ヴァレン兄さん、ねじが余ってます 2

四葉 翠花

文字の大きさ
上 下
2 / 69

02.進路はどうしよう

しおりを挟む
 検討事項の箱は開けられることなく、数日が過ぎた。
 ヴァレンはいつものように、適当に見習いたちを仕込み、適当に客の相手をしていたところ、あるとき娼館主から呼び出された。

「ミゼアスからの紹介状を持った相手から申し込みがきている。何でも、幼い頃のおまえを知っているとか何とか……心当たりはあるか?」

「あー、はいはい。ロシュさんですね。この間の夕月花騒動にも関わった方ですよ」

 先日、不夜島に欠かせない品である夕月花に関する騒動があった。その際、重要な情報を教えてくれたのが、ロシュという商人だったのだ。
 十年ほど前、ヴァレンがまだ島に売られる前に一度だけ会ったことがある相手でもあり、世間の狭さに驚いたものだった。

「そうか。申し込みは受けるのか?」

「ええ、別に断る理由なんてないと思いますけれど」

「……そうか」

 あっけらかんとヴァレンが答えれば、娼館主は沈み込んだ顔でため息を漏らす。

「えっと、どうしたんですか? そんなにどんよりとしちゃって」

「いや……おまえのような奴でも、今はこの店の稼ぎ頭だ。さすがに五花候補のアルンも育っていない状態で抜けられるのは非常に困る。しかし、どうしてもというのなら仕方がないだろう……」

「いやいや、ちょっと待ってください。申し込みって、身請けじゃないですよね? 普通の客としてですよね? もし身請けなら、お断りしますよ」

 ヴァレンはあわてて娼館主の言葉をさえぎる。相手が誰であろうと、今はまだ島を出る気はない。

「ああ……なんだ。てっきり、おまえもミゼアスのようにその相手と一緒に出て行きたいのかと思ったんだが」

「幼い頃会ったっていっても、一回だけですし。言い交わしたとか、そんなんじゃありませんから」

 言い交わしたどころか、ほとんど会話もしていない。十年前に会ったとき、ヴァレンは空腹で会話どころではなかったのだ。
 そのときにロシュは飴をくれたので、ヴァレンの中でロシュの位置づけは悪くはない。しかし、一緒に島を出たいというほどの思い入れはなかった。

「それならよかった。おまえも十六だからな。今後をどうするか考え始めたほうがいい時期だろう。急を要するわけではないが、一年や二年などあっという間だからな」

「あー、確かにまあ、そうですね。俺はミゼアス兄さんとは違いますからね。普通に賞味期限がくるでしょう。十八で白花は引退するつもりですしね」

「女に宗旨替えという手もあるが、おまえは借金も残っていない上に四花だからな。わざわざ格落ち確定といわれる宗旨替えをする必要はないだろう。引退後のことは何か考えているのか?」

「いえ、何も。まあ、何とかなるかなーって」

 ヴァレンがのんびりと答えると、娼館主は先ほどよりも盛大なため息を漏らした。

「……確かに、おまえならどんな状況になろうと何とかなるだろうな。だが、問題なく島を出るつもりなら、今から根回しをしておいたほうがいいぞ。おまえはその……いろいろと知りすぎているからな」

「あー……そうですねー」

 やや歯切れ悪くヴァレンは呟き、娼館主から視線をそらす。ヴァレンは貴族連中の弱みなどを、かなり握っている。それをどうこうする気はないのだが、相手はそうは思ってくれないだろう。
 この隔離された島にいる以上は守られるが、島を出てしまえばその限りではない。島を出るのなら、それなりの準備が必要なのは確かだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。 突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。 貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。 お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。 やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。

処理中です...