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103.昔話
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「はい……俺にできる限りのことをします」
ウインシェルド侯爵の願いを受け、アデルジェスは答えた。
アデルジェスには財産も身分もない。しかし、健康で丈夫な身体がある。頑張って働けば、生活に困らない程度の稼ぎは得られるだろう。
贅沢はさせてやれないが、それでもいいとミゼアスは言った。むしろミゼアスが自ら稼ぐ気満々だったくらいだ。そしておそらく、ミゼアスの稼ぎのほうがアデルジェスよりも多くなるだろう。
とにかく、二人でささやかな暮らしを営むことはできるはずだ。つつましく質素で、温かい幸福に包まれた生活をアデルジェスは思い描いた。
実際にはそう簡単にいかないのかもしれない。だが、そのための努力を惜しむつもりはなかった。
するとウインシェルド侯爵が呼び鈴を鳴らし、やってきた子供に対して何かを命じていた。
ややあって、子供が二つの杯を盆に載せてやってくる。卓の上に杯を置くと、子供は礼をして去っていった。
ウインシェルド侯爵はアデルジェスに杯をすすめる。中は透明な液体で満たされ、薄い紅色の花びらが一枚浮かんでいた。酒のようである。
「もう少しだけ、老人の昔話に付き合ってくれ」
そう言って、ウインシェルド侯爵は語りだした。
ミゼアスの幼い頃がいかに可愛らしかったか、凛とした立ち居振る舞いがいかに見事だったか、目を細めて語るのだ。
その姿はまるで孫煩悩な祖父のようだとアデルジェスは思った。ウインシェルド侯爵はミゼアスの一番の馴染み客だという。それを考えれば恋敵となり得る存在なのだろうが、この話しぶりからはそのような気が起こらない。
むしろ、恋人の昔の話を祖父から聞いているような気になってくる。アデルジェスの知らないミゼアスの姿に、アデルジェスは素直に驚いたり感心したりしていた。
素直に耳を傾けるアデルジェスに、ウインシェルド侯爵はだんだんと気分を良くしていったようだった。
「これがあの子の十二歳の絵姿、こちらは十四歳で五花になったときの……」
ついには絵姿までどこからか取り出し、アデルジェスに見せだした。
そこには今よりも幼いミゼアスの姿があった。絵だからというのもあるだろうが、とても少女じみて見える。十二歳の頃の絵姿など、ほとんど女の子にしか見えない。
「可愛いだろう? ああ……あの子が出て行く前に、今の絵姿も欲しいな。できれば笑っている顔で……。もう二度と会えなくなるあの子を、せめて絵姿だけでも手元に置いておきたい……」
ウインシェルド侯爵は寂しそうに呟く。
ウインシェルド侯爵の願いを受け、アデルジェスは答えた。
アデルジェスには財産も身分もない。しかし、健康で丈夫な身体がある。頑張って働けば、生活に困らない程度の稼ぎは得られるだろう。
贅沢はさせてやれないが、それでもいいとミゼアスは言った。むしろミゼアスが自ら稼ぐ気満々だったくらいだ。そしておそらく、ミゼアスの稼ぎのほうがアデルジェスよりも多くなるだろう。
とにかく、二人でささやかな暮らしを営むことはできるはずだ。つつましく質素で、温かい幸福に包まれた生活をアデルジェスは思い描いた。
実際にはそう簡単にいかないのかもしれない。だが、そのための努力を惜しむつもりはなかった。
するとウインシェルド侯爵が呼び鈴を鳴らし、やってきた子供に対して何かを命じていた。
ややあって、子供が二つの杯を盆に載せてやってくる。卓の上に杯を置くと、子供は礼をして去っていった。
ウインシェルド侯爵はアデルジェスに杯をすすめる。中は透明な液体で満たされ、薄い紅色の花びらが一枚浮かんでいた。酒のようである。
「もう少しだけ、老人の昔話に付き合ってくれ」
そう言って、ウインシェルド侯爵は語りだした。
ミゼアスの幼い頃がいかに可愛らしかったか、凛とした立ち居振る舞いがいかに見事だったか、目を細めて語るのだ。
その姿はまるで孫煩悩な祖父のようだとアデルジェスは思った。ウインシェルド侯爵はミゼアスの一番の馴染み客だという。それを考えれば恋敵となり得る存在なのだろうが、この話しぶりからはそのような気が起こらない。
むしろ、恋人の昔の話を祖父から聞いているような気になってくる。アデルジェスの知らないミゼアスの姿に、アデルジェスは素直に驚いたり感心したりしていた。
素直に耳を傾けるアデルジェスに、ウインシェルド侯爵はだんだんと気分を良くしていったようだった。
「これがあの子の十二歳の絵姿、こちらは十四歳で五花になったときの……」
ついには絵姿までどこからか取り出し、アデルジェスに見せだした。
そこには今よりも幼いミゼアスの姿があった。絵だからというのもあるだろうが、とても少女じみて見える。十二歳の頃の絵姿など、ほとんど女の子にしか見えない。
「可愛いだろう? ああ……あの子が出て行く前に、今の絵姿も欲しいな。できれば笑っている顔で……。もう二度と会えなくなるあの子を、せめて絵姿だけでも手元に置いておきたい……」
ウインシェルド侯爵は寂しそうに呟く。
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