不夜島の少年～兵士と高級男娼の七日間～

123．二つの方向から

「まあ色々あってね。それで僕がグリンモルド伯爵のところにお伺いすることになったんだけれど、相手の非を高々と掲げてしまうと面子を潰しかねないだろう？　貴族っていうのは面子を重んじるから、そんなことをすれば変な恨みをかってしまう。だから、表向きは平和な用件で訪問っていうことになっているんだ」

　ミゼアスはゆったりと手を組んで話す。

「グリンモルド伯爵の面子は潰さないように配慮し、ある程度の逃げ道も用意してある。でも、その用意した逃げ道からそれないようにご案内するのが、僕に与えられたお役目」

　ミゼアスは無邪気とすらいえるような笑顔を見せる。
　アデルジェスには何がどうなっているのかよくわからない。だが、ウインシェルド侯爵にもグリンモルド伯爵はアデルジェスを囮として使っていたと言われた。
　おそらく、アデルジェスの知らないところで色々とあるのだろう。

「ああ、そうそう、きみは短剣を持っていないかい？　あったら見せてもらえないかな」

「う……うん……持っているけれど……」

　いったい何なのだろうと思いながら、アデルジェスは言われたとおり短剣をミゼアスに渡す。
　ミゼアスは短剣を鞘から引き抜き、刃をじっと見た。

「これはどこで手に入れたの？」

「いや……よくわからない……俺の物じゃないっぽいから、戦場で取り違えたんじゃないかと思うんだけれど……」

「ふぅん……」

　ミゼアスは短剣の刃元にあった小さな突起を捻った。するともともとの刀身を挟むように二つの刃が現れ、刀身が三つになった。

「うわっ……なに、これ……」

　驚いてアデルジェスは短剣を見る。このような仕組みは初めて見た。

「受け流し用の短剣だね。攻撃用じゃなくて、利き手と逆に持って相手の剣を受け流すためのものだよ。西方南部ではそこそこ使われているらしいけれど、こっちの地域ではまず見かけないね」

「そ……そんなものがどうして……」

「うん、これが特に証拠となるっていうわけじゃないけれど、とりあえず戦場に通常の兵士以外が紛れ込んでいたっていうことじゃないかな。例えば、誰かが個人的に雇った傭兵とか」

「え？　いったい、どういうこと？」

　あの戦いは、国境の小競り合いだった。本気でお互いどうこうしようというのではなく、兵士たちの不満解消のようなものだ。傭兵など入れるほどのことはなかっただろう。

「……今回のこと、領主様は大層お怒りだよ。僕も怒っている。だって、きみは二つの方向から殺されそうになっていたんだもの」