとしちゃって」
「いや……おまえのような奴でも、今はこの店の稼ぎ頭だ。さすがに五花候補のアルンも育っていない状態で抜けられるのは非常に困る。しかし、どうしてもというのなら仕方がないだろう……」
「いやいや、ちょっと待ってください。申し込みって、身請けじゃないですよね? 普通の客としてですよね? もし身請けなら、お断りしますよ」
ヴァレンはあわてて娼館主の言葉をさえぎる。相手が誰であろうと、今はまだ島を出る気はない。
「ああ……なんだ。てっきり、おまえもミゼアスのようにその相手と一緒に出て行きたいのかと思ったんだが」
「幼い頃会ったっていっても、一回だけですし。言い交わしたとか、そんなんじゃありませんから」
言い交わしたどころか、ほとんど会話もしていない。十年前に会ったとき、ヴァレンは空腹で会話どころではなかったのだ。
そのときにロシュは飴をくれたので、ヴァレンの中でロシュの位置づけは悪くはない。しかし、一緒に島を出たいというほどの思い入れはなかった。
「それならよかった。おまえも十六だからな。今後をどうするか考え始めたほうがいい時期だろう。急を要するわけではないが、一年や二年などあっという間だからな」
「あー、確かにまあ、そうですね。俺はミゼアス兄さんとは違いますからね。普通に賞味期限がくるでしょう。十八で白花は引退するつもりですしね」
「女に宗旨替えという手もあるが、おまえは借金も残っていない上に四花だからな。わざわざ格落ち確定といわれる宗旨替えをする必要はないだろう。引退後のことは何か考えているのか?」
「いえ、何も。まあ、何とかなるかなーって」
ヴァレンがのんびりと答えると、娼館主は先ほどよりも盛大なため息を漏らした。
「……確かに、おまえならどんな状況になろうと何とかなるだろうな。だが、問題なく島を出るつもりなら、今から根回しをしておいたほうがいいぞ。おまえはその……いろいろと知りすぎているからな」
「あー……そうですねー」
やや歯切れ悪くヴァレンは呟き、娼館主から視線をそらす。ヴァレンは貴族連中の弱みなどを、かなり握っている。それをどうこうする気はないのだが、相手はそうは思ってくれないだろう。
この隔離された島にいる以上は守られるが、島を出てしまえばその限りではない。島を出るのなら、それなりの準備が必要なのは確かだった。
ヴァレンはいつものように、適当に見習いたちを仕込み、適当に客の相手をしていたところ、あるとき娼館主から呼び出された。
「ミゼアスからの紹介状を持った相手から申し込みがきている。何でも、幼い頃のおまえを知っているとか何とか……心当たりはあるか?」
「あー、はいはい。ロシュさんですね。この間の夕月花騒動にも関わった方ですよ」
先日、不夜島に欠かせない品である夕月花に関する騒動があった。その際、重要な情報を教えてくれたのが、ロシュという商人だったのだ。
十年ほど前、ヴァレンがまだ島に売られる前に一度だけ会ったことがある相手でもあり、世間の狭さに驚いたものだった。
「そうか。申し込みは受けるのか?」
「ええ、別に断る理由なんてないと思いますけれど」
「……そうか」
あっけらかんとヴァレンが答えれば、娼館主は沈み込んだ顔でため息を漏らす。
「えっと、どうしたんですか? そんなにどんよりとしちゃって」
「いや……おまえのような奴でも、今はこの店の稼ぎ頭だ。さすがに五花候補のアルンも育っていない状態で抜けられるのは非常に困る。しかし、どうしてもというのなら仕方がないだろう……」
「いやいや、ちょっと待ってください。申し込みって、身請けじゃないですよね? 普通の客としてですよね? もし身請けなら、お断りしますよ」
ヴァレンはあわてて娼館主の言葉をさえぎる。相手が誰であろうと、今はまだ島を出る気はない。
「ああ……なんだ。てっきり、おまえもミゼアスのようにその相手と一緒に出て行きたいのかと思ったんだが」
「幼い頃会ったっていっても、一回だけですし。言い交わしたとか、そんなんじゃありませんから」
言い交わしたどころか、ほとんど会話もしていない。十年前に会ったとき、ヴァレンは空腹で会話どころではなかったのだ。
そのときにロシュは飴をくれたので、ヴァレンの中でロシュの位置づけは悪くはない。しかし、一緒に島を出たいというほどの思い入れはなかった。
「それならよかった。おまえも十六だからな。今後をどうするか考え始めたほうがいい時期だろう。急を要するわけではないが、一年や二年などあっという間だからな」
「あー、確かにまあ、そうですね。俺はミゼアス兄さんとは違いますからね。普通に賞味期限がくるでしょう。十八で白花は引退するつもりですしね」
「女に宗旨替えという手もあるが、おまえは借金も残っていない上に四花だからな。わざわざ格落ち確定といわれる宗旨替えをする必要はないだろう。引退後のことは何か考えているのか?」
「いえ、何も。まあ、何とかなるかなーって」
ヴァレンがのんびりと答えると、娼館主は先ほどよりも盛大なため息を漏らした。
「……確かに、おまえならどんな状況になろうと何とかなるだろうな。だが、問題なく島を出るつもりなら、今から根回しをしておいたほうがいいぞ。おまえはその……いろいろと知りすぎているからな」
「あー……そうですねー」
やや歯切れ悪くヴァレンは呟き、娼館主から視線をそらす。ヴァレンは貴族連中の弱みなどを、かなり握っている。それをどうこうする気はないのだが、相手はそうは思ってくれないだろう。
この隔離された島にいる以上は守られるが、島を出てしまえばその限りではない。島を出るのなら、それなりの準備が必要なのは確かだった。
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